FRBの金融政策が今アツい理由
米国を中心に世界的に発生しているインフレ。それを解決するために必要なFRBの金融政策。「インフレ率8%超に」「FRB、0.75%利上げ」などのニュースをよく目にするようになりました。米国は今、半世紀ぶりというとても珍しい高インフレの時代にさらされています。単純に歴史的な出来事なので動向が気になるという他、資産運用Fintechのスタートアップに身を置く私の周りでは以下の理由でFRBの金融政策が注目されているように思います。
コロナ禍の超金融緩和時代に資産運用ブームに乗ったものの、インフレが株式や債券にどう影響するのかわからない
スタートアップで働いていてFRBの金融政策が自社の資金調達に影響する
そこで今回、FRBの金融政策について簡単にまとめていきます。このノートを読むとFRBの役割やインフレとの葛藤の歴史、今後の金融政策の展望について他の人より少し詳しくなれちゃいます。
Dual Mandate ~FRBの2大ミッション~
米国の中央銀行であるFRBは、”dual mandate”と呼ばれる以下2つの目標実現を目指して金融政策を展開しています。
物価の安定(price stability)
雇用の最大化(maximum employment)
※マニアックな話をすると、実際は"dual"と言いつつ3つ目の目標として「安定的な長期金利(moderate long-term interest rates)」があります。しかし、これは上記2つの目標が実現できれば自ずと達成されるため、あまり強調して語られません。
そして、「物価の安定」「雇用の最大化」どちらが大事かと言われると、「物価の安定」がより重要です。なぜか?それを紐解くために、まずは各々の達成状況を見ていきましょう。
1. 物価の安定(price stability)
FRBは2012年からPCE(個人消費支出)で年率2%をインフレ目標に設定しています。2022年7月のPCEインフレ率は6.3%と、FRBの政策目標から大きくかけ離れています。
2. 雇用の最大化(maximum employment)
雇用の最大化は主に失業率で判断されます。失業率が低い=雇用の最大化に近いということですね。グラフの通り、失業率は近年稀に見る低さで、雇用の最大化はほぼ達成されていると判断して良いでしょう。
まとめると、「物価の安定」は未達、「雇用の最大化」は達成中というのが2022年8月時点の状態です。
現在必要とされている金融政策
では「物価の安定」を達成するために必要な金融政策は何かというと、それは金融引き締めになります。具体的には、利上げとQT(量的引き締め)ですね。実際にFRBは2022年3月に利上げに踏み切っています。
それではFRBが利上げしているのに「物価の安定」(インフレ率の低下)が達成できないのはなぜか?一言でいうと、「インフレ率上昇への対応が後手に回ったため」です。下図で詳細に見てみましょう。
一般的に、一度上がりだしたインフレ率を再び低位安定させるには、インフレ率以上の政策金利が必要になると言われています。実際、1960年代から1990年代を見ると、ほぼ一貫して赤線(政策金利)> 青線(インフレ率)になっているのがわかります。
2021年にインフレ率が上昇し始めた際、FRBは「コロナ禍の反動で一時的にインフレ率が高くなっているだけ。インフレは一過性(transitory)なのですぐに元に戻る。だから利上げは必要ない。それよりもコロナ変異株の出現などで"雇用の最大化"が実現できないリスクを排除したい」というスタンスを取っていました。
結果的にインフレ率はFRBの想定と異なり、あれよあれよという間に上昇していきます。2022年に遅ればせながら利上げしたFRBですが、インフレを抑えるために必要なレベルには程遠い水準にしか利上げできていません。
インフレで利上げが必要なのに、市場参加者は利下げを期待している?!
これまで見てきたように、インフレが上昇して高水準に高止まりしている今、必要なのは利上げです。一方、株式市場も債券市場も7月から8月にかけて利下げを予想した動きをしてきました。これは「利上げにより景気後退すれば、2023年にも利下げが実施される」と先読みした動きです。その儚い希望は8月26日に開催されたジャクソンホール会議におけるパウエル議長の(インフレが鎮静化するまで利下げはせず、高い政策金利を据え置くという趣旨の)発言によって潰されてしまうわけですが… このあたりは別の機会に詳しく書くとして、なぜFRBは近い将来の利下げの可能性を明確に否定したのでしょうか。
インフレの今、FRBが利下げできない理由
過去40年、FRBは景気後退の度に金融緩和を実施して経済を立て直してきました。リーマンショック(Global Financial Crisis)やコロナショックなどの不況が来てもFRBが金融緩和をしてくれるので、株式市場において「不景気の株安は一時的なもの」「すぐにFRBが利下げや量的緩和で助けれてくれる」という安心感がありました。しかし、それはインフレ率が低く安定していたから起きた事象であり、インフレ率が上昇・高止まりしている今、景気後退の兆候が見られたとしても金融緩和が実施される可能性は極めて低いでしょう。過去の時代背景から見ていきましょう。
Great Inflation(大インフレ期)と呼ばれる1970年代(正式には1965年~1982年)。インフレ率(個人消費支出)は上昇トレンドで、最悪期には10%を超えました。これは今100万円で買えるものが来年には110万円払わないと買えなくなるのと等しい状況で、所得が同程度増えない限り実質的に増税にあたります。そのため、国民生活には多大な影響を与えます。
FRBのトラウマ ~インフレ期に安易な利下げは禁物~
このインフレ期にFRBはどのように対処したのでしょうか。当時のアーサー・バーンズFRB議長は、インフレ率が高まれば利上げし、利上げによって景気後退が見られたら即利下げする"Stop-and-Go"と呼ばれる政策を取りました。その結果、せっかく利上げで鎮静化しつつあったインフレ率が、利下げによって再度ぶり返すという現象が起き、いつまで経ってもインフレの根絶ができなくなる事態に陥ります。
FRBはどのようにインフレを根絶したか
結論としては、1979年にFRB議長に就任したポール・ボルカーの手腕によってインフレは根絶されました。その手腕というのがなかなかに衝撃的な方法です。
つまり、2022年のFOMC前に毎回話題になるような「利上げ幅は0.5%か、0.75%か」という次元ではなく、「利上げ幅は決めない。とにかくインフレを退治するので、世の中に出回っているお金の量を徹底的に少なくする。金利がどこまで上がるかは市場の需給に任せる」という極めて引き締め的な政策が取られたのです。
ボルカーFRBがもたらした大いなる安定
ボルカー議長の手腕により、政策金利は19%を超え、失業率は10%超となる不況に陥ります。しかし、それと引き換えに「FRBは何があっても必ずインフレの息の根を止める」という信頼(credibility)が確立されました。そして、インフレは低く安定し、不景気が来たらすぐに金融緩和すれば良いというGreat Moderation(大安定期)がもたらされたのです。
パウエルFRBの決意 ~No more Great Inflation~
前述の8月26日ジャクソンホールにおけるパウエル議長の講演では、Great Inflation時代の教訓を明示的に述べられていました。その真意を一言でまとめると「Stop-and-Go政策の二の舞は踏まない(インフレが退治できるまで景気後退になっても利下げはしない)」になります。結果的に講演後の数営業日にわたり米国株式市場、債券市場ともに下落に転じましたが、それはFRBが意図していた通りの結果です。
今後の展望
半世紀ぶりの高インフレ時代。勝つのはインフレか、FRBか。恐らく1970年代の教訓を活かし、FRBは利上げをした後、しばらくの間は政策金利を高く維持する可能性が高いです。どれくらいまで利上げするかでいくと、米国の金融政策を決定するFOMCメンバーの1人、クリーブランド連銀のメスター総裁は「4%」という具体的な数字を挙げています。
なぜ4%なのかというと、エネルギー・食品を除くコアPCE(個人消費支出)で計測したインフレ率が足元で4.5%あり、ここ数ヶ月のトレンド通りコアPCE下がってくる&FRBも利上げしていくとしたら、2023年の早い時期に4%くらいまで利上げしていればコアPCEも4%、政策金利も4%でインフレを退治できるだろう、という目算かと思います。
一方、政策金利が4%で本当にインフレを退治できるかはわかりません。5~6%まで利上げが必要と論じる有識者もいます。いずれにせよ、FRBは(ようやく)高インフレの息の根を止める決意をしました。スタートアップにいる自分としては、利上げ&利下げを繰り返すことでインフレ根絶に10年以上要するより、1~2年で高インフレ&金融引き締めが終わってほしいところです。今後の展開に目が離せません。
最後に…インフレとの闘いの歴史、コロナ禍を経た今後の金融政策についてはバーナンキ元FRB議長の近著が非常に参考になります。「じっちゃま」こと広瀬隆雄氏も読んでいる書籍としてTwitterで紹介されていた本ですね。興味のある方は是非ご一読を!
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