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ワトソン力よんだよ


 大山誠一郎の『ワトソン力』をよみました。
 捜査一課で元気にはたらく和戸さんは、まわりにいる人物の推理力を向上させる範囲バフ系の能力者です。開幕から和戸さんは何者かに監禁されており、その犯人を特定するために、過去の事件を振り返るという趣向で、連作短編ふうです。まわりの人の推理力を向上させるので、ひとたび事件が起こればその場に居合わせたみんなが推理合戦をはじめます。一編30ページくらいの短編ばかりなのえすが、そのコンセプトもあって、かなり手数の多い作品集にしあがっています。最初の推理はだいたい雑な捨て推理なのですが、雑ゆえの楽しさもあり、さすがは大山誠一郎と思わせてくれるたのしい一冊でした。年末に出る本格ミステリベスト10の一位は『ワトソン力』で間違いないでしょう。

各かんそう
・赤い十字架
 ペンションで主人とその妹が銃殺されていた。主人の死体のそばには血で5つの十字架が描かれていた。
 ロジックは「せやろか?」感がありましたが(ベッドとか)、最終的に浮かび上がる絵面の迫力ですべてを吹き飛ばされたのでよかったです。さいしょのよくわからない推理もグッドです。

・暗黒室の殺人
 地下にある彫刻ギャラリー。暗闇の中、オブジェで殺された。
 ホワイから和戸さんが責められてレスバトルする展開がよかったです。推理から現実が作られていくような展開がよかったです。

求婚者と毒殺者
 すごいご令嬢と逆玉の輿バトルパーティの最中、婿候補のひとりが毒殺された!
 ここでこういうのをやるのねという感じでした。こういうのはどうしても評価があがりがちになりますね(老人特有の指示語)。『ワトソン力』自体を手玉に取るコンセプトと、最終推理の起点の弱さが逆説的にいい味を出していてベストな一編です。

・ブルーシートでかこまれた建築現場で銃殺されたやつ
 これも最後に浮かび上がる絵にすべてをかけているやつですね。メガネ云々はせやろか……いやそうかもしれないくらいでしたが、人を殺そうとするものじゃないなあと思えたのでよかったです。

・雲の上の死
 飛行機で乗客が毒殺注射されていた!
 驚きの展開でびっくりしました。

・探偵台本
 一軒家が炎上、大学生が握りしめていた原稿、推理劇の台本、意識回復まで犯人検討。
 平和な話でとてもよかったです。メタ的にこうなっていたほうがおもしろいからこれが真相なんじゃねと言い出すやつとかそのへんの推理小説研究会にいそうな感じでよかったです。伏線とひらめきとパズルで犯人が特定できるようになっており、理想的な犯人当てでもあると思いました。アンダーテイルの骨のやつも満足してくれることでしょう。

・不運な犯人
 バスジャック中になんか死んでる……。
 バスジャックという異常な状況で死体が見つかり推理がはじまる状況がおもしろい一編。乗車券の話がよかったです。

・ワトを監禁しているのは誰か?
 最終的な結論が出されます。ピンチをきりぬける展開がこの作品特有の形をとっており、最後まで満足できる内容です。

まとめ
 大山さんの小説は真相はとてもおもしろいのですが、真相にたどり着くきっかけの部分、推理の起点が弱いように思えて苦手でした。ぼくは長期人狼というテキストチャットで話し合いを行い、村人に紛れた村人のふりをしている人狼を当てるゲームを嗜んでいるのですが、村人と人狼のいちばんちがう点に、「村人は人狼がわからないで人狼を探すけれど、人狼は仲間の人狼がわかった状態で人狼を探すふりをする」というものがあります。なのでへたくそな人狼はどうにも結論先取的で、誘導的な議論をしてしまいがちなんですよね。なんの話かというと、大山さんの赤い博物館の探偵役である冴子さんの議論にはこの人狼めいたものを感じてしまい、心の村人が処刑したがってしまうという不具合が起こっていたですが、ワトソン力はその場にいた村人たちがみんなでわいわい議論することによって、なんとなく自然な流れっぽくなっているように思えました。そもそも多重推理の時点で人狼っぽさもあります。人狼や議論ものは誰かが語る真実の唯一無二性が薄まるので単純に好みですね。誘導的な探偵が嫌いなわけではないのですが、まあ。ともかく、『ワトソン力』は過去作の不満点があまり感じられなかったことと、手数の多さと真相のおもしろさで今年出た作品の中でも最強格に満足できる作品でした。よかったのでおすすめです。


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