実生活での指導(8)現実に立つ指導(3)指導が実る時(2)「現代人物論 池田大作」小林正巳著(昭和44年9月25日)第36回

〈 ある会合で 、ピクトルユゴーの小説に触れて 〉
 「ワーテルローの戦いで敗れたナポレオンの一戦士はイギリス軍のウェリントン将軍の降伏呼びかけに屈しなかった。ウェリントンも心の底では、この無名の戦士のあっばれさに勝つことができなかった」
 「自分の置かれた立ち場に使命を感じ、生き甲斐を知ることが最も大事なことだ。平凡な姿のなかに偉大なエンジンが動いている人だからである。人生の最後の勝利というものは、その中から出るであろう。栄誉栄達を今から思うのではいけない。自分の仕事に誇りを感じれば、力強く生きられ、信心で立つと決めればこわいものなしだ。ユゴーの小説は真実の人生の見方をしているのではないか」

〈 語学グループとの懇談で 〉
 「今から七、八年前に十数人の精鋭を核として芸術部を結成した。当時はこんな華麗な芸術部ができるとは誰も思わなかった。なかには世間体を考えて見栄を張り、やめていった人もいたが、今日では一万という大集団に発展している。今日、世界は一年ごとに狭まってきている。これからは語学をもった人の時代だ」
 「創価学会として本格的に語学に力を入れるのは今回からです。近い将来必ず千人の第一級の通訳をつくります。しっかりその核となって勉強していただきたい」

〈 音楽大生との懇談で>
 「一流ならどんな相手でも納得させることができる。君みたいにおっかない顔をしている芸術家では、大衆芸術にならない。もっと笑いなさい。社会性は大事である」

〈 ピアノ科にいて手の小さい悩みから声楽に移りたいという学生に>
 「そんなことはない 。塙保巳一だって、ヘレンケラーだって、最大の努力、修正、訓練によって考えられない力が出る。本当に信心があれば、自分の一念でできる。訓練しだいだ。あせってはいけない。ピアノを中心に声楽も勉強していきなさい」

<母親が信心に反対している悩みをきいて>
 「親は苦労して大学にまで入れてくれたじゃないか。お母さんはあなたが大事なんだよ。お母さんを大事にして、心を広く、大空のようにのどかにすこやかに福運をつけてお母様と接しなさい」

〈 ある会館の職員との懇談で 〉
 「指導者というものは、一芸に秀でることはいいが、一芸におぼれてはいけない。ナポレオンは砲手の出身であった。それだけにワーテルローの戦いの際には、砲の配置に凝ってしまった。雨が降って地面がぬかるんでいたために照準が狂うのを恐れて半日も無駄な時間をお天気待ちに費してしまった。これは芸におぼれた例といえよう。自分の専門分野に通達しているのを過信して、全体観を失ってはならない」

<神奈川県下の某会館で美容師の会員に>
 「あなた自身がもっと洗練されていかなければ、お客さんはつかないよ。もっときれいな目にならなくてはいけない。経済はドンプリ勘定でなく、きちっとして、経営面と、生活費は混同しないようにすることです。少なくとも自分でそろばんをはじいて,人任せにしないでいくことだ。そうすれば、どんなに苦しくても必ずよくなるよ」

〈 名古屋の大学会で 、信仰と司法試験の勉強を並行していきたいという学生に>
 「両方やりきっていくことです。信仰といっても生活から離れたものではない。学生の場合でいえば、学業のなかに信心がある。優秀な学生になることだ。新時代要求の名司法官こそ仏法でいう菩薩だ」

〈 九州地方のある大学会結成の席で 〉
 「十年、二十年、諸君と懇談していきたい。諸君を尊重します。君たちの行きたい方向に自由にいきなさい。信心即社会、信心即世法ですから社会での活躍のなかに信仰の生きた姿があるのです。将来は弁護士、官吏、外交官、あくまで進路は自由です。そして民衆から遊離したエリートではなく、大衆の味方になることを唯一の誇りとしてもらいたい」

〈 環境に 負けないようにするにはどうしたらよいかという問いに>
 「それは自分との戦いだ。青年らしい、強い強い体当りの信仰をすることだ。そうすればじわりじわり全体にしみこんで完全な人間革命ができる。何かの悩みがあるのが青年の特質です。葛藤は誰人にもある。青年時代は、どんな人も悩んでいる。環境に負けてしまうか、手綱をしめていくかだ。負けないように頑張りなさい 」

〈 創価高校で生徒と懇談したとき,将来、南アフリカの人種問題と取り組みたいのですがとの問いに 〉

 「まず語学を勉強しなさい。あなたにとってアフリカ問題は大目的でしょう。そのために 小目的をどこにおけばよいかが 大事な問題で 。それが価値観なんです。理想を実現する武器なければならない。語学ができなければ夢で終ります。最高に語学ができるようなってこてアフリカを論じる資格がある。まずいまは基礎をつくることです」

 ここでも目につくのは 、池田が激務の中をぬって大学生、高校生など若い世代との接触に多くの時間をさいていることだ。
 政治家的感覚なら当分“票”にならない高校生と会っているヒマはないところだろうが、彼は高校生の部員に対して二,三十年先を目標にいまはひたすら力を蓄積するよう指導、助言,激励する。というのも、それが「 二十一世紀に向けて多くの人材を社会に送り出す 」という彼の遠大な構想の実践そのものだからである。