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見守り、という行為について。
我が家には高校三年生がいるのだけど、今年受験生で、総合型選抜という年内で合否が決まる方式?を選んだ。
今月の13日から申し込みが始まっていたのだが、今日になって受験料が、、、などと言い始めた。

もしかしたらこうなるかもと、思っていた。
でも、なんでもかんでも親がお膳立てするのは違うと思っていた。高校三年生にもなって。
でもそれは違っていた。
もう少し違う形でサポートしなければいけなかったのだろう、我が家の場合。
私が間違っていたのだと思う。

いや、仮にもし、申し込みできなかったとしても、それは我が子の能力であり、仕方ない、受け入れようとまで思っていたのだ。
失敗して初めて身に沁みるのではないかな、と。

ちょっとかなり頭に血が昇っているので、何を書けば伝わるか支離滅裂で申し訳ないが、結果的には日程上ギリギリに色々私に手続きを求めてきたことに、忍耐力がない私は怒ってしまったという話である。

辛抱強く見守るというのは、もっと立派な親御さんはできるのであろうけど、私は自分が生きていくのも精一杯なので、せめてもう少し余裕を見て相談してほしいと説教してしまった。

私の気持ちが受験生に伝わったのか、ふんわりしててよくわからないけれど、そこを我が家の大学生が間に入ってくれて、場をまとめてくれた。感謝。

と今夜は仕事から帰ってきたらそんなことがあって、ヘトヘトなのに頭はカッカとした状態がしんどい。

なんか最近愚痴の掃き溜めみたいになってしまっていることに反省。
もっと前向きな話をしたい。

だって、今日は職場で少し褒めてもらえたのだ。
これでやっと仕事のスタートラインに立てた。2ヶ月半ほどかかったが、どん底は過ぎた。あとは明るく頑張るのみ。

また明日も楽しくがんばろう。