かっこいいバンドは星の数ほどVol.1-Sex Pistols-

はい、て事で月1で俺がただ好きなバンドを取り上げて駄文を書き連ねる連載を始めようと思います。

記念すべき第1回はSex Pistols!!

ピストルズといえばパンクの帝王とか呼ばれたりもして、多分名前くらいは誰でも知ってる気がする。イギリスで多分The Beatles並に最重要バンド。

オリジナルメンバーはこの4人。

Vo.Johnny Rotten(ジョニーロットン)
Gt.Steve Jones(スティーヴジョーンズ)
Ba.Glen Matlock(グレンマトロック)
Dr.Paul Cook(ポールクック)

元々は幼馴染のスティーヴとポールがやってたThe Strand(The Swankers)ってバンドが母体。この2人にボーカルのウォーリーナイチンゲールって奴がいた。みんな17とかそこら。ポールの義理の弟がベースを弾いたりしてたらしい。1972年の話。
この時期にDavid BowieやBob Marley、Rod Stewartの楽屋に忍び込んでアンプやらマイクを盗んでたんだって。
アマチュアなのに機材だけはプロ仕様…

ウォーリーナイチンゲールはDid You No Wrongを作曲、後にピストルズのレパートリーとしてシングルのB面に収録。

この時たむろしてたのがLet It Rockって服屋さん。50'sっぽいファッションが売りでイカしてたらしい。
そこを経営してたのがマルコムマクラーレン(奥さんはヴィヴィアンウエストウッド)
マルコムは元々Newyork Dollsっていうアメリカのバンドのマネージャーをやってた。ジョニーサンダースがギター弾いてたバンドね。

マルコムはイギリスに帰ってきてイギリス版のドールズを組もうと思ってたらしい。
お店の名前もSexに改名され、扱う服も悪趣味な感じになっていった。マルコムはたむろしてるスティーヴ達に目をつけマネージャーを名乗り出る。そん時店員で働いてたグレンマトロックをメンバーに加え、ウォーリーはメガネで見た目がダサいから解雇。バンド名もQT Jones&His sex pistolsに改名。そんでスティーヴがギタボとして活動…しようとしたんだけどギターが下手すぎて歌いながら弾けなかった。

んで、マルコムはボーカルを募集することに。
そして現れたのがジョニーロットンことジョンライドン青年。友達引き連れて尖ったファッションをした男。
面白そうじゃんとオーディション受けに行ったのにすっぽかされたりでかなりブチ切れてた。
やっとこさ実現したオーディションで店のジュークボックスでAlice Cooperのeighteenに合わせて暴れまくる。
ジョニーはシェイクスピアが好きで、ノートルダムのせむし男の動きをイメージしたらしい。
オーディションしてたマルコムと残りのメンバーは、とりあえずインパクトとカッコよさでジョニーを採用。
歌えねえけど見た目はイケてるって理由。歯が腐って緑色になってたジョニーを見て、スティーヴが腐れ(Rotten)ジョニーと命名。

いうてスティーヴ、ガタイもいいしリーダー的存在だったからね。
ジョニーロットン誕生。最初からめちゃくちゃ険悪なバンド結成。
バンド名もマルコムの案でSex pistolsに改名!1975年の11月だそうです。

The Facesのカバーとかやりてーとか言うメンバーの要求にめちゃ反発しながら歌詞を書き換え、Modern LoversやらThe Creation、The Monkeysのカバーをやりながら曲作りを進めていった4人。ジョニーが加入した事でただの趣味バンドがどんどんシリアスになっていった。

そしてバンドにとってラッキーだったのはベースのグレンがかなり曲を書けた事。
グレンは元々The BeatlesやらThe Faces、Canとかも好きで演奏も上手かった。
ジョニーが歌詞を書き、バンドのレパートリーは増えていった。スティーヴも何曲か作ってる。グレンやスティーヴの書いた歌詞をジョニーが直したり、1から書いたり、共作したり。
音楽に関しては不思議と協力出来たけど、それ以外はお互い陰口ばっか。22くらいだから可愛いもんだけど。
最初のライブはアートスクールに通ってたグレンの伝。対バンの機材ぶっ壊したり好き放題。
ライブ活動をしていく度に、あれよあれよと親衛隊が生まれる。親衛隊のメンバーには後のSiouxsie And The Bansheesのスージースーや後に加入するシドヴィシャスことジョンサイモンリッチー青年も。

物凄いインパクトだったみたい。対バンしたジョーストラマーは前座のピストルズを観て、自身のやってたパブロックバンドを解散、The Clashを結成。マンチェスターでライブやった時は観客にThe SmithsのモリッシーやJoy Division、Buzzcocksのピートとハワード、The FallのマークEスミス…
80年代に頭角を表すバンドの面々や後にファクトリーレコードを設立するトニーウィルソンがいたそう。
凄まじい話。

はちゃめちゃ人気になったピストルズはEMIレコードと契約してデビューする。

その曲がこれ

Anarchyなんて最早死語だったのをジョニーロットンが歌詞に。
これが物議を醸す。歌詞の内容は極めて個人的だけど今まで誰も歌わなかった内容。
メンバーのグレンはこの歌詞の冒頭のダサい押韻が気に入らなかったらしい。

その後、ビルグランディショーっていうTV番組に出演。

酔っ払ってスージースーをナンパするビルグランディにムカつきつつも、冷静にしてたメンバー、煽られて放送禁止用語を生放送で連発www
これが大騒ぎになる。

70年代のイギリスなんて、めちゃくちゃお堅いお国柄なわけ。この放送には苦情が殺到、TVをぶっ壊したおっさんや倒れた人まで。
EMIは契約破棄。

国内からめちゃくちゃ問題視され、会場の貸し出し拒否が相次ぐ。
この頃にはピストルズの影響でパンクバンドがいくつか生まれてて。The Damnedなんかは誰よりも早くデビューしてる。

で、アナーキーツアーって名前で全国を周る予定がほぼキャンセル。

アメリカからジョニーサンダースの新しいバンドまで呼んでたから金だけがごりごり無くなる羽目に。
嫌気がさしたグレンが脱退。マルコムはあいつはビートルズ好きだったからクビにしたと発表し、後釜に親衛隊のメンバーで見た目の良かったジョンサイモンリッチーを加入させる。

これはバンド内で孤独だったジョニーのアイデア。飼ってたハムスターの名前からシドヴィシャスという芸名を付ける。ちなみに見た目は良いけどベースは素人のシド。
元々、Flowers Of Romanceってバンドでドラム叩いてた。

そしてマルコム、早速A&Mレコードとの契約を取り付ける。
んで、グレンがピアノで作った2ndシングル、God Save The Queen。

まー置き土産みたいな曲を早速レコーディングして発売。エリザベス女王の25周年にぶつけてイギリス国家と同じタイトル曲。

ところがThe Carpentersを始めとするA&Mのミュージシャン達がピストルズなんかと契約するなら辞める!とか言い出して3日で契約破棄。

その後、新興レーベルだったヴァージンレコードと無事契約したピストルズ。
満を持してGod Save The Queenを再発売。プロモーションとして25周年の戴冠式に合わせてテムズ川を船で下りながらのライブ敢行。バンド周りが逮捕。
でもめちゃくちゃ話題になってシングルは馬鹿売れ。

チャート操作されてダントツ1位の売り上げだったのに、その週のランキングは2位。
1位は空欄。


一般的にはこの4人でピストルズって感じよね。

そして満をじして1stアルバムがリリース。

Never Mind The Bollocks

ピストルズ唯一のオリジナルアルバム。Nirvanaが14年後にアルバムタイトルパクったね。

スティーヴが金玉野郎なんか気にすんな!って言ったことからタイトルが決まったそうです。
プロデュースはミカバンドのミカの旦那、クリストーマス。まさかの人選だけど、メンバーがロキシーミュージック好きだった結果らしい。
ベースは2曲だけシドも弾いてるけど、上からスティーヴが重ねてる。
当然グレンはシングル以外参加してないので、ベースはほぼ棒弾き。

ギターがめちゃくちゃ重なってて、ハードロックみたいな音になってる。これを22歳の奴らが作ったの凄すぎる。曲がめちゃくちゃよく出来てる。間違いなく名盤。

ただ、この頃はイギリスでのライブはほぼ不可能になってて、メンバーも右翼に襲撃されたり悲惨な感じになっていく。ポールは殴られ、ジョンはこの時の怪我でギターが二度と弾けなくなった。
アルバムはぶっちぎりで1位。ディスプレイ拒否とかされつつも。

もうピストルズは一種の社会現象になってた。パンクバンドが大量に生まれ、イギリス全体でムーブメントになってる。意外にも一番リリースが遅かったんだよね。アルバムの。

匿名で北欧を周ったりしてたピストルズ。

その頃、シドはジョニーサンダースの追っかけ、ナンシースパンゲンていうヤク中女と付き合いだす。
みるみるヘロイン中毒になり、ジョニーより俺のがボーカルに相応しい!と言い出すようになる。
そしてアメリカツアーが決まる。

マルコムの共産主義かぶれの結果、大都市を避け南部ばかり周る。
この頃は曲を作れるグレンを失った痛手やシドのヤク中でバンド内はめちゃくちゃ。

1978年に「ロックは死んだ、騙された気分はどうだい?」とジョニーがライブで言い放ってそのまま脱退。

そのまま解散…かと思いきやそっから2年くらい活動は継続する。
マルコムの視点での映画、シドのソロデビュー、末期はスティーヴとポールでのピストルズ名義でのシングルやSham69のジミーパーシーとのSham Pistols…

1979年の2月にシドヴィシャスがオーバードーズで死ぬ。恋人のナンシーを刺殺した疑いで収監され、アメリカでも相当やばい刑務所内で地獄を見たのち保釈。
そのまま死ぬ。


ジョニーは未だにシドの話をすると涙が出るそう。弟分みたいな奴がクスリで別人になって死ぬなんて本当悲劇でしか無い。

そのまま各メンバーはソロをやるけど、結局ジョニーだけがP.I.L(Public Image Limted)ってバンドでまた活躍するんだけど、これはまた別の話。

1996年にピストルズは再結成する。

元々マルコムが金をちょろまかしてた事に対する裁判を何年かしてて、その裁判が結審。
1992年にはメンバー公認でベストが発売し、少しずつ関係性が戻ってきた事が再結成への道になった。

金の為と言い切っての再結成は賛否両論だったけど、ジョニーは本気のピストルズを世界中で観せたかったってのが本音らしい。
演奏が上手すぎるって言われたりしたけど、普通にピストルズを今の4人がコピーしてるっつう感じ。
でもかっこいいのでライブアルバムは必聴。

その後も2002〜2003、2007年にも再結成してる。
俺も2007年の時は生でライブ観れて心底感動しました。

2024年現在、スティーヴの自伝のドラマ化で揉めて裁判沙汰。結果、ジョニーと他のメンバーの仲は最悪に。

ライブハウスのベネフィットの為、フランクカーターってボーカルを入れてピストルズ名義でライブをやった。

もうオリジナルメンバーでは二度とやらないと明言してる。寂しい最後。

結局、ピストルズ以前、以降で分けられるくらいのバンド。イギリスが産んだビートルズ以来一番影響を与えたバンドなのは間違いない。
イギリスのパンクはその後、ハードコアを経過して廃れてしまったけどピストルズがたった1枚、3年間で成し遂げた事は歴史。

知れば知るほど色々悲しくもなるけど、ドキュメンタリーもめちゃくちゃ面白いのでおすすめ。

最後にジョニーロットンの名言を。

「グランジは終わった。
カート・コバーンが自ら生きていけないほどバカって事を証明したじゃないか。
あれが全てに幕を下ろしたんだ、負け犬野郎が。所詮は自己憐憫とドラッグに溺れた連中だよな。
時間がもったいないって言うのに。人生短いんだ。
天国が待ってたって、俺は急がないぜ。」


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