#18 シナイ山で死にかけた話⑬
ついにシナイ山頂(標高2285m)に到着。
午前2時を過ぎたら、一番に小屋に入ろう、HAPPY登頂。そう思っていたのに、肝心の小屋は南京錠で封印され、行き場を失った私たち。
日の出、ご来光まで、まだ4、5時間はあるか、どげんすんねん。
東ハンター
どげんもこげんもない。
ただ待つのみである。
折角一番乗りでHAPPY登頂したのだから、ご来光は特等席で見たい。
日の出は東の方角からということくらいは知っているが、肝心の東がどちらか解らない。
スマホは無い時代だし、ガラケーも日本に置いてきている、あっても意味ないけど。
コンパスなんぞ持っているはずもない。
星の位置から方角を知るスキルがあれば良いが、なんか習った気もするけどそんな知識が役に立つ日が来るとは思わないから、その知識は右耳から左耳にノンストップで抜けている。
というか、こんな何万も星がビカビカ光っていると、北極星?目印になる星も正座も解らないから知識があっても無理ゲーである。昔の人はどうやって
たんだろう。まあいいや。
山頂徘徊者
結論。
可能な限りパノラマで見れる場所にいれば東をツモれる。
国士無双13面待ちの激熱スポットを求めて山頂を徘徊する。
ちなみに、テンパるという言葉もまーじゃ、、、いかん、、、脱線が過ぎる、、、
まだ登山の熱気が冷めやらぬ中、しばし探索をするとここだという場所が見つかる。
というよりも剥き出しの岩しかない山頂なので、基本的に見晴らしは良い。それにプラス居心地の追求である。
仰げば尊し
キャンプ地設営といっても、装備がないので出来ることはバックパックやボストンバッグを枕や背もたれにすることくらいである。
まだまだ身体からは熱気が抜けず暑いので、私とユウキは斜面にほど近い風の通る場所に座り岩や荷物を背もたれに涼む。マナブとTは岩陰で同じような状態。
暇すぎる、、、
完全に横になって空を見上げる。
相変わらずの超満天の星空。
流れ星って永遠に流れ続けるんだなと思いながら、時折煙草を吸いつつ眺めていると、次第に意識が遠くなってくる。
それもそのはずである。
朝早くからカイロを出発、ちゃんと行けるか荷物を盗られないか気を張りながら、エジプト兵の苛烈なパーソナルスペース侵攻にも耐え、キリストのガチョーン波状攻撃にも耐え、10時間以上かけてサンタカテリーナに到着、落ち着く場もなく浮浪し、そのままイキり登山をしたのである。アドレナリンでここまで来たが、肉体的にも精神的にも疲労困憊である。
程なく意識はシナイ山の岩に吸い込まれていく、、、、
はい、やっと死にかけれた
パシパシ
ゆさゆさ
頬を叩かれ、身体を揺すられる。
「空が白んできたよ!!」
マナブの声で意識が身体に引き戻される。
寝落ちしてあっという間に4、5時間経ったようである。
薄っすら目を開けると、確かに空が明るくなり始めている。
が、、、、、
眼だけは辛うじて動くものの、身体は全く動かない。。。
脳信号を発するものの、身体まで全く伝達しない。
ピクリとも動かない。
そう、かりそめにも標高2000超えの山頂の岩の上、汗をかいたまま薄着で、しかも風が通るところで寝た身体は、体温が完全に奪われ凍死寸前になっていたのである。
脳と眼だけは生きている。呼吸もしているのだろうから自律神経系は生きているのだろう。しかし、目が覚めて数分経っても眼を動かすことしかできない。
どうやらユウキも同じような状態のようだ。マナブとTは一応防寒具を着て、岩陰で風を避けていたために寒かったようだが無事。
起こされたのに横になったまま全く動けず、全身麻痺の恐怖に抗いながら弱々しく眼だけを動かす二人に、マナブとTも異変を感じる。
パシパシ、ゆさゆさを続けるが、一向に好転しない。
不安に駆られたマナブがどこかに去っていく。
命の恩人 スニッカーズ
しばらくすると、ひょろっとした長身の黒人男性が目前に登場する。後で解ったが、シナイ山頂で観光客相手にお菓子や飲み物を売ることを商売にして日の出少し前に山頂に来る奴のようだ。
少し私とユウキの様子をチェックし、我々の前から去る。知らぬふりをされたかと絶望したが、すぐに我々の前に戻ってきた。
手にはチョコレートのハイカロリーお菓子のスニッカーズ。これを開封し、私とユウキの口の中にねじ込み去っていく。
言葉は発せれないが、嚥下(えんげ)は若干だけできる。口の中で溶けたスニッカーズが僅かにゆっくりと食道を通り胃に落ちていく。
すると不思議。胃に生じた熱が微弱な電気が走るように全身に拡がっていき、まずは手の薬指がピクピクと反射のように動き出す。
下がりきった血糖値を上げる、それが対処とこの黒人さんが科学的に解っていたとは思えないが、本能的に解っていたのだろう。じわじわと全身に温かい血が流れていく。
解る、解るぞ、身体の仕組みが!
しかしそれはカチカチの氷柱を溶かすようで、じっくりとしか身体は溶けていかない。
命の恩人 太陽神ラー
そうこうしているうちに、ご来光が始まる。
私とユウキはまだ動けないので、横になったままでの90度傾いたご来光ウォッチである。まだ岩の方向いて寝てなくてマジ良かった。
少し靄(もや)がかった地平線に太陽が現れ、シナイ山の岩肌を鮮やかなオレンジに照らし始める。
すると不思議。太陽の光を浴びた身体は一気に温められ、身体の溶解が加速される。
解る、解るぞ、太陽の偉大さと、爬虫類の気持ちが!!
太陽が完全に地平線からから離れたころには、全身が動かせ始め、とりあえず上半身を起こして胡坐をかき、更に太陽の光を吸収する。私はトカゲではない。
死の淵にいたことで正直ご来光どころではなかったが、逆に無の境地でご来光と朝焼けに染まるシナイ山一帯を禅のマインドで堪能。
モーセが降りてくる。
俺的十戒
・第1戒「山頂で薄着野ざらしで寝たらアカン」
・第2戒「砂漠地帯&高地の星空ヤバすぎ。やりおるやりおるスペリオール」
・第3戒「ラクダのコブには、ヴィトンのボストンバックがすっぽりハマる」
・第4戒「アエロフロートで出される黒パンはゲロマズ」
・第5戒「コシャリ、美味すぎ(でもやっぱり海南鶏飯が一番好き)」
・第6戒「どこの国にも何もしていなオジサンは相当数、いる」
・第7戒「スフィンクス、聞いてた以上に小さい」
・第8戒「ZIGIZIGI(下ネタ)は万国共通」
・第9戒「ラクダの頭、柔すぎ」
・第10戒「ロシア人女性CA、怖すぎ」
番外
「紅海キレイすぎ」
「シーシャがあれば3時間は時間を潰せる」
「エジプト兵ピーナッツが好き」
民明書房「十戒と岡野武治の関係」より
今後の人生で役に立ちまくる悟りが開けたころには、身体は動き出す。
動き出して周りを見渡すと白人を中心に50人くらいは観光客がいる。
小屋のところにいると、鍵は開いていて後から来た観光客が使った形跡が、、、、ガッデム!!
そんなこんなをしていると、命の恩人の物売りの黒人男性が近づいてくる。
「ほい、スニッカーズ代、10ドルな。」
高けえ!!
でも命が助かって10ドルは安い。腹落ちはしていない顔でキチンとお支払い。
さて、見るもん見たし下山しますかね。
次回は最終回、エピローグです!