#12 シナイ山で死にかけた話⑦
シナイ山に向けて出発です。
数日間お世話になった宿にチェックアウトを告げ、荷造。
とはいえバックパックひとつで、持ち物もパスポート、多少の現金、最低限の洋服、暇つぶし用の本、水くらいなので、支度は秒で終わります。
その習性が染みついているのか、今でも出張の時の装備は極めて軽く、「え?それだけですか?」と言われる(引かれる)ことがしばしばあります。
一二泊の出張なんか3P(パソコン、パンツ、パッション)があれば十分というのが私の持論です。あ、最近はプロテインが追加されて4Pになったんでした。
ユウキだけがヴィトンのボストンバッグにファッション性を意識した服や、謎にチェキ、例のターバンなどを一生懸命ねじ込んでいます。
そうだ、こいつ韓国に行くつもりだったんだ。
やっぱり行きたかったアルメニア
どうせ東に進むのであれば、アルメニアに行きたいと提案しました。
アルメニアは南コーカサス、解りやすく言うとトルコの東にある人口300万人の小国で、アルメニアの北にはジョージア(旧グルジア)、東にはアゼルバイジャン、南にはイランがあります。
なぜアルメニアに行きたいと思ったかというと、このアルメニアという国は世界一美女が多い国という情報があったからです。
ヨーロッパ、アジア、中東等、様々な血がミックスされたこの地域は美人だらけという噂です。
しかし、調べるとカイロからアルメニアまではバスで48時間かかる模様。他の3人は勘弁というリアクション、私も48時間には流石に日和り、あえなく断念しました。
今つくづく思う、行きたかったなぁ。
老後じゃ意味ないんだよなぁ。
ちなみに、こんな風に行きたいなと思ってふらっとその国にいけるのは日本人の特権です。
普通はその国に入国するためにはビザを取得しなければなりませんが、世界的な安牌(安全な奴)と見做されている日本人は、短期ステイの場合多くの国がビザなしで入国することができます。
日本国パスポートの偉大さは知っておくべきところです。
エジプト長距離バスのスペック
いざ長距離バスのターミナルへ。
長距離バスとはいっても、日本の長距離バスや、成田空港から東京各地へ向かうリムジンバスのようなものではありません。
市バスとは言いませんが、古びた観光バスのような、密閉性の低いボロバスです。荷物はバスの下部にあるハッチをあけてその中に入れます。これが怖い。
途中で乗客が降りたり乗ったりする度にこのハッチは開けられ、荷物が出し入れされますが、各停留所に怪しさ満点の荷下ろし担当おじさんがいたり、お好きにどうぞという感じでセキュリティー感ゼロの開きっぱなしになっていたりします。
よってパスポートと現金は身体に巻き付けて守ります。
そうなると荷物は盗られたところで特段のダメージはないのですが、やはり盗られないに越したことはなく、停留所に着く度にソワソワしてしまいます。
ユウキのヴィトンのボストンバッグなど超狙われそう。そう思ったのですが、旅を通じてこれが全然そうではない。
どうも少なくとも20年前のエジプトにおいては、みんな「LOUIS VUITTON」など知りはしないようでした。
誰も全く見向きもせず、「L」と「V」が書かれたバッグに過ぎません。そして今も尚、私にとっても「L」と「V」が書かれたバッグに過ぎません。
エジプト軍登場
バスがターミナルに入ってきました。
これだけの長距離移動をする人となると、乗客は私たちが滞在した貧民窟のような場所にいた皆さんとは少し毛色が違う。生活に余裕がありそうな身なりをされています。白人旅行客もちらほら。
そして砂漠仕様の迷彩服を着た屈強な二人組、エジプト軍人です。
これも海外あるあるで、公共の乗り物に軍人が乗り込んでくることはよくあります。インドの汽車などでは、黒光りした自動小銃をもった軍人が普通に乗っていたりするので、一瞬ドキッとなったりまします。
私の感覚では、エジプト人も人種的にはミックスな感じで、白人の血が強めな人や、アラブの血が強めなひと、アジア、アフリカの血が強めな人など様々。
エジプト軍の兵士というと、義和団事件の列強兵士写真で左から4番目くらいにいそうな、英領インドのターバンを巻いた兵士を想像する人も多そうですが、全然そうではない。米軍海兵隊の猛者のようなゴリゴリの体格と風貌です。
今回のエジプト軍人が、軍命で移動しているのか、一時除隊で里帰りしているのかは知りません。しかし、そんなにがっつりした装備ではなく軍服に腰に拳銃くらいだったので、地元のシナイ半島に帰省中だったのかもしれません。完全な妄想ですが。
迷彩の世界も奥が深く、エジプトであれば砂漠迷彩が主ですが、ジャングルであればジャングル用の迷彩、雪国であれば白基調の雪国仕様迷彩、市街地であれば街に溶け込む迷彩、同じジャンルでも地域、戦地で多種多様で面白いです。
わしゃ美容師の卵か!
安定に若干おくれてバスがターミナルに入ってきたので、前述のバス下部ハッチの中に荷物をぶちこんで乗車します。
指定席だったかどうかは全く覚えていません。バス中間位置の座席に、前列、私とユウキ、後列、マナブとTで座る。
席は若干ギシつくけど、まあ8時間くらいならいけそうな感じ。
いよいよシナイに向かうのでテンション高めにキャッキャしていると、エジプト兵が乗ってくる。
カッコイイなあと見ていると、私とユウキの前の席に座る。
最強のメンタルをここに見た。
エジプト兵二人は席につきしだい、リクライニングのバーを引いてズガンと席を倒す。
その角度水平から20度、いや15度。
椅子の設計は多分マックスで45度くらいと思うのですが、ガタついてるので30度くらいまで倒れる。そこに軍人の屈強な上半身の体重が加わり、この角度が実現。
計算式で言うと、力=質量×重力加速度、F=mg(N)の世界観。いや、これはモーメント荷重で、モーメント=力×距離、M=PLの世界観です。椅子の背もたれの下部を支点に、エジプト兵の屈強な背中の上半身重心までの距離とそれに上半身体重が乗じられ、このモーメント荷重が成立。
私とユウキの膝上にはエジプト兵の頭。エジプト兵からは私たちの鼻の穴が丸見えくらいのポジショニング。
うそ~ん、、、、
え?逆に嫌じゃない?と思うのものの、エジプト兵は一向に気にする気配もない。それどころかそのままおしゃべりを始める。
強すぎる。。。
エジプト兵ピーナッツが好き!
とりあえずこちらは戸惑いの一択。
そのままバスは発車し、5分くらいするとエジプト兵は何かをゴソゴソ出し始める。
大量のピーナッツ。
それをほぼ寝た状態で手元で剥いてポーンと口まで投げる。熟練度が高く、練兵として確実に口の中に放り込んでいく。
でもこっちがちょっとアゴを出せば、釣り場のトンビの如くこっちが食べれる状況。やったろうかと思うけどそれは思うだけで、やれるはずもない。
そして剥いたピーナッツの殻は足元に捨てて山となっていく。
苦肉の策としてやったことは、私とユウキが椅子を45度くらいまで倒す。思いっきりやってみたけど、二十歳そこらの薄っぺらい日本人のガタイではそんなフラットレベルの角度までどう足掻いてもいかない。そして後列のマナブとTが60度くらいまで倒す。倒れる瞬間のドミノみたいな形で、マナブとTの後の乗客に迷惑がかからないベストバランスを実現する。
我々日本人は、和を以て貴しとなす!(文句言えないだけ、、、)
と、書いていて思ったのは、40過ぎた私はエジプト兵とまではいかないけれど、それに近しいくらい空気を読まず、我を通す人間になっていたということです。
今思えば、秘伝ZIGIZIGIトークで和み、自分席倒し過ぎやで~と話をもっていけば良かったと後悔。
さて、今回はリアルにシナイに向かって動き出しました。
バスはまだカイロ市内だけど。バスに乗車するというワンシーンで1話を費やしてみました。