犬だって人に恋をする。
私には忘れられないワンコがいます。
獣医さんに恋をして、最後まで純愛を貫いたワンコです。
愛に種は関係ない。
言葉は通じなくても心が通じ合えば必ず伝わる。
少し前にライターの仕事をしていた時に書いたお話ですが、まだまだ書きたい事があったから今回もう一度書こうと思います。
◎メイちゃんの恋
私が動物看護師として働きはじめた頃、何も解らずほぼ素人の私に丁寧に沢山の事を教えてくれた獣医さんがいました。
今でも私にとって理想の獣医さんです。
私がはじめて勤めた動物病院では院長の他に代診の先生が2人いて、1人はすごく怖い先生だったけどしっかり教育してくれる獣医さん。
もう1人のこの話の獣医さんは優しくて面白くて、新人でガチガチに緊張していた私を和ませてくれる優しい先生でした。
でも救急や緊急手術の時は的確な指示をくれて頼りになる先生。だから飼い主さんからも人気があり、先輩動物看護師から裏では「マダムキラー」の異名を持っていました。確かにマダムに人気があり、院長よりも指名が多かったほど。
私がまだ新人で何もできず雑用ばかりしていた頃、
メイちゃんはすでに常連さんで診察に毎週きていました。
待合室にいる間は落ち着かずソワソワ。
時々我慢ならなくて吠えてしまうので、そんな時は飼い主さんが気を使って車から降ろさず車で待つほど。
車の中でも落ち着かずソワソワ。
ずっと病院の窓からみえる診察室を見つめ、先生を見つけるとずっと姿が見えなくなるまで目で追い先生を常に探している状態でした。
待ちに待った順番が回ってきた時、名前を呼ばれて診察室に入ると一目散に先生のところへ。
会った瞬間しっぽがちぎれそうな位しっぽを振り、全身で喜びを表現します。
メイちゃんは大型犬。力も強く体も大きい。
でも大好きな先生に怪我させたくないから飛び付いたりもせず、全身で嬉しさを表現して沢山大好きな先生に撫でてもらい、満足したら大好きな先生に抱っこしてもらい診察台に乗せてもらいます。
メイちゃんはとても頭のいい子。
診察台に乗ると大人しく注射や採血も暴れたりせず、じっと我慢して私達や先生を困らせる事なく模範的な理想の患者さんでした。
診察が終われば飼い主さんに促されながら名残惜しそうに診察室を後にし、何度も何度も振り返る。
車に乗ってもまだ診察室にいる先生を見つめている。
恋する乙女。
心から先生が好きな事がわかりました。
でもその頃のメイちゃんの体は痩せていて、食事をとれない日もあり吐いてしまう事よくありました。その為そんな時は点滴を打ちに病院を訪れていました。
メイちゃんの病気は腎不全。
腎不全は高齢の子がなりやすい病気ですが、おそらくメイちゃんは先天的に腎臓に欠陥があり気がついた時にはかなり悪化していました。
飼い主さんは高齢のご夫婦。
車を運転できるのはお父さん。そのお父さんが仕事の時はお母さん1人では来れないので、その時は先生と二人で往診でお家に伺い点滴や注射をしました。
往診の補助は新人動物看護師の仕事。
頼りないながらも新人に許された唯一の仕事。
先生とメイちゃんの治療の手伝いができる事がすごく嬉しかった。
家に先生が来たときのメイちゃんは、病院の時よりも濃厚で大好きな先生を独り占めに出来る悦びに満ち溢れずっと先生の顔をみつめていました。
飼い主さんはおろか私なんて目もくれずに。
私はメイちゃんと先生の姿が大好きでした。
いつまでもこのまま続けばいいのに。
でも終わりの時間は迫ってきているのは新人の私にも解りました。メイちゃんの体は限界に近づいていました。
◎迫りくる時間
闘病から1年になろうとしていた頃、食べれない日が増え嘔吐もほぼ毎日。
入院する日も増え日に日に痩せて弱っていくのが解りました。
先生も必死で色んな文献を調べ、メイちゃんを救うためにいろいろな治療を試みましたが数値は下がらず出来ることは点滴と注射することぐらいしかありません。
先生はメイちゃんとメイちゃんの家族の負担を考え、朝一番から診察終了ギリギリまで預かり、夜はお家で体を休め何かあればすぐに行くので。と自分の携帯番号を飼い主さんに渡していました。
そんな日が何日も続きました。
いつものように朝一番にやってくるメイちゃんの入院室の準備をし待っていましたが、メイちゃんはやってきません。
嫌な予感がしました。
数分後病院の電話が鳴り
「メイが今亡くなりました。今までお世話になりました。また改めてお礼に伺います。」
飼い主さんから連絡でした。
◎最後まで
数日後、飼い主さんがお礼にこられました。
私は別のワンちゃんの診察中でお話できませんでしたが、飼い主さんの顔をみて会釈しましが泣きそうになりすぐに目をそらしてしまいました。
診察が終わり入院の子の世話をしているふりをしながらこっそり泣いていると、先生が横にきて話をしてくれました。
亡くなった日の夜ことです。
診察終了後先生はメイちゃんの家を訪ね、最後のお別れをしたそうです。
あの日の朝
「メイ。先生に会いに行こう。」
と声をかけると、フラフラした体を起こし自分で立ち上がり、車まで歩いていったそうです。
もう1人で立ち上がる事ができなくなっていたのに。
車に乗り込みエンジンをかけようとした時、後ろにいたメイちゃんをみると呼吸が止まっていたそうです。
最後まで先生に会いたかったんだろうなと思うと、抑えていたものがあふれ涙が止まりませんでした。
先生は「いつも往診についてきてくれてありがとう。これよかったらもらって。」
メイちゃんの写真でした。
飼い主さんにお願いし、メイちゃんの写真を譲ってもらったうちの1枚を私にくれました。
今でも私の宝物です。
私達の仕事は病気の動物を治療すること。
ただ治療しても完治せず、亡くなることも多いのが現実です。
短い生涯でしたが大好きな先生と一緒に病気と闘ったメイちゃん。
恋は成就しなかったかもしれないけど、今でも先生の心の中で生きているはずです。
いつもこの事を思い出す時、私の理想の動物医療の形ってこれなんだろうなって思います。
命の期限は決まっている。
それは動物も人間も一緒。
確かにお金を出せば最先端医療で動物の命を繋ぐ事はできます。海外では大金を出せば、亡くなった後もその子のクローン作ってまた蘇らせたりするニュースもあるぐらいだし。
でもそれで
飼い主も動物も獣医師も満足するんだろうか?
と思う事がよくあります。みんなが納得して命の終わりを見届ける事が出来ているのか。
メイちゃんの飼い主さんは長く生きてほしい。
でも苦しませたくない。
最後は穏やかに先生と過ごさせてあげたい。
獣医師は治してあげたい。でも治らない。
だから最後は穏やかに看取ってあげたい。
メイちゃんは生きたい。最後まで先生と一緒にいたい。
飼い主さんも動物もそれに携わる私達動物医療関係者も同じ気持ちになって動物を想う。
私はあの時新人動物看護師だったから、まだこの輪に加われなかったけど少しでもその手伝いが出来たと事を誇りに思います。
今でも先生と元気だった頃のメイちゃんの姿を思い出すと、微笑ましい気持ちになりそして羨ましく思います。
一緒になって闘ってくれる大好きな先生がいたメイちゃんは世界一幸せなワンコだったと今でも思います。
私の思い出話に最後までお付き合い頂きありがとうございました。
この話が誰かの心の中に残ってもらえれば嬉しいです。