芸術史:近現代美術の諸相 視覚化・資源化・物質化 産業革命による様式と社会構造の変化
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産業革命による様式と社会構造の変化
現在、デザインとよばれるものは、主にモダニズム、もしくはモダン・デザインを指す。様式は19世紀中後期に芽生え、ほぼ20世紀の一世紀をかけて発展・定着、そして成熟した。近世になると、徐々にひとの手から機械による製造へ移り、それらが流通する規模も拡大してゆく。19世紀半ば、過去からのさまざまな様式を折衷した統一感のない歴史主義と呼ばれる装飾様式が氾濫していた。産業革命が起こることで、国土の中の人口比率が変化し、都市と郊外という構造が誕生した。産業革命によりあらゆるモノが大量生産されるようになり、今まで人が手作業で作っていたもモノが機械化されたのである。近代のデザインはいわば、都市生活のためのデザインであるともいる。つまり工業生産で、大量に生産、広く流通できるよう必然的に機械生産に対応したデザインが求められるようになる。モダニズムのデザインは、そうした産業革命以降の世界での流通と成立を前提としたデザインである。産業革命により社会・経済の構造は大きく変わり、大量生産の進行は、大衆へ安価にものを届けることを実現した。
19世紀末フランスではパリを中心に新芸術 アール・ヌーヴォーが生まれる。19世紀末から20世紀にかけて、欧米の主要都市でしなやかな曲線と曲面を持った装飾をもつアール・ヌーヴォーが流行した。フランスのサミュエル・ビングの店舗名から始まり、一般化した様式が世界同時的に広まった美術運動である。アール・ヌーヴォーとはフランス語で新しいアートを意味する。花や植物、昆虫などをモチーフに、鉄やガラスなど当時の新しい工業素材を使ったデザインが特徴である。その流行はポスターに始まり、家具や室内装飾、建築にも有機的造形が展開された。アール・ヌーヴォーは、かつての支配階級に代わり台頭してきた産業ブルジョワジーたちの生活空間を有機的な曲線を使った様式で統一し、ドイツ、イギリス、ベルギーなどの近隣諸国にも広まっていった。アール・ヌーヴォーが、ほぼ同時期にヨーロッパ中に広がったことは、産業ブルジョワジーが産業の発展と共に各国で台頭したことと、メディアの発展が挙げられる。しかし、センセーショナルで革新的な改革思想である反面、手仕事で贅沢であったため高価で、裕福な階級までにしか広まらなかった。よって、本格的な定着はなく、世界大戦の合間の一時の流行様式にとどまった。
1925年のパリ万博がきっかけとなり、それまで培ってきた装飾性と合理性を満たしたデザイン様式が誕生する。直線的で幾何学的なデザインが特徴であるアール・デコである。アール・デコはフランス語で装飾芸術を意味する。その最たるものとしてエッフェル塔があげられる。その後、建築物に鉄が使われることに大きな影響を与えることになる。やがてその流行は世界へ、一部の人から大衆へと広がっていった。見た目が美しいだけでなく、消費者の使い勝手、生産者の生産性にも目を向け始めたデザインの時代だと言える。
近代化のなか徐々に経済的主導権をにぎりはじめたアメリカでは、都市部のニューヨークを中心にアール・デコが国土すら自らの手でつくりだした。19世紀、アメリカでは豊富な材料はあるが、人手が足りないという状況だった。その中でパリで発祥したアール・デコが受け入れられ、さらに機械化、合理化が進んでいく。大量生産が世界中に拡散する中で、かつて大衆と呼ばれた人々は消費者と見られるようになっていった。この頃から、外観をリシェイプするためにデザイナーが多用され始めた。消費者市場を獲得するために継続的にデザインのリシェイプを行い、未来の生活様式をイメージしながら商品化していった。こうしてアメリカはインダストリアル発祥の地とも呼ばれることとなった。
参考文献
ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論 1 』岩波文庫、2020年
ニコラス ペヴスナー『モダン・デザインの展開―モリスからグロピウスまで』みすず書房、1957年
林洋子編『近現代の芸術史 造形篇Ⅰ 欧米のモダニズムとその後の運動』藝術学舎、2013年
水野千依編『西洋の芸術史 造形篇II 盛期ルネサンスから十九世紀末まで』藝術学舎、2013年
『近代デザイン史』武蔵野美術大学出版局 、2006年
トーマス ハウフェ『近代から現代までのデザイン史入門―1750‐2000年』晃洋書房、2007年
『増補新装 カラー版 世界デザイン史』美術出版社、2012年
『デザイン史を学ぶクリティカル・ワーズ』フィルムアート社、2006年
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