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1500文字小説『史記を超える!』

「僕は、劇団史記を超える!」
 
 僕は何で、そうつぶやってしまったのだろう。
 
 今更ながら、僕は自分のアカウントのツイートを見て、めちゃくちゃ後悔した。
 
 劇団史記といえば、日本のトップクラスな歴史劇を手がけ続ける、超・商業劇団だ。
 
 彼らが手がける演劇は、世界でも話題沸騰するほどの名作揃いだ。
 
 要するに、僕は演劇界の王者に、このツイートによって楯突いてしまったわけだ。
 
 どういう酒を飲めば、こんな突拍子もないことを言えるようになるのか……。
 
 僕は、あの頃の自分自身の心境を読むのが到底難しい。
 
 
 
 ちょっとしたことだったのだ。
 
 僕がこんな大風呂敷を敷いてしまったのは、あるYouTubeチャンネルの動画投稿がきっかけだった。
 
 そのYouTubeチャンネルの名前は、『袴田勝彦のYouTube講座』。
 
 彼のおすすめの書籍の内容を大学の講義形式で教えてくれる、いわば書評チャンネルだ。
 
 袴田はそもそも、大手お笑い事務所で活躍していた噺家であり、今では個人でYouTuberとして活躍しているスーパースターだ。
 
 そんな彼が今回紹介してくれた書籍は、「自己啓発書の原点」と評される名著『思考は現実化する』。
 
 本著は数多くの実業家たちに愛されたビジネス書作家、マーデリー・ピンクの代表作だという。
 
 袴田の解説によると、なんでも
 
「大きな夢が実現するのは、大きな夢を描いたからだ」
 
というらしい。
 
 今となって振り返れば、いかにも胡散臭い内容ではないか。
 
 しかし、当時の僕はまんまと乗せられてしまったのだ。
 
 それだけ、袴田の話の乗せ方が巧みだったとも言えるだろう。
 
 さすがは噺家、話芸で食ってきただけのことはある。
 
 
 
 袴田は画面越しに、終盤になってこう言い放った。
 
「あなたも、自分の夢を語ってみてください。思考は現実化しますから。……ではまた!」
 
 その勢いに乗せられて、僕はまんまと、彼のYouTube動画のコメント欄に書いてしまったのだ。
 
 そして同時に、不意にそのコメントを事もあろうに、Twitterの投稿にも転載してしまったのだ。
 
「僕は、劇団史記を超える!」と。
 
 めちゃくちゃ恥ずかしい。
 
 今となっては、ホントバカなことをしたものだ、と心底後悔した。
 
 ヤジを飛ばされると思ってた。
 
 Twitter社会はそれほど甘いものではないことを、好みで痛感してきていたからだ。
 
 
 
 だが、実際は違った。
 
 次々と来るTwitterの通知。
 
 それを開くと、例のツイートに対する返信が寄せられたようだ。
 
 僕はその返信の内容を見て、ひどく驚いてしまった。
 
 Twitter上に寄せられたのは、フォロワーによる応援が書かれた、返信の嵐だったのだ。
 
「いいじゃないですか! 超えましょう!」
「応援してます!」
「あなたならできますよ!」
 
 めちゃくちゃ嬉しかった。
 
 僕はそれらの返信を見ていって、目の前の世界がが歪んてしまった。
 
 この歪みは何なんだ。
 
 僕はふと目をこすると、手には目から溢れた透明の液体がついている。
 
 僕の両目に、大粒の涙がこぼれていたのだ。
 
 
 
 散々いじめられてきた僕は、小さい頃はよく泣いたものだ。
 
 だが、こんなポジティブなことで涙をこぼしたのは、生まれて初めてのことだった。
 
 世の中には、僕の純情を応援してくれる人がいるんだ。
 
 しかも、こんなにたくさんの人が、僕のことを見守ってくれてるんだ!
 
 僕はそのことを強く実感し、頭の中でふと思った。
 
(これから、どうやって史記を超えよう……)
 
 言い出しっぺをしたからには、もう行動をしていくしかない。
 
 でも、まだ戦略を全然練れていない、そんな現状であったのだった。

 我ながら思う。

 お前、これからどうする気なんだよ、と。

※この小説は、フィクションです

おもに僕が代表を務めている小劇団の活動費として再投資させていただきます。 よろしくお願いします!