「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)&読みたいことを、書けばいい。」志賀直哉『小僧の神様』篇⑤(第272話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
「海苔巻ありませんか」がトンデモナイ発言?
だから主は「今日はできない」と強く否定した?
いったいどういうことなの?
教えて、岡江クン…
いいだろう。
それでは「海苔巻ありませんか」のトリックを解説しよう…
ちなみに「海苔巻」と聞いたら、何を想像する?
煎餅?
いきなり脱線しないでください。
「何を想像する?」って言われたから、正直に答えただけよ。
だけど、どう考えても海苔巻煎餅は鮨と関係ないでしょう。
関係あるかもしれんぞ。
海苔巻煎餅はクリエーター、アガリの父じゃ。
クリエーター? アガリのチチ?
何ですか「アガリ」って?
「ん茶」
聞いた私が馬鹿でした…
うふふ。
やるせないじゃない?
やるせない?
知らないの?
「やるせないじゃない。コイは海苔巻」って言うでしょ(笑)
こ、鯉?
鯉の海苔巻なんてあるんですか?
あっ!わかった!
えっ?
「海苔巻ありませんか?」とは…
「LOVEありませんか?」よ!
LOVE?
だって小僧仙吉は神の子イエスで、鮨屋の主は創造主でしょ?
だから小僧仙吉は主にこう言ったの…
「LOVEをください」って!
愛をください?
エコーズの『ZOO』じゃないんですから…
♬おうおう♬
そもそもなぜ海苔巻がLOVEなのですか?
「コイは海苔巻」よ…
あの「コイ」は魚の「鯉」じゃなくて…
恋愛の「恋」、ラブの「恋」なの!
ラブの恋?
どういうことですか?
この歌を知らないの?
シブがき隊『スシ食いねェ!』のCメロよ!
ちょっと待ってください…
もちろんこの歌は知ってますけど、志賀直哉はシブがき隊を知らないですよね?
『小僧の神様』が発表されたのは1920年ですよ?
志賀直哉
だってABBAは知ってたじゃん。
深代ママ、落ち着いてください…
それは聖書の中に「父」を意味する「ABBA」という言葉が出てくるからです。
「シブがき隊」なんて言葉は出て来ません。
ヤコブがやっくんで、モーセがもっくんとか…
ふっくんがいないじゃないですか。
こじつけも大概にしてください。
だけど、『スシ食いねェ』の歌詞…
ちょっと気になるわよね…
気になる? どこがですか?
「やるせないじゃない。恋は海苔巻」の前のフレーズ…
なぜ「僕の彼女はカズノコが好き」なのかしら?
あっ、確かに…
「僕は彼女のカズノコが好き」ならわかるけど…
何を言ってるんですか…
ワケワカメです。
うまい。
おそらく「カズノコ」とは「カズヒコ」のこと。
つまり「僕の彼女はカズヒコが好き」という悲しい現実のことです。
一字違いの語呂合わせですね。
うふふ。
何が可笑しいんですか?
同じ一字違いの…
「カミノコ」だったりして…
え?
やだ…
それじゃあ、もしかして「恋は海苔巻」の後のフレーズも…
「小柱みたいに小っちゃな涙」ですか?
涙を流す「小柱」とは「子柱」のこと…
つまり、十字架に掛けられる神の子…
そんな馬鹿な…
うふふ。
Cメロ最後のフレーズも興味深いわよね。
「どうぞ泣かないで、キスあげるから」って…
あっ…
これはすべて偶然かしら?
「カズノコ」は「カミノコ」…
「小柱」は「子柱」…
「キス」は「裏切りの接吻」…
もう、そうとしか思えない…
しかし「海苔巻」は何なんですか?
なぜ海苔巻がLOVE?
それは… えーと…
ほら、説明できないじゃないですか。
やっぱり「恋は海苔巻」なんかじゃないんですよ。
そもそも『スシ食いねェ』と『小僧の神様』が関係あるって考える方が、どうかしてます…
それが、関係あるんだよ…
はい?
「スシ食いねェ」とは「鮨 悔いねェ」の駄洒落…
つまり「魚の旨、悔い改めよ」という意味になってるんだ…
さかなのむね、くいあらためよ?
「鮨」とは「魚の旨」…
つまり「イエス・キリスト・神の子・救世主のテーマ」という意味だったよね。
まさに「悔い改めよ」でしょ?
あっ…
だから「海苔巻」は「LOVE」で合っている。
なぜなら…
わかった!「巻」とは「スクロール」のことだわ!
昔の聖書は巻物だったでしょ?
なるほど。確かにそうですね…
すると「海苔」は、おそらく「ノリ」と読む「法・則・典・宣」のこと…
と、思うでしょ?
違うんですか?
「聖書ありませんか」
「今日は出来ないよ」
これじゃあ意味が通じないよね。
それでは「海苔巻」とは、いったい…
ますは第三場の流れを整理しておこう。
京橋の中心街から少し離れたところに屋台の鮨屋があった。
そこに若い貴族院議員Aがやってきて暖簾を潜る。
Aは屋台に横並びになった三人の男を見て躊躇し、暖簾を潜る姿勢のまま、ひとりの男の後ろに立っていた。
すると小僧仙吉が入ってきて、三人の間に割り込み、奥にある「五つ六つ鮨の乗っている前下りの厚い欅板」を見回した…
あれ?
ゴルゴダの丘の再現なら1人多くない?
ホントだ…
なぜ志賀は「2人+小僧」にしなかったんだろう?
『磔刑図』
アンドレア・マンテーニャ
それにはちゃんと意味がある。
ヒントは、小僧仙吉が熱心に見ていたもの…
三人が並ぶカウンターの奥にある「五つ六つ鮨の乗っている前下りの厚い欅板」だ…
どういうこと?
マンテーニャの『磔刑図』をよく見てごらん…
ゴルゴダの丘に並ぶ3つの十字架の奥には…
こちらに向かって「前下り」になっている、大小合わせて5つか6つほどの「山」が見えるだろう…
えっ?
そのうちの1つ、エルサレムの街がある山の頂上には…
アブラハムが息子イサクを生贄にしようとした石の台があるの…
その上にイサクが乗ってる絵面は…
「俎板の鯉」というか「鮨」っぽく見えるわよね…
『イサクの燔祭』
ローラン・ド・ラ・イール
なんと…
そして小僧仙吉は「海苔巻ありませんか」と主に尋ね…
主はキッパリと「今日は出来ないよ」と答え、怪しんだ目で仙吉をジロジロ見る。
そして小僧仙吉は「こんな事は初めてじゃない」と言わんばかりに勢いよく手を伸ばし、目の前にあった「3つの鮪の脂身」の1つを掴む。
しかし主の「1つ6銭だよ」の声で手を放した…
「アブラ身」とはアブラハム…
アブラハムも主の声で息子イサクから手を放した…
だけど、さっきは「5つ6つの鮨」だったわよね?
いつの間に3つの鮪の脂身になったの?
別のネタが被さっているんだよ。
ネタと言っても鮨ではなく話のネタが…
別の話のネタ?
3つ並んだ鮪の脂身は、それぞれ1つ「6銭」だった…
志賀の言ってる意味わかる?
当時の屋台のトロの相場は、3貫で18銭だったってこと?
そうじゃない。ここは知恵が必要(笑)
知恵?
ああっ!
6銭、6銭、6銭!
その通り。
1つ6銭ⅹ3つの鮨は「獣の数字666」を表していたんだよ。
そ、そんな… 嘘でしょ?
小僧仙吉は「666の鮨」に向けて手を伸ばし、その1つを掴もうとした…
おそらく志賀は、ウィリアム・ブレイクの絵を参考にしているわね…
まるで鮨を握る大将と、鮨に手を伸ばす客みたいだから…
『獣の数字666』
ウィリアム・ブレイク
なにこれ… どう見ても鮨屋じゃん…
大将が「へい、らっしゃい!」って言ってる…
しかも「客」は頭が3つ…
まるでカウンターに三人並んでいるように見える…
なんてこった…
もう、そうとしか思えないです…
田辺聖子が『ジョゼと虎と魚たち』で使ったネタ「子に将棋を教える父」みたいじゃな。
『アダムの創造』ミケランジェロ
「1つ6銭の鮨ⅹ3」は、獣の数字666のことだった。
しかしこれは同じヨハネの書でも『ヨハネによる福音書』ではなく、新約聖書の最終巻『ヨハネの黙示録』のネタ。
だから主は待ったをかけ、小僧仙吉は掴んだ鮨を台に戻した。
そして小僧仙吉は「いやな顔」をして、しばらくその場に固まっていたが、「ある勇気」を出して屋台から去って行く。
主は、気まずそうにしながら、こうつぶやいた。
「当今は鮨も上がりましたからね。小僧さんにはなかなか食べきれませんよ」
なにせ3つで「666」銭ですからね…
そして主は、小僧仙吉の掴んだ鮨を、自分の口に放り込む。
これで第三場は終わり。
で、海苔巻は?
まだ気付かない?
あのセリフが発せられたタイミングをよく考えてみよう。
小僧仙吉が「海苔巻ありませんか」と言ったのは、暖簾を潜ったAが、横並びで立つ三人を見て躊躇し、暖簾を潜る姿勢のまま後ろに立っていた直後だった。
Aがアンドレア・マンテーニャ『磔刑図』のヨハネを演じていた時よね。
ん?
つまり小僧仙吉の「海苔巻ありませんか」は、この絵に関係するということですか?
「関係する」というより、この絵「そのもの」だね。
小僧仙吉はこう言ったんだ…
「磔刑図ありませんか」
は?
磔刑図ありませんか?
海苔巻は「磔刑図」なの?
そうだよ。
だから主は小僧仙吉をジロジロ見ながら「今日は出来ないよ」と否定した。
なぜなら小僧仙吉は、まだその準備が出来ていなかったから。
準備?
まだヨハネから「洗礼」を受けていないだろう?
この重要なイベントを経ずに十字架刑には進めない。
『The Baptism in the Jordan』
Michael Angelo Immenraet
確かにそうだけど、なぜ「海苔巻」が「磔刑図」なのよ。
念のために聞いておくけど…
「海苔巻」って、どんな鮨か知ってる?
海苔巻?
海苔巻は海苔巻でしょ。
海苔で巻かれた飯の中に具が入ってるやつ。
何の具?
具? そりゃあ色々あるでしょ…
マグロとか、キュウリとか、沢庵とか、納豆とか、かんぴょうとか…
あれ?
小僧仙吉は「海苔巻ありませんか」と聞いたんですよね?
そうよ。海苔巻が一番安いからでしょ。
なぜ具を指定しなかったのでしょう?
は?
だって普通は指定しますよね?
鉄火巻とか鉄砲巻とかカッパ巻とか…
「海苔巻」だけでは、わからないじゃないですか。
そういえばそうね…
それが「わかる」のよ。
え?どうして?
今は色んな海苔巻があるけど、昔は種類が限られていた…
そして江戸前寿司、つまり東京で「海苔巻」と言えば、中の具を指定しなくても、出てくるものは決まっていたんだ…
決まってた?
東京の寿司職人の修行は、まず、そのタネの仕込みから始まった…
海苔巻の基本中の基本と言われていたから…
通の客も、〆にそれを食べる人が多かったんだ…
何かしら?
そして、奇矯なことに…
東京の鮨では海苔巻の代名詞的存在なのに…
西日本の鮨屋には「それ」が存在しない…
存在しない?
これは関西にある有名チェーン店のメニューだ。
東京では当たり前すぎる「それ」が、存在しないんだよね…
わかるかな?
きゅうり、おしんこ、納豆、マグロ…
あれ?
かんぴょう巻が無い…
関西人が食べないと言われている納豆があるのに「かんぴょう」が無いわ…
なにこれ?
関西人は「かんぴょう巻」を食べない。
こんなことも知らんのか?
しかしコンビニで売ってる助六寿司には「かんぴょう巻」が入ってるじゃないですか…
助六寿司に「かんぴょう巻」が入っているのは東日本だけ…
西日本では、ほんの一部の地域のみじゃ…
知らなかった…
このように、西日本ではほとんど食べられない「かんぴょう巻」だけど、東京では「海苔巻」と言えば「かんぴょう巻」のことを指していた。
鮨屋で「海苔巻ありませんか」と聞けば、出てくるのは「かんぴょう巻」だったんだ。
だけど、なぜそれが「磔刑図」なのよ?
「かんぴょう巻」と「磔刑図」に何の関係があるの?
これを見てもらえば、わかると思う…
え?
つづく
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