「深読み INCEPTION(インセプション)②」(第200話)
前回はコチラ
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
コマ同様に結婚指輪もトーテムになり得ない。
ちょっと考えればわかることなんだけど…
そうなんですか?
それに、そもそもマイケル・ケイン演じるマイルス教授は、映画の中で「答え」を言ってしまっている…
彼の台詞をよく聴けば、すべてが夢の中であることは明らか…
Professor Miles(Michael Cane)
こ、答えを?
どういうことでしょうか?
では解説しよう…
まずはレオナルド・ディカプリオ演じる主人公ドム・コブの「結婚指輪」について。
Dom Cobb(Leonardo DiCaprio)
「妻モルと暮らしていた間は結婚指輪をしていたけど、モルの死後は外している。だから外している時は現実だ…」
一見、もっともらしく聞こえる法則だけど、これはそもそも根本から破綻している。
夢と現実を区別するトーテム(目印のアイテム)は、他に誰も触ったことがないことが前提条件。
結婚指輪をつけていて、それを絶対に誰にも触らせないことなんて可能だろうか?
不可能です…
普通に生活していれば、誰かが何かの拍子に触れることはあるでしょうし、そもそも家族なら触れる機会はいくらでもあります…
だよね。
同じリングをつけていた妻のモルは当然として、子供たちや祖父母だって触れる機会はいくらでもある。
それらの人物が「夢」に関わっていたら、ドムの指輪を操作することなど朝飯前だ…
あのコマ以上にトーテムに向いていないじゃん…
なぜ「指輪の法則」が、もてはやされたのかしら…
「クリストファー・ノーランから聞いた」というところが原因だと思う。
「作者が言うんだから間違いない。作者が嘘をつくわけない」と信じる人は多いから。
いちばん嘘をつくのにね、作者が(笑)
そう。ある意味、嘘をつくのが仕事だともいえる。
マイルス教授の登場シーンがすべて夢の中だという件は?
どこで「答え」を言ってるのでしょうか?
それではマイルス教授の登場シーンを検証してみよう。
と言っても2カ所しかないんだけど…
まずはパリにある彼の職場、大学の講義室でのシーン。
いくつか不自然な点があるんだけど、そこに気付くかな?
特に不自然なところは無かったように思えるけど…
そうかな?
まずは、講義室の入口近くに座っていたドム・コブのセリフから始まったね。
DOM : You never did like your office.
ドム「あなたは自分の部屋に居たためしが一度も無い」
つまり、ドムがこの大学にマイルス教授を訪ねると、彼は必ず講義室に居たということ…
それに対して、マイルス教授はこう答える。
MILES : No space to think in that broom cupboard.
マイルス「あのブルーム・カップボードの中では、考えごとをするスペースが無い」
ブルーム・カップボードって?
ほうきなど掃除用具を収納する小さなスペースのことだ。
うふふ。ほうき(笑)
何がおかしいんですか?
今は気にしないで。そのうちわかるから。
?
つまりマイルス教授は、自分のオフィスは掃除用具室みたいに狭いから、考えごとが出来ないと言ってるわけ?
逆に集中できそうだけど。
私もトイレとか狭いところで考えごとするの好きです。なんか落ち着くんですよね。
マイルス教授の場合、狭いと困るんだよ。
ただの「考えごと」じゃないから…
は? どういうこと?
マイルス教授の「考えごと」は、細部まで徹底的にこだわっている…
だから広いスペース、大きな黒板が必要なんだ…
建築学の先生だから、建物の設計図を描くは当たり前でしょ?
黒板に描かれているのは、サクレ・クール寺院…
パリのモンマルトルの丘に立つ、シンボル的な建物…
それがどうしたの?
パリに「やって来た」ドム・コブが、最初に眺めていた建物だよ…
え?
つまり、ドム・コブが見ていたあの景色は…
マイルス教授の「考えごと」が生み出したもの…
マ、マイルス教授が夢の中に設計した世界ってこと?
そう。
だからドム・コブがパリの大学へやって来ると必ず、マイルス教授はあの講義室に居たんだよね。
夢の中だから…
そしてドム・コブは、教授がいつも同じ場所にいることの意味に、気付いていない…
なぜなら、自分は現実世界にいると思い込んでいるから…
そういうこと。
そんなドムに対し、マイルス教授は、こんな質問をする。
MILES : Is it safe for you to be here?
マイルス「君にとって、ここにいることは安全なのか?」
あっ、探りを入れてますね。気付いてるかどうか念のために。
その通り。
それに対し、ドムはこう答える…
DOM : Extradition between France and the U.S. is a bureaucratic nightmare.
ドム「フランスとアメリカとの間の犯罪人引渡しは、悪夢レベルのお役所仕事だ」
つまり、これは…
「俺は殺人容疑でアメリカ当局に指名手配されている」⇒「アメリカは様々な国と犯罪人引き渡し条約を結んでいる」⇒「だけどフランスに入国できて、今ここにいる」⇒「なぜならフランス当局のチェックが甘いからだ」
という思考から出た発言…
だね。
ここは夢の中だから空港で入国審査なんて受けていないのに、ドムは自分の中で整合性を保つため、そういうストーリーを無意識のうちに作り上げてしまったんだ。
自分が夢の中だということに気付いてないからね。
そしてマイルス教授が、こう言いました…
MILES : I think they'd find a way to make it work in your case.
マイルス「私が思うに、君のケースに関する有効な手段は、すでに見つけられているはずだ」
「妻の殺人容疑で逮捕される」と信じ込んでいるドムを、ロサンゼルスへ連れ戻す手段…
つまり、「巨大企業の御曹司ロバート・フィッシャーにインセプションして、その見返りにサイトーから犯罪歴を消してもらう」という形に偽装された「ドムへのインセプション計画」のことね…
その通り。
そしてドムは、マイルス教授のところへ降りて行き、デスクの脇に紙袋を置きながらこう言った…
DOM : Can you take these back for the kids?
ドム「今度帰る時に、これを子供たちに渡してくれないか?」
それに対して、マイルス教授はこう答える…
MILES : It'll take more than the occasional stuffed animal to convince those children they still have a father.
マイルス「そんな動物の人形を贈ったところで、父親としての役割は果たせないぞ」
動物の人形?
ラストシーンのテーブルの上にあった人形のことじゃないですか?
確か「恐竜」と「猿」の人形が置いてありました。
ああ、なるほどね。
うふふ。
何がおかしいんですか?
Dom Cobbの「cobb」って、どんな意味か知ってる?
コブ?
コブサラダのコブですか?
「cobb」には「泥や砂を固めて作った建築素材」とか「木で編んだバスケット」という意味の他に「カモメ」という意味もある…
つまり「まぬけ・おバカさん」という意味…
は?
紙袋を渡す際の会話、変だと思わなかった?
変って?
だってマイルス教授は…
紙袋に触れてもいないし、中身も見ていない…
それなのに「動物の人形」だと言ったのよ…
え? まさか…
嘘だと思うなら、確認してみれば?
あっ…
推理小説なんかに出てくる初歩的なトリックだね。
犯人しか知り得ない情報を、ポロっと口にしてしまったわけだ。
つまり、あの紙袋と中身は…
マイルス教授が用意したもの…
教授が設計した夢なんだから当然のこと。
それに気付いていないドムは、自分でプレゼントを選んで持ってきたと思い込んでいる。
やられた…
そしてドムは、マイルス教授に「協力してほしいことがある」と切り出す。
それに対して教授は、こう言い返した。
MILES : You're here to corrupt one of my brightest and best.
マイルス「私の最高傑作の教え子を堕落させるために、君はここにいる」
これも変ですね…
この後で紹介するアリアドネのことなんでしょうが…
どこが変なの?
だって教授は、かつて自分の娘モルに設計技術を教え込み、最高傑作に仕立て上げました…
だけどモルは、その技術にのめり込み過ぎ、最終的には夢と現実の区別がつかなくなり自殺…
その責任の一端は、師であり父である教授にもあるはずです…
それなのに、モルの死に関して、すごく他人事のようで…
確かにそうね…
あたしが教授の立場だったら、トラウマになって他の生徒に教えられなくなるかも…
教授が娘モルの死に関して無関心なのは当然のこと。
だってモルは死んでいないから。
え?
現実世界では、教授とモルと子供たちは、ドムの帰りを待っている。
そのためのインセプション計画だ。
だから教授は、こう言ったんだよ…
MILES : Come back to reality, Dom. Please.
マイルス「現実に戻って来い。ドム、お願いだ」
あ、そうか…
だから、モルのいないラストシーンも、まだ夢の中だと言える。
あの後に、教授とモルの書いたシナリオの本当のフィナーレがあり、最後の「キック」でドムは現実に帰ってくる… はずだ。
だけど本当にあのラストシーンは夢なのかしら?
それでは同じように検証してみようか。
パリのシーン同様に、ロサンゼルスのシーンも明らかに不自然な描写だらけだから。
そしてその後に、モルが現実世界で生きていることを検証するとしよう。
それも検証できるのですか?
もちろん。でなきゃ、こんな話は始めないよ。
僕にはすべてが見えたんだ。あそこで…
超深読み領域…
ゾーン、で…
ええ。
・・・・・