
ゆっくり深読み 中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』その⑪
前回はこちら


では、シーン2「夜の公園」を解説しよう。
このCMを読み解く重要な鍵が隠されているパートだ。

シーン2「夜の公園」登場人物は、このCMの主人公トラックドライバーを演じるキム兄こと木村祐一…
そして、サッカーボールがぶつかった縁で意気投合する中年サラリーマン…
演じるのは「尾美としのり」です…

同窓会で仕事を揶揄され、その後にヤケ酒を飲みに行ったと思われるキム兄が、繁華街の外れにある公園脇の歩道で、落ちていた「空気の抜けたサッカーボール」を蹴り飛ばすところから始まる。
キム兄「なんやねん!」


キム兄が蹴ったサッカーボールは、横断歩道を渡ろうとしていた中年サラリーマン尾美としのりに命中します…
尾美「あ、痛て」


それを見たキム兄は、謝りながら駆け寄った。
キム兄「すいません!大丈夫ですか?」


そして公園内で談笑する二人…
缶コーヒーBOSSを飲みながら、いい感じになってました…
木々の中にある砦のような大型遊具をバックにして…
尾美「へえ~。トラック運転手やってるんだ~。ちょっと憧れるな~」
キム兄「・・・・・(照れ笑い)」


シーン2「夜の公園」は、本当に素晴らしい。
ブラボーを贈りたいね。

そんな大袈裟な。どこがブラボーなのでしょうか?

シーン1「同窓会」の元ネタになっていたフラ・アンジェリコ『コルトーナの受胎告知』の姉妹作『最後の審判』は、空気が抜けて少しつぶれたサッカーボールのようだったよね?

『Last Judgement』
Fra Angelico

はい、そうでしたけど…


その中央部分では、洗礼者ヨハネが乙女マリアに向かって…
「すいません!大丈夫ですか?」と謝っているように見える…


あっ… なるほど…
位置的にヨハネとマリアが入れ替わってますが、確かにそう見えます…

そして、両者の間に描かれた「放物線状に並ぶ光球」は…
まるで「飛んで行くボールの軌道」のように見える…


ああ… もう、そうとしか思えない…


そして、公園内で横に並んで談笑する場面…
木々の中にある「砦のような大型遊具」の前にいる二人は…
楽園の中にある「城塞の門」の前にいる二人のように見える…


なんてこった…
「砦・城塞」越しに差し込む光も似ている…

そして「楽園の門の前の二人」といえば…
柵を境にして、奥に「失楽」、手前に「復楽」が描かれる『コルトーナの受胎告知』の、奥部分だね…

『Annunciation of Cortona』
Fra Angelico

なるほど… よく見れば「いのちの木」の形状も一緒だ…
「光の受胎告知」と「コルトーナの受胎告知」の楽園部分を組み合わせると、『最後の審判』の楽園部分が出来上がる…


だからシーン2「夜の公園」は「尾美としのり」なんだよ。

と、言いますと?

失楽園に描かれるアダムは、ちょっと「女々しい」感じに見える…
まるで、イブに「ぐずぐず言ってんじゃねーよ!なっちまったもんは、しょうがねーだろ!」と頬をビンタされて、痛がってるみたいに…


あっ…

そういうこと。
あの「ビンタ」シーンは、明らかに失楽園を意識したものだね。


似ている…
尾美としのりはアダム… いや、外見はアダムで中身はイヴ…

それだけではない。あの有名なシーンもクリソツだ。
二人が神社の境内、つまり「神の園」から転げ落ちる「the Fall」のシーン。


確かに両方とも「神の園から転げ落ちる男女」です…
赤屋根の建物がある神の園から、下界の門へと落ちていく男女…

ね? クリソツでしょ?

しかし『転校生』には、フラ・アンジェリコの『受胎告知』に描かれている「天使」がいません…
そして肝心要の禁断の果実「善悪を知る木の実」も…


そんなことないと思うけど。
パチ(空にウィンク)

あ、痛って!

はっはっは。君にピッタリの画だね。
空から、ひゅ~すとん(笑)

いてててて… 急に何かと思ったら、空き缶かよ…
しかしなぜ空から空き缶が?

ちなみに、君の好きなクリストファー・ノーランの映画『INCEPTION(インセプション)』は、先程の Larry Gatlin(ラリー・ガトリン)の歌『Houston(Means I'm One Day Closer To You)』が元ネタになっている。
歌詞の中の地名「ヒューストン」を「落下」の擬音語「ひゅ~すとん」の駄洒落にしたわけだ。

は?

Houston Means I'm One Day Closer To You…
つまり「ひゅ~すとん(落下)することで必ず君のもとへ帰ってみせる」という駄洒落だな。
だから夢の中のキーナンバーは「528491」だった。
歌の作者ラリー・ガトリンの誕生日を逆さにしたもの(笑)


な、何の話をしているんですか! 脱線しないでください!
俺が聞いてるのは、なぜ空から空き缶が降って来たのかということです!

なぜって、決まってるだろう。
それが「コカ・コーラ」だからさ。

コカ・コーラ?
これはコーヒーです。無糖のブラックコーヒー。

その缶コーヒーは、ジョージア 香るブラック 猿田彦珈琲監修…
コカ・コーラ社の缶コーヒーだ…

だ、だから何なんですか!
そもそも今はコカ・コーラではなくサントリーの缶コーヒーBOSSと尾美としのりの話でしょう!

これはフラ・アンジェリコの『受胎告知』にも関わる重要な話だ。
つまり「ボス」と『ヘッドライト・テールライト』にも関わる話。

え?

大林宣彦の映画『転校生』では、男女が神社の境内から転落する際、あるものが「きっかけ」になっていた。
それは「赤い空き缶」だ。
神社の境内から「赤い空き缶」が落下して、男女は急な斜面を転落する。
映画冒頭の転落はモノクロ映像だから色はわからないが、映画終盤の転落はカラー映像なので色が赤いことが確認できる。


つまり男女が転落する「きっかけ」になった「赤い空き缶」は「禁断の果実」が投影されたものだと言うのですか?

「赤い色で落下するもの」といえば、他に何がある?


確かにそうですが…

それに、空き缶をよく見ると「真っ赤」ではなく「赤と白」なんだな。
これは「光の受胎告知」の果実の色「赤」と、「コルトーナの受胎告知」の果実の色「白」を表している。


うーむ… ちょっと、それっぽいけど…
ところで、あれは何の空き缶なのでしょう?
昔のコカ・コーラにも見えるし、CAMPBELL’S(キャンベル)にも見えるし…

大画面で見てみないと、ちょっとわからないね。
だけどコカ・コーラもキャンベル・トマトスープも「果汁」であることに違いはない。
そもそも「果汁」の「空き容器」が「落ちる」という演出の元ネタは、あの映画だからね。

あの映画、と言いますと?

決まってるだろう。
『転校生』が公開された1980年代初頭、日本で社会的現象になっていた『ブッシュマン(後にコイサンマンと改題)』だよ。

ブッシュマン? コイサンマン?
『THE GODS MUST BE CRAZY』のことですか?


そう。原題は『THE GODS MUST BE CRAZY』だね。
楽園さながらの世界に、ある日コカ・コーラの空き瓶が落ちて来て、人々の中にそれまで無かった感情や欲望が芽生え、平和な暮らしが一変してしまう。
人の心をおかしくするコカ・コーラの空き瓶を、人々は「酔狂な神様の落し物」に違いないと考え、主人公のニカウさんが神様に返しに行くことになるというストーリーだ。
さて、この物語におけるトラブルの素「コカ・コーラの空き瓶」には、いったい何が投影されているかな?

楽園に住む人々の心をおかしくした神様の落し物、コカ・コーラの空き瓶…
それは、まさに禁断の果実… 人間の原罪…

その通りだ。
コカ・コーラの原材料である Coca(コカ)と Cola(コーラ)は、一種の興奮剤として知られている。
このコカとコーラの赤い実を、人間を堕落させた「禁断の果実」に重ねたわけだね。


だから『転校生』で大林宣彦はコカ・コーラっぽい空き缶をあの場面に使ったと?

他に何が考えられる?
どう考えても、あれは「禁断の果実」が投影されたものだろう。
フラ・アンジェリコの「光の受胎告知」と「コルトーナの受胎告知」に描かれる「禁断の果実」をミックスしたものだ。


本当なのだろうか…

君も随分と疑い深いね。
それじゃあ仕方ない。ちょっと本気出して解説しちゃおうか。

いや、それよりもシーン2「夜の公園」を…

君が悪いんだぞ。素直に「その通りでございます!」って言わないから。
そもそも君は、なぜ大林宣彦が原作の児童文学と、タイトルも、舞台も、主人公の男女の年齢設定も、そして入れ替わり方も、すべてを変えてしまったのか分かっているのか?
原題は『おれがあいつであいつがおれで』だし、舞台は尾道ではないし、主人公の男女は小学6年生だし、神社の階段も転げ落ちない。
共通点は「男女が入れ替わること」だけなのだ。

なぜって言われても…
尾道は大林宣彦の故郷だからですが、他のことは…

なぜ『転校生』の映像は「モノクロ⇒カラー⇒モノクロ」と切り替わるのか?
なぜ映像が切り替わる境界線は「線路」なのか?
なぜ最初と最後の部分は主人公が「8mmカメラ」で撮影したものなのか?
さあ、なぜだと思う?

そんなに一気に言われても…

答えはすべて、フラ・アンジェリコの『受胎告知』だよ。
「光の受胎告知」と「コルトーナの受胎告知」の2枚の絵の中に『転校生』の秘密がすべてある。



この2枚の絵の中に『転校生』が?
まるで『BACK TO THE FUTURE』や『カサブランカ』やユーミンの『やさしさに包まれたなら』『ルージュの伝言』やサントリーBOSS『ヘッドライト・テールライト篇』みたいじゃないですか…

だから話しているのだよ、こうして。
それとも何かね、君は、私がずっと何も考えずテキトーに話を進めていたとでも思っているのか?

い、いえ… そんなことは決して…

では耳の穴をかっぽじって私の話を聞きたまえ。
今から『転校生』とは何なのかを解説して進ぜよう。