シン・日曜美術館『ジブリの耳をすませば』~転~「自由画検定委員 中篇:雪渡り②」
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2019年 7月 フランス
アルザス地方 コルマール
RESTAURANT JAPONAIS NAGOYA
日本料理レストラン ナゴヤ
「法華文学」とは「ホッケ文学」みたいな駄洒落を言っているのではないのです。
もっと深い所に法華の教えがあるという意味なのですよ。
「ルカー」の件といい、「実際は見てない展覧会」の件といい、「焼いた魚はホッケではない」の件といい、「法華文学」の件といい、サッパリわからん…
いったいどういうことなんだ?
では説明しましょう。
『愛国婦人』の1921(大正10)年12月号と1922(大正11)年1月号に掲載された宮沢賢治のデビュー作『雪渡り』とは何なのかを…
主な登場人物は、四郎、かん子、白狐の紺三郎…
ちょい役に、鹿の子、白い小さな狐の子、一郎、二郎、三郎…
そして幻燈の中の絵として登場するのが、太右衛門、清作、こん兵衛、こん助…
以上ですね。
狐の世界へ行って帰って来る「四郎」と「かん子」の兄妹とは…
東京へ行って帰って来た「賢治」と「とし子(トシ)」の投影…
これは間違いない。
だけど賢治は長男だから兄はいない…
なぜ賢治は自分を「四郎」にして「一郎、二郎、三郎」という兄たちを登場させたのだろう?
家族を出すのなら、普通に両親を出す方がいいと思わないか?
それは言える。
『ピーターパン』のダーリング氏みたく、子供の世界を否定するような頑固オヤジを出した方が物語的には面白い。
実際、賢治の父は、賢治の生き方や信仰問題について、そうだったわけだから。
ちゃんと出て来てますよ、賢治の両親がモデルの登場人物は。
は? 何言ってやがる。そんなもん出て来ねえだろ。
旅立ち前のシーンでも、帰還のシーンでも、出て来るのは「一郎、二郎、三郎」だけだ。
この物語では父ちゃん母ちゃんは不在なんだよ。
「一郎、二郎、三郎」の中で、単独のセリフがあるのは「二郎」だけでした。
「二郎」だけはとても長いセリフがあり、一郎と三郎は合唱シーンだけ…
なぜそうなのか、気にはなりませんでしたか?
そういえば、そうだったな…
四郎とかん子がこっそり家を出ようとしていたところに声をかけ、狐の幻燈会について尋ねたのは「二郎」だけ…
一郎と三郎は特に何も言わなかった…
まるで「二郎」は兄弟の中のリーダーみたいだ…
いや、リーダーというより、ほとんど親代わり…
だよな、Jean-Paul O'Cahiermont(ジャン=ポール・オカエモン)…
普通なら長男の一郎がこの役を務めるべきだろ?
おい、マダム・キマタ。
日本では次男が一番偉くて、長男は口出ししちゃいけないという決まりでもあるのか?
Leonard(レオナール)…
そこまで言っても、まだ気付きませんか?
は?
二郎は「次男」なのですよ。
二郎は次男。当たり前だろ。だからどうした?
四郎とかん子が家族に内緒で行こうとしていた狐の幻燈会について尋ね…
自分が行けないことを知ると狐を悪く言った「次男の二郎」とは…
宮沢家の家長「政次郎」が投影されたキャラクターなのです…
なにぃ?
そして、次男二郎を立てて、何も言わない「一郎」とは…
賢治の母、つまり政次郎の妻「イチ」が投影されたキャラクター…
賢治の母ちゃんの名前は「1」なのか!?
ワン!
何も言わない一郎は、賢治の母イチ…
確かにあの時代の古いタイプの日本人女性なら、家長である夫を立て、余計な口を挟まない…
じゃあ「三郎」は誰なんだよ?
もう父ちゃんと母ちゃんは出て来た。そして賢治は長男。
いったい「三郎」は何者だ?
「三郎」とは、政次郎の弟、つまり賢治の叔父「治三郎」です。
名前を見ればわかるように、治三郎は賢治の名付け親でした。
賢治が生まれた時、政次郎は商いで旅に出ていて不在だったので、家長代理である治三郎が名付け親になったというわけです…
なんなんだよ、これは…
「一郎、二郎、三郎」は「イチ、政次郎、治三郎」だったのか…
だから「二郎」が代表のようにふるまっていた…
そういうことです。
賢治とトシは、心配する父 政次郎の反対を押し切り、故郷の家を捨てて東京へ行きました…
しかし二人とも、最後は故郷の家に戻って来ました…
これがそのまま『雪渡り』の構成に落とし込まれていたのです。
トシも賢治のように故郷を捨てて東京へ行ったのですか?
賢治と違って親の言うことをちゃんと聞く、とても真面目な女性のように見えますが…
確かにトシはその通りの人でした。
しかし、故郷を捨てざるを得なかったのです。
どういうことでしょう?
トシは地元花巻に新しく出来た高等女学校(四年制)の最初の一年生でした。
まだ女性が高等教育を受けることが珍しい時代、小学校を出たら花嫁修業をして十代後半で嫁ぐのが当たり前だった時代です。
父 政次郎は、幼い頃から成績優秀で器量よしの自慢の娘トシが高等女学校を出たら、いい縁談を見つけて嫁がせようと考えていました。
実際、トシは一年からずっと成績が学年の首席で、式典などでも必ず代表に選ばれ、生徒間での人望も高かったといいます。
トシのような女性なら引く手あまたで、玉の輿みたいな縁談もあったでしょう。
しかし、最終学年の四年生になった年に、ある事件が起こります…
花巻だけでなく岩手県内全域に知れ渡ってしまった大事件が…
大事件? なんだそりゃ?
トシは最終学年になった頃にヴァイオリン教師の鈴木と親しくなり、学校や他の生徒たちには内緒で、放課後に音楽の特別レッスンを受けていました…
お年頃だったトシは当然の流れとして鈴木にほのかな恋心を抱き始めましたが、鈴木には他にも仲の良かった女子生徒がいて、ちょっとした三角関係になってしまったのです…
これがどこからか新聞記者の耳に入り、卒業式を間近に控えた3月の初めに、地元紙 岩手民報にゴシップ記事「音楽教師と二美人の初恋」として三日間にわたって掲載されてしまいます…
ええっ!? し、新聞に!?
ほのかな恋心を抱いていたヴァイオリン教師と秘密の音楽レッスン…
そして予期せぬ形で巻き込まれた三角関係…
なんかコレとコレを混ぜたみたいな話だな…
もちろん連載記事ではトシの名前は仮名になっていたのですが、家庭環境のことなどもそれとなく書かれていて、花巻の人ならすぐに誰なのか気付くようになっていました…
これは「嫁入り前の娘に傷がつく」だけでなく「家の恥」でもあります…
花巻がこの噂でもちきりになっている中、トシは花巻高等女学校を首席で卒業しますが、このまま実家にとどまることは迷惑になると考えました…
父 政次郎は引き止めましたが、トシは家を出て東京へ行くことを決意…
1915(大正4)年の春、ひとり上京し目白の日本女子大学校へ入って寄宿生活を始めたトシは、ある人物へ書いた手紙にこう綴っています…
「とにかくあらゆる心配苦労を親にかけ、親を涙させるような事をして、三月の末、或る意味の敗北者として、故郷を離れ、のがれて参りました」
捨てたくて捨てたわけではない…
故郷へ帰りたくても、帰れない状況になってしまった…
『カントリーロード』の「僕」のように…
泣かせるじゃねえかよ、おい…
やっぱイイ女だなトシは…
映画『神田川』の「みち子」関根恵子くらいイイ女だ…
そういえば、なぜ映画『神田川』のヒロインの名前は「みち子」なんだろう?
なぜ「道子」でも「路子」でもなく平仮名の「みち子」なんだ?
道子? 路子? そんな道路みたいな名前があるか。
遠い月の世界から来て禁断の果実を食べてしまい故郷へ帰れなくなった「かぐや姫」なんだから、美智子か実知子か三千子だろ。
もしくは、彼女は父なし子を妊娠するから「潮が満ちる」で満子かな。
いや、満子はマズい。
なんで?
おそらく戸籍上の本名は「ミチ」なのでしょう。
昔の日本の女性は賢治の母「イチ」や妹「トシ」のように片仮名二文字の名前が多く、若い世代の人たちはそれを犬の名前みたいで恥ずかしいと感じていました。
だから本名の後ろに「子」をつけて「とし子」や「みち子」のように「通り名」を使っていたのです。
それでは、月島雫の声を担当して『カントリーロード』を歌った「本名陽子」も、本名は「ヨウ」なのですか?
本名陽子という名は「本の名は陽子」という意味です。
つまり雫は「proton」ということですね。
プラトン?
プラトンではなくプロトン。
ギリシャ語で「始まり・元始」という意味ですよ。
与謝野晶子と同様に大正時代の女性に大きな影響を与えた平塚らいてうの有名な言葉「元始、女性は太陽であった」は、まさに「本名陽子」の真理を語ったものだと言えます。
?????
さて、話を戻しましょう。
こうして故郷を離れて東京暮らしを始めたトシでしたが…
父 政次郎には、もうひとつ大きな心配がありました…
わかった。『神田川』の「みち子」みたいに、どこの馬の骨かもわからん大学生と恋に落ち、不純異性行為をして妊娠してしまうかもしれないという心配だな。
目白台といえば早稲田大学や学習院大学にも近い…
ろくに勉強もせず人形劇サークルなんかに夢中になってる男と三畳一間の下宿屋で同棲でも始めたら一大事だ。
そうではありません。
父 政次郎が心配したのは、日本女子大学校で寮生活を始めたトシがキリスト教徒になってしまうこと。
盛岡高等農林学校時代の賢治のように教会へ通って聖書を読んで変な影響を受け、家の宗教 浄土真宗を捨ててクリスチャンの洗礼を受けてしまうのでは、と心配したのです。
は? 遠藤周作『沈黙』の時代の話かよ。
当時の日本は、約300年にわたって禁止されてきたキリスト教が解禁されてから、まだ三十数年しか経っていませんでした。
だから、仏教や神道とキリスト教の間には、組織レベルでも一般信徒の間でも、さまざまな軋轢が生じていたのです。
その中でも特に問題になっていたのは、若者たちの、特に若い女性のキリスト教改宗です。
日本の古くて閉塞的なしきたりを嫌い、ハイカラで先進的なキリスト教に憧れる女性たちが、地方を中心に社会問題化していたのです。
政次郎は、家にも故郷にも帰れなくなって思いつめたトシが、念仏からアーメンになってしまうのでは、と心配したのですね…
なるほど…
解禁からたった三十数年じゃ、日本人のDNAレベルに沁みついた偏見は、まだ消えんな…
トシの改宗を心配した政次郎は、目白台からも近い本郷に求道学舎を構えて活動していた浄土真宗大谷派随一の理論派 近角常観(ちかずみじょうかん)に、トシのお目付け役、つまりメンターになって邪教の道へ進まないようにしてほしいと依頼しました。
さきほど紹介したトシの悲痛な思いをつづった手紙は、この近角常観に宛てたものだったのです。
大学でキリスト教徒に?
日本女子大学校というくらいだから、バリバリの日本式教育の学校なんだろ?
確かに日本女子大学校はミッションスクールやキリスト教系の学校ではありません…
しかし、トシが大きな影響を受けることになる学校創設者 成瀬仁蔵(なるせじんぞう)は、とても有名なクリスチャン…
内村鑑三や新渡戸稲造らと並ぶ、当時の日本のキリスト者を代表するようなリーダー的存在だったのです…
成瀬 仁蔵
1858(安政5)- 1919(大正8)
なるせ… じんぞう…?
カンゾウやイナゾウは知ってますが、ジンゾウは聞いたことありませんね…
プロテスタントの牧師だった成瀬仁蔵は、アメリカ留学時代、知識階級の間で盛り上がっていたユニテリアン主義運動に出会い、大きな影響を受けました。
ユニテリアン主義というのはキリスト教を論理的・科学的に捉えるという立場で、カトリック・プロテスタント・東方教会などキリスト教メインストリームの根本原理である三位一体説を否定し、イエスは神ではなく神に選ばれた人間、預言者のひとりだとすることが特徴…
つまり、キリスト教の神が唯一神であることと、世界中にキリスト教以外にも数多くの宗教があることの整合性をとり、多種多様な宗教を否定的にではなく肯定的に捉えようとするものだと言えます。
この思想を基に成瀬仁蔵は日本女子大学校を創設し、すべての宗教の「其の元に存するところの生命」の尊さや、すべての宗教に共通した深遠なる「宇宙の意志(精神)」を学生に伝える教育を実施していたのです。
すべての宗教の其の元に存するところの生命…
そして、宇宙の意志(精神)…
なんだか賢治の生命・宇宙観っぽい…
なんでクリストファー・ノーランの『INTERSTELLAR(インターステラー)』なんだよ。
賢治とは何も関係ねえだろ。
賢治の生命・宇宙観と言ったら、こっちだ。
ごめん。間違えた。
ぜんぜん関係ない動画だったね…
関係ない?
関係なくなくなくなくない。セイ、イエー!
は?
ノーラン君は宮沢賢治が大好きなんです。
『インターステラー』に出て来る元軍事用ロボット「ターズ」は、照樹務の『さらば愛しきルパンよ』の「ラムダ」のパクリだとされていますが、それだけではありません。
ルパン三世にもナウシカが出て来るの?
似てるが別人だ。
あれは『ルパン三世 partⅡ』の最終回に出て来る天才科学者小山田博士の娘、小山田真希。
ちなみに苗字は同じだが小山田圭吾とは何も関係ねえ。
ノーラン君の映画『インターステラー』で、人類が重力から解放されるために必要な情報を暗号データ化したロボットの名前は「ターズ(TARS)」…
世間一般では「スター(STAR)」の駄洒落だと思われていますが、それだけではありません…
「ターズ」とは「TARSU」のことであり、これは「スートラ(SUTRA)」のアナグラムになっています…
サンスクリット語の「ナモ・サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」のスートラ…
つまり賢治が唱えていたお題目、宇宙の真理を表す言葉「南無妙法蓮華経」の「経」のことですね。
法華経の「経」ですか?
サンスクリット語の「sutra(経)」とは「たて糸」のこと…
中島みゆきも歌った「たての糸はあなた(彼方)、よこの糸はわたし(渡し)」の「たて糸」ですね…
ちょ、待て。今度は中島みゆきか?
いったいこれは何の話をしているんだ?
賢治の『雪渡り』からどんどん離れて行ってねえか?
いいえ。離れてなどいません。
これは『雪渡り』の四郎とかん子の導き役「狐の紺三郎」の正体を理解する上で大事な話です。
紺三郎の正体? ただの白キツネだろ?
紺三郎の「紺」は世間一般的に狐の空想上の鳴き声「コン」の駄洒落だと考えられています…
しかし「紺」という字は「糸(いと)甘し」…
つまり「とても甘い」と書く…
いとあまし?
だから小沢健二は「神様がくれた 甘い甘いミルク&ハニー」と歌ったのです…
賢治が暗示した「甘いイト」のことを…
甘いイト? なんだそりゃ?
はっはっは。
だから順を追って説明しているんじゃないですか。
こうして賢治とトシの話をしながらね。
ねえ、カールや…
バウッ!
わかった。もういい。
さっさと話を進めてくれ。
さて、盛岡高等農林学校に在学中だった賢治は、先に東京へ行ったトシを通じて、成瀬仁蔵のユニテリアン主義思想に触れました。
だから後に田中智学に感化され、国柱会へ入信したのです。
wait wait wait wait!
田中智学の国柱会は日蓮宗系の新しいムーヴメントだろ?
賢治が夢中になったのは田中智学の思想と法華経だ。
成瀬仁蔵もユニテリアン主義も関係ない。
田中 智学
1861(文久元年)- 1939(昭和14)
そんなことを抜かしているから、あなた方には賢治ワールドの本質が見えないのです。
『雪渡り』や『自由画検定委員』を解説する前に、ちょっと説明が必要なようですね…
賢治ワールドの本質?
à suivre
つ づ く