「深読み INCEPTION(インセプション)⑯」(第214話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
うふふ。ストーカーね(笑)
え…?
・・・・・
文代さん、それはいくら何でも…
確かにこの人たち、ちょっとしつこいところはあるけど…
そう。ストーカーだ。
やめてよ、岡江クンまで…
せっかくフォローしてあげたのにさ…
そんじゃ、ここらでいっぱつ歌うか?
いいですね。歌はもちろん…
あれに決まってる(笑)
何の話をしてるの?
歌うって何を?
決まっとるじゃろ。
ベートーベンの第九『歓喜の歌』じゃ。
ミュージック・スターティン!
Sinfonie Nr. 9 #4 An die Freude
ベートーヴェン交響曲第9番 合唱 第4楽章
????
ブラボー!マエストロ!(笑)
ま、まさか…
ふぅ…
いい汗かきました…
ヒ、ヒロノブさん!?
いつのまに!?
いつのまにって…
私は曲の頭から指揮をしていたじゃないですか…
ねえ、岡江君…
・・・・・
こ奴め…
ついに帰って来おったか…
ふふふ。あなたが私を召喚したようなもの…
あの曲を歌おうなんて言ったのが運の尽きでしたね…
そうじゃった… わしとしたことが…
何の話をしているの?
それにしてもヒロノブさんがこの店に入ってきたこと、全然気がつかなかったわ…
いったい、どこから入ってきたのよ?
では同じことを聞きます。
深代ママさん、あなたはどこからここへ来ましたか?
え?
我々はどこから来て、どこへ行くのか…
それは誰にもわからない…
というかそもそも、自分自身が何者なのかすら、わかっている人はほとんどいない…
それ、どこかで聞いたことあります。
マネでしたっけ、モネでしたっけ?
D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?
ゴーギャンよ。
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
Paul Gauguin
ああ、そうでした…
まったりムードの楽園とは裏腹に、とても哲学的なタイトルですよね…
人はどこから来て、どこへ行くのか…
そして自分とは何者なのか…
深い、深過ぎる…
ちなみに岡江君…
あなたはわかっていますよね…
ええ…
やっぱり「ストーカー」です…
さすが。よくわかってる(笑)
わけわかめ…
もうこの話はやめにしましょ…
さあ服を着て頂戴、ヒロノブさん…
服?
ああ、そういえばそんなもの、ありましたね…
まったくもう…
少しは恥ずかしがりなさいよ。いくら部屋の中とはいえ人前なんだから。
まあ、元はと言えば、私がチチをこぼしちゃったのが悪いんだけど…
ねえジョー。
そこに干してあるヒロノブさんのYシャツ、もう乾いてるでしょ?
はい。完全に乾いてます。
部屋と…
Yシャツと…
私…
うふふ。これもストーカー(笑)
ストーカーというより「妄想癖の強い婚約者」ですよね?
四日目の朝帰りは許さない、とか…
毒入りスープで一緒にいこう、とか…
浮気相手を私と同じ名前で呼ぶように、とか…
ロマンスグレーになったら冒険の人生になる、とか…
強い思いは「現実」になる…
この歌における「部屋」とは、そういう場所…
つまり「ストーカー」の「部屋」だ…
は?
いったい何の話をしてるのよ?
今は、オペラ『ヘンゼルとグレーテル』と『インセプション』をつなぐ「何か」の話でしょ?
少年時代にエンゲルベルト・フンパーディンクのオペラ『ヘングレ』をテレビで見て刺激を受けたクリストファー・ノーランが、『ヘングレ』を全く違った形で再構築し、『インセプション』という物語を創作するに至った「最終的なきっかけ」とは何だったのか…
そういう話でしょ?
そうだよ。
だから、さっきから言ってるじゃないか…
それは『ストーカー』だと…
へ?
何か勘違いしてたみたいね(笑)
あたしたちが言ってたのは、アンドレイ・タルコフスキーの映画『ストーカー』のこと…
『STALKER』
『カリオストロの城』のカール?
力尽きて倒れている主人公のそばにやって来て、なぜか寄り添う黒い犬…
確かにこの両者はよく似ている。
どちらもゴーギャンの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』に描かれていた「おさな子と黒い犬」がモデルだから当然のことなんだけど。
は?ゴーギャンの絵が?
『インセプション』で印象的に描かれる「水辺に横たわる男」のモチーフも、これが元ネタだ。
クリストファー・ノーランは、ゴーギャンの絵の中のモチーフを取り入れたタルコフスキーを、そのまま踏襲したわけだね。
マジですか…
「水辺で倒れている主人公が、我が子の夢を見る」というのも一緒。
『ストーカー』のこのシーンを凝縮したのが、『インセプション』のあのシーン…
音楽もよく似てると思わない?
あっ、確かに…
あの予告編の中だけでも、かなりの『インセプション』とよく似たシーンが出て来たはずだよ。
たとえば…
線路を走る貨物列車を追う自動車は…
道路を走る貨物列車に追われる自動車…
緩やかにカーブした排水溝は…
緩やかにカーブした排気孔…
そして、水辺に座り込む男たちは…
川辺に座り込む男たち…
何なのよコレ…
いったいどういうことなの?
簡単なことだよ。
クリストファー・ノーランは、タルコフスキーの『ストーカー』を意識して『インセプション』を作った…
なぜなら、タルコフスキーの『ストーカー』は…
エンゲルベルト・フンパーディンクのオペラ『ヘンゼルとグレーテル』を下敷きにして作られた作品だから…
え? どういうこと?
ノーランは…
タルコフスキーが、スキーなんです…
そんなしょーもないダジャレ言ってないで、早く服を着たらどうなの?
はい、Yシャツ…
着ません。遠慮しときます。
そんな恰好で恥ずかしくないの?
ここはゴーギャンの絵の中じゃないんだから…
そもそも、人はなぜ最も自然な姿を「恥ずかしい」と思うのでしょう?
おかしいと思いませんか?
そ、それは…
アダムとイブが、楽園で、知恵の実を食べたからでしょ?
それとあなたに何の関係が?
あなたが食べたわけじゃないのに…
それともあなたは、私が芋を食べたら、代わりに屁をこいてくれるとでも?
んもう。そんなことはどうでもういいの!
教官…
『ヘングレ』と『ストーカー』の話を聴かせてください…
本当にこの『ストーカー』という映画は、オペラ『ヘングレ』を基にして作られ、ノーランの『インセプション』に大きな影響を与えた作品なのですか?
『インセプション』という物語を本当に理解するためには、タルコフスキーの『ストーカー』を理解しなければならない。
せっかくだから詳しく解説しておこうか。
でも岡江クン、時間が…
時間?
もう8時半よ。朝の。
何度も言ってるようだけど、閉店時間をとっくに過ぎてるの。
え?8時半?
オペラ『ヘングレ』を丸々見て、あんなに長く話していたのに、30分しか経っていないんですか?
あれ?変ね…
あたしの時計が壊れてるのかしら?
ジョー、今何時?
私の時計も8時半です…
ほら。やっぱり8時半。
あなたの感覚のほうが狂ってるのよ。
そうなのかなあ…
うふふ。まだみんな眠くないでしょ?
このまま話を続けましょうよ。せっかくおもしろくなってきたんだから…
ねえ? 深読み探偵さん(笑)
ええ。
この話はどうしてもしておかなければなりません…
どうしても? なぜ?
ハッキリとはわからないけど…
なぜか、そんな気がするんだ…
すべてを終わらせるためには、必要なことなんじゃないかって…
すべてを終わらせる? 何のこと?
・・・・・
うふふ…