「深読み INCEPTION(インセプション)⑩」(第208話)
前回はコチラ
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
そして二人はスタンドのオフィスへ入った…
いよいよですね…
ここからが本番だ…
マドレーヌちゃん、さり気なくギイの結婚指輪をチェックしてる(笑)
ジュヌヴィエーヴの姿を見た瞬間、すかさず結婚指輪を外す可能性も考えられましたからね。
合コン会場に行ってみたらタイプの女がいて、こっそり指輪を外す既婚者みたいに…
マドレーヌ…というかジュヌヴィエーヴのほうも、左手をポケットに入れて隠しています。
そうだね。
それでギイがどうするか探りを入れているわけだ。結婚指輪を隠すか、堂々と出すかを…
そんなジュヌヴィエーヴの視線に気付いたのか、ギイはクルっと背を向ける…
そして、タバコを吸い始めた…
明らかに結婚指輪のことを考えてますね。
「ヤバい… どうしようかな…」って…
だからジュヌヴィエーヴは、こんな言葉を投げかけた。
ジュ「暖かいわね。この部屋は…」
皮肉だわ。
部屋は暖かいけど、ギイの行動は寒い。
そして、タバコに火をつけたギイが、ジュヌヴィエーヴの方へ振り向く…
マドレーヌの視線の先に見えたものは…
隠された結婚指輪!
寒すぎる。マジでキモい。
マドレーヌは、ショックを受けた…
しかしこれは想定されたこと…
動揺した表情を見られないように背を向け、ゆっくりと歩き始める…
マドレーヌは自分に「冷静に、冷静に」と言い聞かせながら、部屋の隅にあるクリスマスツリーのところまで歩く…
ギイにインセプションすること… 植え付ける「アイデア」のことを考えてますね…
その「アイデア」とは、
「ジュヌヴィエーヴではなくマドレーヌを選んで正解だった」
というもの…
「ジュヌヴィエーヴを選んでいたら不幸になっていた。今の生活はない」と、ギイに思わせることね…
その通り。
そして、クリスマスツリーを背に、マドレーヌ扮するジュヌヴィエーヴによるアリア(独唱)が始まる…
いい顔してる…
まさに「みじめで不幸な女ジュヌヴィエーヴ」だわ…
しかも、サンタクロースと同化してます…
ギイが「サンタクロースによろしく伝えてくれ」と言ったから(笑)
マドレーヌが語った「ストーリー」は、こうだ…
シェルブールに帰ったのは結婚以来初めてのこと…
ここへ来る前に娘をピックアップした…
アンジューに住む義母の家で…
様々な情報が凝縮されていますね。
夫カサールとこの町で出会い、この町の大聖堂で結婚式を挙げたのにもかかわらず、5年間、一度もシェルブールを訪れていなかった…
夫婦はパリに住んでいるはずなのに、なぜか娘は、アンジューに住むカサールの母の家にいた…
そして、クリスマスの夜だというのに、夫カサールは妻子と一緒にいない…
なんか、ワケアリ感が漂ってる…
娘とも一緒に暮らせず、夫とも距離がある…
まさに、みじめで不幸な女…
ところでアンジューって、どこですか?
ナントの近くにある町アンジェのことだ。
アンジューとも呼ばれる。
しかし、なぜマドレーヌは「アンジュー」なんて地名を出したのでしょう?
たまたま思いついたから?
Anjou(アンジュー)と ange(アンジュ)の語呂合わせじゃないかな。
「ange」とはフランス語の「天使」。この夜はクリスマス・イブだからね。
なるほど。イエス・キリストの降誕を告げる天使ですか。
そして「義母と暮らしていた娘」というモチーフも重要だ。
この娘はギイとジュヌヴィエーヴの子だから、夫カサールの母とは血のつながりが全くない。
それなのに、一緒に暮らしていたというんだよね…
何か気付かない?
何か?
あっ!マドレーヌと一緒です!
マドレーヌは全く血のつながっていない伯母と暮らしていました!
幼馴染であるギイの伯母さんと!
その通り。
マドレーヌは自分の過去を「ストーリー」に投影させていたんだね。
その方が効果的だから…
効果的?
おそらくギイの無意識下では…
目の前にいるジュヌヴィエーヴの姿と、ここにはいないマドレーヌの姿が比較されていたはず…
同じような境遇でも不幸をアピールするのではなく、明るく前向きに生きていこうとしていたマドレーヌの姿が…
なるほど…
自分と同じ「血のつながっていない伯母と暮らす少女」というイメージを想起させるための設定だったわけか…
そして不幸オーラを出しまくってるジュヌヴィエーヴの姿を見せて、「マドレーヌはそうじゃなかった」とギイに過去を振り返らせる…
やるわねマドレーヌ!
相当考えたと思うわ、このシナリオ!
そして、マドレーヌ演じるジュヌヴィエーヴは…
虚ろな目をして、視線を落とす…
まるで深いタメ息でもつくように…
この間、ギイの頭の中では、様々な想いが駆け巡っていたはず…
そうだね。
ギイは無言のままジュヌヴィエーヴを見つめ、ずっと話を聴いていた…
そして、次の瞬間…
おもむろに…
結婚指輪を見せた!
しかも、思いっきり堂々と!
マドレーヌちゃん…
きっと心の中で「よっしゃ!」ってガッツポーズしてたはず(笑)
してたじゃろ。間違いない。
だけど、妙だわ…
さっきまでギイは右手で煙草を持ち、指輪のある左手はズボンのポッケに入れてたはず…
いつの間に手が入れ替わったの?
ああっ!
おそらく、左右の手が入れ替わったことに、ギイは気付いていない…
えっ?
これは夢の中だからね…
「この俺が結婚してることを隠すはずがない。なぜなら人生の選択に後悔も未練もないから」
と、都合よく思い込んでいるわけだ…
最初は思いっきり隠したくせに…
いいんだよ。結果オーライだ。
そしてこれが『インセプション』の…
「消えたり現れたりするドムの結婚指輪」の元ネタ(笑)
なるほど、そういうことか…
夫ギイの結婚指輪が現われたことにより、マドレーヌはひと安心した…
もうインセプションは、ほとんど成功したようなものだ…
そしてマドレーヌは、このインセプションをクローズさせに入る…
夫ギイにこう語った…
ジュ「アンジューからパリに戻る途中、ちょっと寄り道しようと思ったの。だけど、あなたとヨリを戻そうなんて考えは一度も思ったことは無い。これはただの偶然の出来事…」
ギイの願望である、ガソリンスタンドの建物に書かれたメッセージ「L'Escale Cherbourgeiose(シェルブールの女が寄り道する)」への、痛烈な否定ですね…
やっぱりマドレーヌは、あれが気になってたんだ…
ギイはもう、グウの音も出ないわよ。
マドレーヌのインセプション、大成功ね。
しかしここで…
マドレーヌのシナリオにはない「ハプニング」が起きてしまう…
え?
入って来るはずのなかったガソリンスタンドの従業員が…
オフィスに入って来たんだ…
このお兄ちゃんの登場、想定外だったの?
もちろん。
マドレーヌの中では、彼はずっと外で給油作業をしているはずだった。
だけど彼女は、致命的なミスを犯していたんだよ…
ミス?
この後、こんな会話が交わされる。
従業員「奥様、満タンでよろしいでしょうか?」
ジュ「・・・・・」
ギイ「ジュヌヴィエーヴ?」
ジュ「じゃあ、満タンで…」
従業員「レギュラーですか?スーパーですか?」
ジュ「それは… どっちでも… いい…」
従業員「どちらなんですか?スーパーですか?」
ジュ「ええ… それ…」
フランスではハイオクのこと「スーパー」って言うの?
そうだよ。「super」で「スペール」と読む。
というか、マドレーヌはガソリンの種類を指定してなかったんですか?
そうだよ。
だって、何も言わずに車から出て来てオフィスに入り、それからずっとギイに身の上話をしていたでしょ?
ガソリンのことは何も言わなくても、従業員が勝手に給油してくれるもんだと思っていたんだよね…
マドレーヌは自動車のことに詳しくないから…
だけど、マドレーヌが話した「ストーリー」では…
ジュヌヴィエーヴは片道600km以上の長距離ドライブをしてきたことになっていた…
そうなると、ここまで来る間にも、当然、給油しているはずだから…
自分の運転している車が、レギュラー車かハイオク車か知らないなんて…
絶対にありえない…
こ、これは致命的なミスだ…
まさかの展開ね…
この不自然なやり取りが、ギイに違和感を感じさせてしまった…
ギイは車のプロだから、よく考えれば、この「ストーリー」がオカシイということに気付いてしまうだろう…
このままでは、これが夢の中だとバレてしまう…
これはまさに…
サイトーに夢だと気付かせてしまった時の「ミス」と同じ…
ガソリンの規格は、レギュラーか、ハイオクか…
カーペットの素材は、ポリエステルか、ウールか…
絶体絶命…
予想外の出来事で、夫にバレてしまいそうになったマドレーヌ…
後ろを向いて動揺を悟られないようにし、何とか話を逸らそうと考える…
クリスマスツリーを見てるわ。
そして、こう呟いた…
ジュ「このツリー、きれいね」
こ、これは数分前に夫ギイが言ったセリフ!
何も手伝ってくれなかったくせに、飾りつけが終わってからノコノコやってきて、ひとこと「きれいだね」で済ませました!
かなり強引な話題の変え方だけど…
ギイのことだから気がつかなそう…
そしてマドレーヌは、ギイの方へ振り返って、こう聞いた…
ジュ「これって、あなたが飾りつけしたの?」
ここで「そうだよ」って答えたら最低。
間違いなく張り倒されるわ。
結婚指輪を隠していた時に聞いたら、そう答えただろうね…
だけど、インセプションされた今は、もう違う…
ギイは少し寂しそうな表情を浮かべ、こう答えたんだ…
ギイ「妻が全部やってくれた。僕のためというより、子供のためにね」
これって…
わかっていたんだよ、ギイも…
妻マドレーヌが自分に対して不信感を抱いていたことを…
自分の中にあるジュヌヴィエーヴへの未練に気付いていたけど、それを口に出さず、目をつぶっていてくれたことを…
馬鹿ね…
男って、ほんと馬鹿…
そしてギイは、ダメな自分を反省するかのように、うつむいて煙草を吸う…
マドレーヌは、うまく「ミス」を誤魔化せました…
しかも夫に本音を語らせ、反省までさせるという大逆転!
してやったりね、マドレーヌちゃん。
ギイのセリフを聴いて、マドレーヌは思わず笑みがこぼれそうになった…
だけどここでニヤけた顔を見せてはいけない…
だいぶ危ないですが…
ギイが下を向いている間に、マドレーヌはガラス窓に顔を向けた…
そして、外に止まっている車の方を見ながら、こうつぶやく…
ジュ「もちろん、子供のためでしょうね」
視線の先には、娘のフランソワーズ…
あれは息子フランソワだ。
女の子に姿を変えたフランソワ。
え?
だって、同じように騒音を鳴らし、同じように母親に怒られていたでしょ?
あっ、そうか…
するとそこにギイが近付いてきて、こんなことを尋ねる…
ギイ「君は喪に服しているのかい?」
マドレーヌ扮するジュヌヴィエーヴは、答える…
ジュ「母が亡くなったの」
これもマドレーヌの過去の出来事に重なりますね…
母同然に慕っていたギイの伯母が亡くなり、その遺産でこのガソリンスタンドは建てられた…
ジュヌヴィエーヴの話の中の「マドレーヌ臭」に気がつかないギイは、何も言わずに外を眺める…
結婚指輪をアピールしながら…
マドレーヌは、何かタイミングを計っているみたいに見える。
ギイが「娘」を見つめていたからね…
車に積もった雪を固めて遊ぶことに夢中になっている「娘」を…
きっと「あの話」がくるだろうと、考えていたわけだ…
ふたりの間に生まれる子供が、男の子だったらフランソワ、女の子だったらフランソワーズね。
予想通りギイは聞いてきた…
ギイ「君は何て名付けたんだい?」
ジュ「フランソワーズ。あなたとそっくり」
このセリフ、どちらにも取れます…
「そっくり」なのは「容姿や性格」だけでなく「約束された名前」も…
だけどギイは、まだ「息子がいる」としか言っていない…
その名前が「フランソワ」だとは一言も言ってなかったわ…
だね。一歩間違えれば「勇み足」にもなりかねない発言だった。
だけどギイは気付かずに「娘」を眺め続ける。
そこでマドレーヌは、こう聞いてみた…
ジュ「あの子に会いたい?」
ハッとしたギイは「娘」の方に視線を向け…
しばらく考えてから、再びマドレーヌの方を見て、こう言った…
ギイ「すべてやり終えたようだ。これで出発できる」
こ、これは…
「車の準備」のことにも取れるし、「インセプション」のことにも取れるわ…
これでマドレーヌも、そしてギイも、前に進める…
ギイは煙草の火を消しに、デスクの方へ歩いていく…
マドレーヌはドアへ向かい、最後にこんな質問をした…
ジュ「あなたは… 大丈夫なの?」
最終確認だわ…
インセプションが本当に成功したかどうかの…
ギイは目を閉じて、下に視線を一度そらす…
そして再び顔を上げて、こう答えた…
ギイ「ああ、俺は大丈夫だ…」
歯切れが悪すぎます!
ジュヌヴィエーヴのこと、ぜんぜん忘れてないじゃないですか!
いいのよ、これで。
はい?
完全に忘れてしまう方が、人間として信じられないでしょ?
えっ? なぜですか?
かつて「永遠に愛する」と約束した女を忘れるってことは…
同じ約束をした「別の女」のことも、何かあったら忘れてしまうかもしれない…
あっ… マドレーヌ…
そう。だからこれでいいの。
これくらいのほうが、オトナとして信用できる。
「完璧に忘れたんだ!俺の頭の中に彼女はもう存在しない!信じてくれ!」
ってアピールされるよりもね(笑)
そう言ってる時点で「彼女」は頭の中に存在している。
『インセプション』でアーサーがサイトーに語った「頭の中の象」理論だ…
なるほど…
最終チェックを終えたマドレーヌは、別れの言葉も何も言わずに外へ出ていった…
そして、そそくさと車に乗って走り去る…
早く戻りたかったのね、元の姿に…
そして夫に、思いっきり甘えたい…
その通り。
車が画面から消えるとすぐに、マドレーヌが姿を現す…
オフィスの入口にいたギイは、その姿を見るや否や、雪の中を一目散に駆け寄った…
そしてマドレーヌを抱きしめ、熱い口づけをする…
んもう…
マドレーヌは最初からこうして欲しかっただけなのに…
本当に馬鹿なんだから…
インセプション、大成功です!
よかった!感動したっ!
まだ終わりじゃないよ。
え?
息子フランソワが「さっきの遊び」の続きを始めるんだ…
ギイの足元にしゃがみ込んで、雪を固め始めるんだよね…
あっ…
フランソワーズが、ずっと車の中で、やっていたこと…
彼の中では「続いてる」んだ…
女の子の姿に「偽装」していたなんてこと、よくわかってないからね…
子供のセリフが無かった理由が、やっとわかりました…
下手に喋らせると、いろいろ面倒なことになりますからね…
かといって、母の作戦を理解して「フランソワーズ」を演じるのも不自然…
そういうこと。
そしてギイは、しばらく息子に雪遊びをさせてから、息子を抱きかかえる。
これも『インセプション』のラストと同じ…
ようやく安らぎを手に入れた主人公ドム・コブは、最後に、外で砂遊びをしていた息子を抱きかかえた…
ということで、改めて『シェルブールの雨傘』のラストシーンを、通して見てみよう…
マドレーヌが夫ギイに行った「インセプション」の一部始終が、よくわかると思う…
Les Parapluies de Cherbourg
(The Umbrellas of Cherbourg)
なんと…
完璧に、やってますね…
あの柵みたいなのは何かしら?
柵?
最後の最後に、ガソリンスタンドの前に映ってたでしょ?
これのことだね。
バリケード?
なぜこんなところに?
さあ、それはよくわからない…
だけど、ひょっとすると…
ひょっとすると?
このラストシーンは、すべて「夢の中の世界」なのかもしれない…
夢の中に作られた、二人だけの愛の巣、ガソリンスタンド…
ええっ?
レオナルド・ディカプリオ演じるドム・コブが作ってたでしょ?
夢の中に、同じように「鉄柵」で閉じられていた世界を…
まさか…
ウソのような本当の話…
信じるも信じないも、あなた次第…
『シェルブールの雨傘』が、こんな終わり方だったなんて…
今まで何度も見たはずなのに、ぜんぜん気がつかなかった…
この映画を作ったジャック・ドゥミ監督は天才だね。
そして、それに気付いたクリストファー・ノーランも。
何なんですか、これは…
ところで、ガソリンスタンドのお兄ちゃんの件は?
とっても重要な存在なんでしょ?
あっ、そうでした!
ジャック・ドゥミ監督は、この物語を「完成」させるため、彼に重要な役割を託したと…
そうだよ。
彼抜きでは『シェルブールの雨傘』は語れない。
そんな重要人物には見えませんが…
いったい、どういうことなのでしょうか?
なぜタイトルが『シェルブールの雨傘』なのか知ってる?
は?
なぜ「シェルブール」で、なぜ「雨の降るシーン」から始まったのか、わかる?
さあ…それは…
なぜ主人公の夢が「ガソリンスタンド」だったのかわかる?
なぜ映画のラストシーンが「ガソリンスタンド」だったのか、わかるかな?
理由などあるのですか?
もちろんだとも。
天才は、理由も目的もないことなど、しない。
この『シェルブールの雨傘』という作品には、あるメッセージが込められている…
それを読み解く「鍵」が、あの従業員の兄ちゃんだ。
ええっ!?
何が何だかサッパリわからない…
もったいぶらずに教えてよ、岡江クン!
では解説しよう。
いったいジャック・ドゥミ監督は、この作品で、何をしようとしたのか…
そして、あの若者に何を託したのか…