「深読み INCEPTION(インセプション)⑨」(第207話)
前回はコチラ
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
では、詳しく解説しようか…
『シェルブールの雨傘』のラストシーンが、妻による夫への「インセプション」である、ということを…
その前に、映画の予告編はコチラです。
Les Parapluies de Cherbourg
(The Umbrellas of Cherbourg)
この予告編見るたびに思うんだけど、マドレーヌちゃんが一切出てこないわよね。
かわいそ過ぎない?
ですね。まるでこの二人だけの物語みたいです。
念のためにウィキのあらすじも貼っておきましょう…
アルジェでの戦争で負傷し、1年3ヵ月ぶりに故郷へ帰ってきたギイは、恋人ジュヌヴィエーヴの裏切りを知らされた…
自分の子を孕んでいながら他の男と結婚し、シェルブールの町から姿を消したということを…
「あなたのことを、ずっと待っている」と言っていたはずなのに、その言葉とはまったく違う行動をとったジュヌヴィエーヴ…
大きなショックを受けたギイは自暴自棄になり、職場では上司とケンカし、慰めを求めて娼館へと足を運ぶ…
まあ、気持ちはわかります…
いくら実家の経済的事情とはいえ、あのタイミングで金持ちと結婚するのは「無し」ですよね…
だけど仕方ない部分もある。
いくら自由の国フランスだからといって、あの時代に普通の娘さんが未婚で子供を出産するなんてことは、いくらなんでも世間体が悪い…
妊娠がバレる前に結婚式を挙げて、遠い街へ引っ越せば、誰にも怪しまれずに済むだろう…
しかも妊娠したジュヌヴィエーヴは16歳よね…
フランスはカトリックの国だから、中絶は罪だったはずだし…
純君とタマコみたいにはいかないわ…
その通り。
フランスで人工妊娠中絶が合法化されたのは1974年のこと…
『シェルブールの雨傘』の10年後だ。
なるほど。今の私たちとは時代背景も価値観も違いますね。
それに、ギイがアルジェから送ってきた写真も問題だった…
写真?
あんなモノを見せられたら…
我慢して抑え込んでいたマグマが、爆発してしまうだろう…
は? どういうことですか?
女はソレを… 我慢できない…
アン・ルイス?
わしはアン・ルイスよりも、断然、池玲子じゃ。(閲覧注意)
んもう。エッチ。
とにかく、ギイは最愛のジュヌヴィエーヴを失った…
最低最悪の状態でも傍にいてくれた幼馴染のマドレーヌと結婚することになるんだけど、やっぱりギイはジュヌヴィエーヴが忘れられなかった…
「ずっとあなたを待っている」という言葉が、心に引っ掛かっていたんだよね…
そうなの?
スッパリと心を入れ替えたんじゃないの?
本当に忘れたのなら、なぜ生まれてきた子に「フランソワ」なんて名前をつけるかな?
この名前は、かつてジュヌヴィエーヴと「子供が生まれたらフランソワにしよう」と約束していたものだ。
でもマドレーヌは知らないでしょ?
知ってたと思うよ。
あんなに浮かれていたジュヌヴィエーヴのことだから、女友達にべらべら喋っていたはず…
「ギイと約束したの!将来子供ができたらフランソワにするって!」とね…
女同士の噂話は、あっという間に広まる…
当然マドレーヌの耳にも入っていただろう…
確かに、その可能性は高いですね…
子供を出産して、夫から「名前はフランソワにしよう」と言われた時、内心「え?」と思ったかもしれません…
それだけじゃない。
ギイが始めたガソリンスタンドも、元はと言えば、ジュヌヴィエーヴと約束したものだった…
将来は一緒にガソリンスタンドをやろう、とね...
それも知っていたのでしょうか?
もちろん。
しかもギイはガソリンスタンドの建物に、とんでもない文言を書き込んだ…
何ですか、それ?
建物の上部に書かれている宣伝コピー…
Esso Service
L'Escale Cherbourgeoise
とあるだろう?
はい、確かに。
「エッソ・サービス」は分かりますが、その下のフランス語は…
「Escale」とは「寄港・立ち寄り・寄り道する」という意味…
そして「Cherbourgeoise」は「シェルブールの女」という意味…
つまり「シェルブールの女が立ち寄る」というメッセージ…
ええっ!?
「もしジュヌヴィエーヴがこれを見てくれたら…」という淡い期待が、にじみ出ているよね。
淡い期待どころか、もはや願望です…
なぜギイは、こんな露骨なことを?
ギイは、マドレーヌに対して、甘えがあるんだよ…
自分の伯母の面倒を見てもらっていたにもかかわらず、それが当然みたいな態度を、ずっと取り続けていたよね…
しかも、マドレーヌが自分に対して気があることを薄々は知っていて、それを無意識に利用していたフシもある…
だから、こんなことをしても、何とも思わなかったんだ…
「どうせ俺のこと、ずっと好きだったんだろ?俺と一緒に暮らせるだけで幸せなんだろ?」
おそらくギイは結婚後も、心のどこかで、こんなふうに思っていたに違いない…
最低です…
かわいそう、マドレーヌちゃん…
ギイのそんな部分を、気付かない振りしてジッと耐えていたのね…
ほんと健気な子だわ…
幼い頃から病弱なギイの伯母の世話をして、つらいことがあっても文句ひとつ言わなかったマドレーヌ…
しかし、ついに我慢の限界がやってきた…
結婚から4年目、1963年のクリスマス・イブの夜に、彼女は「ある計画」を実行に移したんだ…
それが、インセプション計画…
その通り。
マドレーヌは、夫ギイに「あるアイデア」を植え付けようと考えた…
「ジュヌヴィエーヴではなくマドレーヌを選んで正解だった」
というアイデアを…
ゴクリ…
それでは、あの夜の出来事を、じっくり検証してみよう。
まずマドレーヌは、ひとりでクリスマスツリーの飾りつけをしていた。
もちろん夫ギイは何も手伝ってくれない…
そういえば、ちょっと目が怖いわ…
何か思いつめているような…
そしてマドレーヌの背後から、夫ギイが近付いてくる…
気配を察したマドレーヌは、ただ一言、こう言った…
マ「準備が終わった…」
何だか、いろんな意味が込められていそうです…
ギイは背後からマドレーヌの身体に手をまわし、これ見よがしに愛撫する…
そして、ツリーを見ながら、こう言った…
ギ「きれいだね」
それに対し、マドレーヌは答えた。
マ「そう思うの?」
これは皮肉だわ…
「まったく興味無いくせに」って内心思っているか…
もしくは、ツリーじゃなくて自分に「綺麗だね」と言って欲しかった…
両方あるだろうね。
だからマドレーヌは、ギイの手を撫でながら、こう言った…
マ「あなたの手、冷たい…」
「手」は「心」のこと…
そしてマドレーヌは、ギイの左手薬指にある結婚指輪を見つめ…
祈るように手の甲にキスをする…
不安なのね…
もし「インセプション」が裏目に出ることになったら…
ギイがジュヌヴィエーヴに「ずっと待ってたんだ!お互い別れて一緒になろう!」と言う可能性もありますからね…
この計画の実行を決断するまでに、相当悩んだことでしょう…
そしてマドレーヌは、夫ギイのほうに振り向いて、精一杯の笑顔を作りながら、こう言った…
マ「私、ちょっと出かけてくる…」
ギイは答えた。
ギ「どうぞ。君がそうしたいのなら」
この笑顔、切な過ぎる…
そしてマドレーヌは、スカーフを被りながら、出かける理由をギイに説明する…
マ「あの子がね、おもちゃ屋さんのショーウィンドウを見たがってるの。今週はずっと、そのことばっかり。だから晩御飯までに連れて行かなきゃ…」
息子のフランソワは、となりの部屋で、ずっと大きな音を出していました。
インディアンの羽飾りをつけて、エンジンオイルの缶をガンガン叩いて…
そんなフランソワに対して、マドレーヌは、こう言った…
マ「やめて頂戴。ママたちの邪魔しないでね」
フランソワは、返事もせず、ずっと黙っていた…
というか、親に対して何も言おうとない…
その通り。
このラストシーンを読み解く上で、そこも重要な意味を持ちますね。
そしてマドレーヌは、フランソワへ視線を向けているギイに、こんなことを伝えた…
マ「私、あなたにクリスマス・プレゼントを用意したの」
このマドレーヌ、ちょっと「企んでる顔」っぽい…
インセプションで、素敵な「夢」のプレゼント…
マドレーヌにとって、最初で最後の、人生の賭けよ…
振り向いたギイがプレゼントについて尋ねると、マドレーヌは目をそらして、答えをはぐらかす…
ギ「プレゼントって何かな?」
マ「サプライズよ。今にわかるわ…」
まさに、サプライズ以外の何物でもない…
マドレーヌはフランソワのレインコートを準備し始める…
それを見て、ギイは、こう言った…
ギ「着込んで行け」
マドレーヌの表情が凍ってます…
きっと、こう思ってる…
「それだけ?もっと他に言うことあるでしょ?」って…
だね。
マドレーヌは、夫から一番言って欲しい言葉を、言ってもらえない…
だから少し諦めの入った表情でギイの目を見つめ、こう呟いた…
マ「愛してるわ、ギイ…」
結局、自分から言うしかなかった…
そして、口づけを交わす…
「これが最後のキスになるかも…」
そんな思いをこめて交わしたキスね…
マドレーヌはフランソワのところへ行き、頭から羽飾りを外して、レインコートを着せる…
そしてギイは、フランソワにこう言った…
ギ「サンタクロースによろしく伝えておいてくれ」
まさか、あんなクリスマス・プレゼントが用意されてるとは、予想だにしていない…
さっきキスした妻からの、とんでもないサプライズ・プレゼント(笑)
そしてマドレーヌは、フランソワを連れて外へ出る…
こんな言葉をギルと交わして…
マ「じゃあ、すぐあとで」
ギ「すぐあとで」
本当に「すぐあと」になるわけね…
ギイは、部屋の中から、マドレーヌたちの姿を見届けた…
このあたりにも、ギイがマドレーヌを軽んじている様子が表れていると思います…
妻と子供が雪の降る中を外出するというのに、玄関から一歩も出ずに、温かい部屋の中から見送るって…
きっと、結婚してから4年間、一事が万事、こんな感じだったのね…
マドレーヌが、一か八かの賭けに出たのも無理ないわ…
マドレーヌたちが消えた瞬間、ガソリンスタンドに黒い高級車が入ってくる…
一瞬の出来事…
イームスばりの早業で偽装したんですね…
車に気付いたギイが建物から歩いてくる間の描写は、実に興味深い…
まずマドレーヌ…じゃなくてジュヌヴィエーヴは、バックミラーを見ながら、急いで自分の顔と髪型をチェックする…
車の中で、こんなことしてたんだ…
変装がバレたら大変ですからね…
すると、助手席に座っていた娘フランソワーズが、手を伸ばしてクラクションを連打し始める。
少しイライラしたジュヌヴィエーヴは、こう言いながら、フランソワーズの頭を撫でる…
ジ「やめて頂戴フランソワーズ。これはオモチャじゃないの」
あっ… 同じだ…
その通り。
エンジンオイルの缶を連打するフランソワに「やめて頂戴」と言ったマドレーヌ…
クラクションを連打するフランソワーズに「やめて頂戴」と言ったジュヌヴィエーヴ…
そして、フランソワもフランソワーズも、なぜかずっと無言…
完全にリンクしてます…
というか、ほとんどデジャヴ状態…
ジュヌヴィエーヴは、運転席の横に来たギイを、無言で見上げる。
ギイは呆然と立ち尽くす…
「えっ、そうなの?」って表情だわ…
エッソの看板がバックだけに…
するとジュヌヴィエーヴは、躊躇なく運転席から出て来て、ギイに向かってこう言った。
ジ「冷たいわ」
これも同じです…
マドレーヌがギルに言ったセリフ…
なんだか『ユージュアル・サスペクツ』のラストシーンみたい…
さらに興味深い描写が続く…
蛇に睨まれた蛙状態のギイが「中にどうぞ」と言うと、ジュヌヴィエーヴはギイの前を横切って歩く…
カメラから、一度、姿を消す形で…
こ、これは…
イームスが「偽装」をする時の…
さらにジュヌヴィエーヴは、同じように「柱」も通過する…
柱の向こう側を通り過ぎる…
これも『インセプション』で多用されてたわ…
そして二人はスタンドのオフィスへ入った…
いよいよですね…
ここからが本番だ…