「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)&読みたいことを、書けばいい。」志賀直哉『小僧の神様』篇⑦(第274話)
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2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
ないないない。そんなのないって(笑)
どうして?
だって、変でしょ?
変じゃないよ。
やっぱ、ないわ。受け狙いだとしか思えない。
受けなんか狙ってない。
僕はあの島で体験したことを包み隠さず話してるだけ。
SGTのYとMとFが不思議な決めポーズをとった?
とまらざる、たまらざる、かえさざる?
いったい何のことなの?
彼らの島には大昔から伝わる掟というか戒律があった。
「とまらない、たまらない、かえさない」
それを表現したポーズだ。
どんな?
それは忘れちゃったな。
まあ、彼らの踊りなんてどうでもいいわ。
大事なのは鮨。
あの魚の味はどうだったの?
筆舌に尽くしがたいとは、まさにあの鮨のこと…
食べ始めたら止まらなくなって、僕はヒロシみたいに次々と注文した。
「次は赤身、次は背カミ、次は腹ナカの大トロ…」とね。
だけど魚のある一ヶ所だけは、食べてはいけないと言われたんだ。
ある一ヶ所だけ? なぜ?
わからない。
彼らは「そこが危ない」とだけしか言わなかった。
毒でもあるのかしら?
かもね。
そして気がつくと僕は15個の鮨を食べていた。
15個?よくそんなに食べられるわね?
全然お腹にたまらない鮨なんだ。不思議とね。
そして僕は16個目の鮨を注文した。
するとSGTは、僕の目の前に3つの鮨を置いた。
3つの鮨?
彼らはこう言った。
「この3つの中から1つを選べ。もし正しい鮨を選べば、お前は究極の幸福に抱かれるだろう」
何それ?
金の斧、銀の斧、普通の斧みたいな三択の試練?
間違ったらどうなるの?
僕もそれを聞いた。
彼らは答えた「明日はない」と。
明日はない?
つまり、間違った鮨を選んだ時点で命がジ・エンドってことらしい。
僕はそんなのは嫌だと訴えた。
だけど彼らは「ツベコベ言うなよ」と聞き入れてくれなかった…
まさに「OH, NO !」だわ…
だけど今ここにキミがいるってことは…
僕は意を決して手を延ばし、真ん中の鮨に指をかけた。
すると彼らがこう言った。
「一度選んだ鮨を返すべからず。欲しけりゃ迷わず、すがりつけ」
もう引き返せないことを悟った僕は、その鮨を掴んで引き寄せ…
目をつぶって口に放り込んだ…
ゴクリ…
ところで余談だけど、正しい鮨の食べ方、知ってる?
は? スシの?
鮨は飯を上にして食べるんだ。
めしを上に? 逆さにするってこと?
日本では特別なものを食べる時「召し上がれ」って言うんだけど、それは「メシ上がれ」という意味なんだよね。
そうなんだ…
日本の食文化って深いのね…
これは覚えておいて損はない。
もし日本に来て鮨を食べる時にそうしたら、店の主から一目置かれるよ。
うん。わかった。
で、真ん中の鮨はどうだったの?
究極の幸福って、どんな感じ?
鮨を舌の上に乗せた瞬間…
つまり魚の部分が舌に触れた瞬間…
僕は、これまで経験したことのない悦びに包まれた…
まるで全身の細胞が、歓喜のファンファーレを鳴らすかのように…
ゴクリ…
そして僕は、まばゆい光に抱かれながら…
天高く舞い上がっていった…
うそ…
やがて僕の身体と意識は宇宙と一体化し…
僕は「世界そのもの」になった…
そんな馬鹿な…
すると僕の意識の中に彼らの声が聴こえてきた。
「なぜオレたちが生まれたか教えそびれちまう前に教えてやろう」
なぜ生まれたか?
僕は意識の中でその意味を尋ねた。
すると彼らはこう言った。
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
えっ…
そして僕は見た…
この世界の、始まりから終わりまで…
すべてを…
い、いったいどういうことなの?
鮨を食べて幻覚を見たってこと?
魚が悪かったのか、もしくはワサビに何か変なものでも入ってたんじゃない?
確かにワサビはかなり効いていた。涙が出るほどに。
きっとそれよ。ワサビでトリップしたのよ。
だけどあれは幻や妄想なんかじゃない。
僕は確かに世界の始まりから終わりまですべてを見た。
その証拠に、今からお姉さんは僕にこう言うだろう。
なぜその鮨は「16」個目だったのかと…
16?
確かに何か意味が隠されていそう…
なぜそれは16個目だったのかしら…
ほらね。
ここには知恵が必要だ。考えてごらん。
うーん。おそらく…
『君の名は。』や『ライフ・オブ・パイ』に出て来た神秘の数字「3・1・4」が関係してるんじゃないかしら…
あの法則に当てはめると16は…
(3+1)ⅹ4…
グッジョブ。
16は「4²」なんだ。
16は、4の2乗…
気がつくと僕は16個目の鮨を食べた瞬間に戻っていた。
僕はお願いした。「もう一度見たい、もう一度食わせてくれ」と。
彼らは答えた。
「あれは一度きり。だから忘れないように、見たもの、感じたことを書き留めろ」
書き留める? どうして?
僕もそう尋ねた。
彼らは答えた。「見て、感じたことは、伝えなければならない」と…
僕は「理由を教えてほしい、何のために?」と聞いた…
すると彼らは笑いながらこう答えた。
「笑わせるぜ。下駄箱にラブレターも知らんのか?」
ゲタ箱にラブレター?
ていうか「ゲタ」って何?
日本の伝統的な履き物だよ。
板状になってる。
ああ、これ見たことある。
オンセンやリョカンでキモノ着た時に履く木のサンダルね。
だけどなぜ「下駄箱にラブレター」なの?
このあたりじゃ屋内外で靴を履き替えないから知らないだろうけど、日本では大切な手紙を下駄箱に入れるという文化がある。
だから「下駄箱に」と来たら、つづく言葉は「ラブレター」なんだ。
「垂乳根の」と来たら「母」と決まってるみたいに。
え? 垂れてない人だっているでしょ?
あくまでイメージだよ、イメージ。実際に垂れてるかどうかは関係ない。
とにかく、彼らは僕に見たこと感じたことを書かせた。
だけど、世界の始まりから終わりまで全てよね…
そんなの書けるものなの?
もちろん書き尽くせるわけがない。
だから僕は困り果ててしまった。「もう無理です。すべてを書き尽くすことなんて出来ません。だからアガリください」とね。
すると彼らはこう言った。
「じたばたするなよ。稲荷様が来るぜ」
いなりさま?
あの黄金色した甘いお寿司のこと?
そうじゃない…
「稲荷様」とは、彼らの…
「神」だ…
か、神!?
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
では『小僧の神様』に戻るとしよう。
いよいよ、Aによる小僧仙吉の洗礼が行われる…
その前に寸劇のような第四場、若い貴族院議員Aと同僚Bのシーンですね。
いや、この第四場が「洗礼」なんだ。
え? イエス役の小僧仙吉は出て来ませんが…
まあ、とにかく第四場を読んでみよう。
えーと。前半は「鮨の食べ方」についてだわ…
Aは、Bから教わった屋台に行ったことを報告し、こんな疑問を投げかける…
「なかなか旨かった。それはそうと、見ていると、皆こう云う手つきをして、魚の方を下にしていっぺんに口へ抛(ほう)りこむが、あれが通なのかい」
Bは答える。
「まあ、鮪は大概ああして食うようだ」
Aは理由を尋ねた。
「なぜ魚の方を下にするのだろう」
Bの答えはこうじゃ。
「つまり魚が悪かった場合、舌へヒリリと来るのが直ぐ知れるからなんだ」
その答えにAは笑い、小僧の話をした…
「それを聞くとBの通も少し怪しいもんだな」
Aは笑い出した。
Aはその時小僧の話をした。
なんだか『ライフ・オブ・パイ』の「口の中チェック」シーンみたい…
泥を食べた神の子クリシュナの口の中には宇宙があった…
『ライフ・オブ・パイ』で口に入れるのはドロ…
『小僧の神様』で口に入れるのはトロ…
これは偶然じゃろうか?
うふふ。偶然とは思えないわよね(笑)
ところで、Bの答えにAが笑ったということは…
Aは答えを知ってて聞いたということですか?
もちろん。
Bの返しが見事だったから笑ったんだ。
かえし?
気付いてるかしら?
あのやりとりで、もう小僧仙吉の「洗礼」は済んでいるのよ。
えっ? この短い会話で?
このAとBの会話シーンは、ここまで志賀が再現して来た『明治元訳新約聖書(大正4年版)』の『約翰傳(ヨハネ伝)福音書』第1章の洗礼シーンにあたる。
29 明日(あくるひ)ヨハ子、イエスの己に來たるを見て曰(いひ)けるは 世の罪を任(お)ふ神の羔(こひつじ)を視よ
30 我に後(おく)れ來たらん者は 我より優(まさ)れる者なり 蓋(そは)我より優れる者なり 蓋我より以前(さき)に在(あり)し者なれば也(なり)と我言ひしは此(この)人なり
31 われ素(もと)より此人を識(しら)ず 然(さ)れど我來たりて水にてバプテスマを施(ほどこ)すは彼をイスラエルの民に顯(あらは)さんが爲(ため)なり
Aの後に屋台へ来た者は小僧仙吉…
そして小僧仙吉はAより先に小説に存在しておった…
ちなみにAは子爵だから「余は子爵」じゃったな。
だけど「鮨の食べ方」しか話してないのに、志賀はどうやって「洗礼」を描いたというの?
その「鮨の食べ方談義」が、そのまま「洗礼」になっているんだよ。
「聖霊」が「鮨」に置き換えられているんだ。
『ヨルダン川での洗礼』バッキアッカ
は?
あの続きの部分を読んでみて。
32 ヨハ子また證(あかし)して曰(いひ)けるは われ靈(みたま)の鴿(はと)の如く天より降(くだ)りて其(その)上に止(とどま)れるを見たり
33 我は彼を識(しら)ざれど 我を遣(つかは)し水にてバプテスマを施(ほどこ)さしめし者われに曰けるは 爾(なんぢ)靈(みたま)くだりて其上に止(とゞま)るを見ん 彼は聖靈(せいれい)を以てバプテスマをなす者なり
34 我これを見て其神の子たるを證(あかし)せり
白い鳩のような聖霊が、天から降りてきて、その上にとどまった…
これを鮪の鮨に置き換えたということですか?
イメージしてごらん。
鮪の鮨を逆さにして舌にのせると、鮪は舌の色と同化するから、白い飯しか見えなくなるよね…
つまり…
白い飯が舌の上に、とどまってるように見える…
霊(みたま)の旧字「靈」も忘れちゃいけないわね。
志賀は文字通り「靈」からインスピレーションを得たのよ。
どういう意味?
Aが屋台の鮨屋で見た「台に乗った3つの鮪の鮨」というのは…
繫体字の「靈」という字から来ているんだ…
げえっ!ホントに鮨が3つあるみたい!
もう、そうとしか思えない…
そしてBが言った「魚が悪かった場合、舌へヒリリと来る」というのは…
「靈」の簡体字「灵」のこと…
下に「火」があるから、ヒリリとする…
やられた…
実に見事。ナイスな返しじゃな。
では、第四場の後半を見ていきましょう…
つづく
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