「深読み INCEPTION(インセプション)⑦」(第205話)
前回はコチラ
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
『Les bicyclettes de Belsize』
ENGELBERT HUMPERDINCK
それにしても…
『Les bicyclettes de Belsize』を作った人は、何がしたかったのでしょうか?
なぜ「ベルサイズ」と「ベルサイユ」なんて子供じみたダジャレを使った「偽シャンソン」を?
実は、駄洒落は「Belsize」だけじゃないんだ…
タイトル全部が駄洒落なんだよね…
え?全部?「bicyclettes」も?
そう。全部「冗談」だ。
いったい、どういうこと?
それじゃあ簡単に解説しておこうか…
フランス語の「bicyclette」とは、「2」を意味する接頭語「bi」と、「円・回転するもの」を意味する「cyclette」からなる言葉だったよね。
英語の「bicycle」と同じく「車輪が2つ並んだもの」という意味だ。
はい。そうでしたけど。
この「bi」というのはラテン語がルーツなんだけど、ラテン語には、これと同じような意味を持つ接頭語がある。
わかるかな?
同じような意味をもつ接頭語?
誰でも知ってるものだよ。
誰でも知ってる? 何かしら?
じゃあヒントを。
2020年には、何がある?
オリンピック?
と?
あっ!わかった!
パラリンピックの「パラ」だわ!
その通り。
接頭語「para」は「並行・並列」という意味。
オリンピックと時期をずらして並行開催されるから「パラ・リンピック」だ。
パラレルのパラということですね。
なるほど。パラソルのパラか。
え?
あたし、なんか変なこと言った?
「parasol」の「sol」は「太陽」ですよね…
「並行太陽」って、どういう意味ですか?
並行太陽?
並行宇宙のことじゃない? パラレルワールドにある、こっちとそっくりの太陽とか…
てか、あたし何言ってるの?
「parasol」の「para」は「並行」じゃないんだよ。
同じラテン語の接頭語なんだけど、こちらは「防護」という意味なんだ。
「日差しを防いでくれるもの」だから「パラ・ソル」だね。
同じラテン語の接頭語「パラ」なのに全然違う意味って…
ちょー紛らわしい。
だけど、この「para」がもつ異なる2つの意味を、物語に巧みに落とし込んだ超名作映画もあるんだ…
タイトルにも入っている「para」が、ダブルミーニングになっているんだよね…
「para」がタイトルに入っている超名作映画?
何でしょう?
わかった!
『パラダイス・アーミー』でしょ?
ブッブー。
ちなみにこの映画、「パラ」が入ってるのは邦題だけ…
原題は『STRIPES』という。
じゃあ『パラダイス・アレイ』?
何ですかそれ? 聞いたことありませんが…
知らないの?
『ロッキー』で大成功した直後にシルヴェスター・スタローンが手掛けた彼の監督デビュー作よ。
確かに名作なのかもしれませんが、「超名作」ってほどでもないですよね…
失礼ね。じゃあ何?
私が思うに、おそらく…
世界の映画賞を総なめした…
ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』では?
うふふ。惜しい(笑)
え?
この動画の冒頭にも映っている、カンヌのプレゼンターを務めていたフランスの大女優さんが、出ていた映画よ…
プレゼンター?
あれは確か、カトリーヌ・ドヌーヴだったわね…
カトリーヌ・ドヌーヴが出演していた「para」のつく超名作映画って何ですか?
わかるわけないでしょ、フランス映画のタイトルなんか。
だよね。
答えは『Les Parapluies de Cherbourg』だ。
レス・パラプリュイ・デ・シェボゥ?
邦題は『シェルブールの雨傘』という。
ああ、これか!
これは誰しもが認める超名作映画です!
なるほど…
この「parapluie」の「para」は、パラソルのパラね。
その通り。
フランス語の「parapluie(パラプリュイ)」とは、「防護」を意味する「para」と、「雨」を意味する「pluie」が組み合わさった言葉…
つまり「雨を防いでくれるもの」という意味…
だけど物語の途中で、ヒロインの実家の傘店は無くなっちゃうのよね。
その後も「傘」は特に物語に絡んで来ない…
なんで途中で無くなる「傘」というモチーフをタイトルに使ったのかしら?
「para」に「並行」という意味もあるからだよ。
「交わることのない2本の線」という意味が、ね…
つまり「parapluie」とは…
「雨を防ぐもの」でもあり…
「交わることなく並行して降る雨」でもある…
男女の関係っぽいわね。
一緒になるはずだったのに、別々の人生を送ることになる男と女…
そういうこと。
そして、この『Les Parapluies de Cherbourg』を元ネタにして作られたのが『Les Bicyclettes de Belsize』だったというわけ…
「para」と「bi」を駄洒落にして、ね。
しかし、そもそも『Les Bicyclettes de Belsize』は、イギリス映画の主題歌だったんですよね?
そう。同名タイトルの短編映画の主題歌として作られた。
ロンドンの街を舞台にしたイギリス映画なのに、なぜフランス風なの?
映画が『シェルブールの雨傘』のパロディ作品だったんだよ。
え?
普通の会話シーンが無く、セリフがすべて歌になっていて、ストーリーもよく似た現代オペラ風の作品。
唯一異なるのは、主人公の男に思いを寄せていた地味子ちゃんが、最後にフラれること…
主人公に片思いする「地味子ちゃん」と言っても…
『シェルブールの雨傘』とは、ちょっと、というか…
いろいろ違い過ぎる…
パロディ映画だからね。
というか、『シェルブールの雨傘』のマドレーヌ役の女優が、レベル高過ぎるんだよ。
「こんな別嬪さんに見向きもしないで他の女に夢中になるなんて、主人公の男はどんだけ贅沢なんだ!」って思うでしょ?
しかも「想いを寄せていた」どころの騒ぎじゃないわ…
あそこまで付きまとったら、もう、ただのストーカー…
でも、最後に小さな男の子が現われて、仲良しになりましたよね。
不思議なハッピーエンドでした。
あの子役の男の子は、某映画監督の息子さんなんだよ。
トリビアってやつですね。
他にも何か気になったことはなかった?
そういえば…
主人公の男が、路上で少女の自転車とぶつかり、転倒して激しく頭を打った場面…
あっ、あそこね。あたしもちょっと変だと思った…
その通り。
あのシーンを境に、現実離れした出来事が次々と起こるようになるんだよね。
おそらく、あれ以降の描写は、ほぼ「夢」だと思う。
つまり、男が恋焦がれていた美女と結ばれるハッピーエンドも…
昏睡状態になった男が見ている「夢」だと?
間違いない。
元ネタ作品である『シェルブールの雨傘』のラストシーンを踏襲したものだろう。
は?『シェルブールの雨傘』のラストシーン?
そうだよ。
あれは「夢」だ。
あの映画史上に残る有名なシーンがですか?
雪の降るクリスマス・イブの夜に、かつて自分を捨てた女と再会し、「あなたの娘と会う?」と言われても断って別れた、あのシーンが?
主人公ギイは、アルジェリア戦争で負傷して除隊となり、故郷のシェルブールに帰ってきた。
あまりそこには触れられなかったけど、おそらく傷の痛みを止めるために強力な薬を服用していたはずだ。
モルヒネのような鎮静催眠薬を…
何が言いたいの?
『シェルブールの雨傘』は、『インセプション』に大きな影響を与えた…
いっけんハッピーエンドのようなラストシーンが、実は「夢」だというトリック…
まさか…
おそらくクリストファー・ノーランは…
エンゲルベルト・フンパーディンクの『Les bicyclettes de Belsize』からヒントを得て、この衝撃の事実に辿り着いたに違いない…
あのラストシーンが夢だなんて信じられないわ!
今度ばかりは岡江クンの深読みに賛同できないから!
どうしたんですか深代ママ…
珍しく興奮して…
だって… だって…
あたし、あの映画… 大好きなんだもん…
あの主題歌が… 大好きなんだもん…
・・・・・
歌っても、いいのよ。
え?
その想い…
歌にして吐き出しちゃえば?
文代さん…
カラオケ、スタンバイOKです…
ジョー…
涙… これで拭いてください…
うん… ありがと…
・・・・・
それじゃあ、精一杯歌います…
聴いてください…
I WILL WAIT FOR YOU…
どうもありがとうございました…
うむ。しかと伝わったぞ…
・・・・・
ねえ、聞いてるの?
はい? なんのことで…
あなた、もうひとり 女の子を不幸にする気なの?
え?
誠意って… 何かしらね…
せ、誠意?
うふふ。冗談よ冗談(笑)
冗談って…
だって…
「ガソリンスタンド」と「妊娠」に隠されている秘密も、解説しなきゃいけないでしょ?
あっ… そういうことですか…
人が悪いなあ、文代さんも…
さっきから二人で何の話をしてるの?
い、いや、何でもない。こっちの話…
ところで…
ラストシーンが「夢」である件について、少し話をさせてもらってもいいかな?
どうぞ。どうせ止めても聞かないでしょ。
ありがとう…
『インセプション』を語る上で、ここを避けては通れないからね…
その前に『シェルブールの雨傘』のダイジェストを見ておきませんか?
ずいぶん昔に見たっきりだから、どんなストーリーだったか、あやふやで…
詳しいストーリーは、こちらです…
『シェルブールの雨傘』なのに…
「シェル」ではなく「ESSO」とは、これ如何に…
そこも重要ですね、『インセプション』的には…
まずはその件についてから話しましょうか…