「深読み INCEPTION(インセプション)⑤」(第203話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
クリストファー・ノーラン『インセプション』の元ネタとなったエンゲルベルト・フンパーディンクの第1のワルツ…
これにて証明終了…
次のワルツは何じゃ?
第2のワルツは、これです…
『There Goes My Everything』
ENGELBERT HUMPERDINCK
あ、この曲知ってる。エルビス・プレスリーも歌ってたわ。
去って行った女のことを思い出してばかりいる未練タラタラの男の歌ね…
この曲も、映画の中の「ある場所」で完璧に再現されているんだ。
この曲の歌詞から「あのシーン」が作られたんだよね…
気付いたかな?
ある場所? あのシーン?
どこかしら?
歌は、サビの一部から始まる…
There goes my only possession
There goes my everything
僕だけの所有物が行ってしまった
僕のすべてが行ってしまった
こんな感じですか?
「所有物」はないでしょ…
人をモノ扱いしちゃダメよ。せめて「僕の宝物」くらいに言っておかなきゃ。
だけど「ポゼッション」とは「独占的な所有物・専有物」のことですよね。
「お前は俺のモノ!」みたいな。
ジャイアンじゃないんだから…
この出だしのフレーズは、旧約聖書『出エジプト記』の引用です…
神がイスラエルの民に対して言った言葉…
ああ、なるほど。それなら納得。
世界や人間をクリエートした本人、創造主だもんね…
ちなみに、辞書によると「possession」とは…
「所有または占有されている物」
「所有物を持ち、管理する行為」
「支配によって管理される領域」
「1つの物事や考えに強くこだわる人」
「情念や超自然的な力によってコントロールされていること」
という意味…
ちょっと一方的な感じで丁度いいってわけですね。
力関係とか、思い込みとかが…
そういうこと。
そして1番。前半部分は、こんな歌詞だ…
I hear footsteps slowly walking
As they gently walk across a lonely floor
僕は足音を聴く。ゆっくりとした足音
誰も居ない部屋を静かに横切りながら
ん? こんな場面、どこかであったような…
1番の後半部分を見れば、わかるよ…
And a voice is softly saying
Darling this will be goodbye for evermore
そして、落ち着いた柔らかな声を聴く
「ダーリン、これでサヨナラできるわ。永久に」
静かな足音…
誰も居ない部屋…
そして、別れの言葉を残して行ってしまった my possession…
これは… もしや…
ふたりで過ごす予定だった…
ホテルのシーンじゃん…
そっちのホテルじゃなくて、こっちでしょ?
あらやだ、あたしったら…
ホテルの小部屋違いだったわ...
ロサンゼルスも横浜も港町だから、つい…
いやいや。ふつう間違えないでしょう、こんなところで。
めんご。
このホテルのシーンは、レオナルド・ディカプリオ演じる主人公ドム・コブの記憶を再現したもの…
夢の世界に囚われてしまった妻モルに対し、夫ドムは「自殺すれば現実に戻れる」というアイデアをインセプション(植え付け)した…
そしてモルは「現実に戻る」ため、結婚記念日の夜に、ホテルの窓から飛び降りる…
モルは「あとからついて来て」と願ったが、ドムは飛び降りずに逃走…
このことがトラウマとなったドムは、妻モルとの思い出を夢の中に再現し、夜な夜な、現実逃避していた…
ドムがモルにプロポーズした時に言ったセリフは「一緒に齢を重ねていこう」だった…
だからモルは「一緒に逝こう」って飛び降りたのに…
平松愛理ですか。
だけどドムは、まさか現実世界で、それをやるとは思っていなかった…
自分が言ったことで、あんなことになったんだから、そりゃトラウマにもなるわよね…
だけどね…
正しく理解していたのは、モルのほうなの…
モルは、あの記念日の夜も「夢の中」であることに気付いてしまった…
え?
その通り。
だからモルは、夫ドムにも夢から目覚めることを求めたんだ…
だけどドムは、あの夜を「現実」だと思い込んでいたから、それが出来なかった…
なぜモルは夢だと気付いたのでしょう?
「手抜き」に気付いたんだよ…
あのホテルを夢の中に作った設計者の「手抜き」にね…
手抜き?
モルが居た場所、変だと思わなかった?
モルは向かいの建物に居たんだよ…
あれって同じ建物じゃないんですか?
画面の右手で建物がちょっと凹んでるだけとか…
コの字になった壁をつたって、あそこまで行ったとか…
違うよ。
飛び降りた時に見えるけど、2つの建物はつながっていない…
あれは向かいの建物だ…
これはいったい、どういうことなの?
この世界の「手抜き」をドムに気付かせるため、わざわざモルは、あんなところに座っていたんだよ…
だけど、ドムは…
それに気付くことが出来なかった…
ああっ!
この向かい合った建物は、まったく同じ建物です!
外壁も、窓枠も、部屋の内装も、インテリアも!
その通り…
この夢を設計した人物は…
同じ建物をコピーして街を作ってしまった…
コピペで誤魔化していたんだね…
もしかしたら、鏡で街を広く見せようとしたのかも…
だから向かいに全く同じ建物が存在することになってしまった…
どうせ夜だから暗いし、窓なんか開けないだろうと油断したのかもしれない…
なんてことなの…
まったく気がつかなかったわ…
クリストファー・ノーランは、観客に「モルは妄想に憑りつかれていた」という先入観を植え付けたからね…
冷静な男とヒステリックな女という印象操作…
だけど、夢と現実の区別がついていたのは、モルのほうだった…
クリストファー・ノーラン、天才…
ちなみにこれは…
クリストファー・ノーランのオリジナル・アイデアじゃないわよ。
え?
エンゲルベルト・フンパーディンクの『There Goes My Everything』のサビでも…
行ってしまった彼女は「夢の人」だと言っている(笑)
There goes my reason for living
There goes the one of my dreams
There goes my only possession
There goes my everything
彼女は行ってしまった
彼女は僕の生き甲斐
彼女は僕の夢の人
彼女は僕だけのもの
彼女は僕のすべて
うわあ… なんてこった…
そして2番もすごい。
As my memory turns back the pages
I can see the happy years we've had before
まるで思い出のページがめくられていくように
幸せだった日々が僕の中でよみがえる
僕らが過ごした幸せな日々が
こ、これは…
ドムが夢の中で階層状に作った過去の思い出…
エレベーターで移動できる思い出アルバムね…
そして2番は、こう続く…
Now the love that kept this heart beating
Has been shattered by the closing of the door
今や、この胸を締め付ける愛は
閉まる扉でシャットアウトされた
ちょ、ちょっと…
これって…
恐ろしいくらい、忠実に再現されています…
このように第2のワルツ『There Goes My Everything』も、映画の中で完璧に再現された…
ドムの妄想として...
もう、そうとしか思えないわ…
もう、そうですよ…
それでは次のワルツに行こう。
『インセプション』に大きな影響を与えたエンゲルベルト・フンパーディンクの3つのワルツ…
第3のワルツは『Les Bicyclettes de Belsize』だ…
レス・ビシクレット・デ・ベルサイズ?
何語?
これはフランス語。「ベルサイズでビシクレット」という意味だ。
「ビシクレットでベルサイズ」じゃないの?
Bicyclette(ビシクレット)は「自転車」という意味。
つまり「ベルサイズでサイクリングする」ってことだね…
ベルサイズは何?
Belsize(ベルサイズ)とは、ロンドンにある地域の名前。
今はオシャレな高級エリアだけど、昔は下町風情あふれる住宅地だった…
『Les Bicyclettes de Belsize』は「サイクリングDEベルサイズ」という意味…
ベルサイズはイギリスの首都ロンドンにある住宅地…
つまり「フォークダンスDE成子坂」みたいな感じってこと?
どうしてもヨコハマに持って行きたいようですね…
別にそういうわけじゃないんだけど…
だって新宿の成子坂も、昔は下町だったけど、今は高層ビルと高級マンションが立ち並ぶオシャレなエリアでしょ?
まあ、そうですけど…
成子坂か... 懐かしいな…
え?
今から約30年前…
深読み探偵学校に入って二年目の春、僕は成子坂で一人暮らしを始めたんだ…
6畳一間で風呂無しトイレ共同…
神田川のすぐ横にある、おんぼろアパートだった…
昭和フォークソングの世界ですね…
かぐや姫の歌みたいな…
まさにあの世界だ。
赤い手ぬぐいマフラーにして、彼女と横丁の風呂屋に行ったもんだよ…
若かったあの頃、何も怖くなかった…
あら岡江クン…
あの頃、彼女いたんだ… 知らなかったなあ…
あ、それは…
だから急に一人暮らしを始めるって言い出したのね…
いや、それはたまたまで…
そう。たまたまじゃ。
なんで月夜さんが知ってるのよ。
うふふ。なんだか話が逸れてしまいそう(笑)
そ、それでは曲を聴いてみましょう…
『Les Bicyclettes de Belsize』
ENGELBERT HUMPERDINCK
え? 歌詞、ぜんぶ英語じゃん…
てっきりフランス語の歌なのかと思った…
でもシャンソンっぽいですよね。
有名なシャンソンを英訳した歌詞なんですか?
違うよ。
ロンドンのベルサイズを舞台にしたイギリス映画の主題歌として作られ、エンゲルベルト・フンパーディンクが歌って大ヒットした。
ちなみに作者は『The Last Waltz』と同じ人物だ。
は? じゃあ、なんでタイトルだけがフランス語?
タイトルだけの「なんちゃってシャンソン」?
意味が分かりません…
では、そこらへんも含めて、解説するとしようか…
歌詞の内容同様に、『インセプション』にも関係することだから…
つづく
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