深読み探偵おかえもん引退作品『BACK TO THE FUTURE(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』~前篇~
また妙な世界へ来てしまった…
古風で立派な日本家屋と、大きな池のある広い庭園…
ここはどこだ…
いったい、いつになったら、僕は元の世界へ戻れるんだろう…
ばさっ、ばさっ、ばさっ!
鳥? なぜ鳥が家の中を?
あっ、池に降りたぞ…
「カヘッ、カヘッ、カヘッ!」
えっ? この声はどこから?
「サア、渇イテイル者ハ皆、水ニ来タレ!」
ここには僕の他には誰もいない…
まさか、あのアオサギの声なのか?
「金ノナイ者モ来タレ!来テ買イ求メテ食ベヨ!アナタガタハ来テ、金ヲ出サズニ葡萄酒ト乳トヲ買イ求メヨ!」
やっぱりそうだ… 池の方から聞こえる…
しかしあの鳥は何を言ってるんだ?
オウムみたいに飼い主が言った言葉を意味も分からずに覚えたのか?
とにかく、池へ行ってみよう…
い、今の声はお前か?
来たな、金の無い者よ。
は?
ナゼ、アナタガタハ、糧ニモナラヌ物ノ為ニ金ヲ費シ、飽キルコトモ出来ヌ物ノ為ニ労スルノカ?
なんだこのアオサギ…
そんなことは余計なお世話だろう…
僕が何に夢中になろうがお前には関係ないことだ。
私ニヨク聞キ従エ!
ソウスレバ、良イ物ヲ食ベルコトガ出来、最モ豊カナ食物デ、自分ヲ楽シマセルコトガ出来ル!
お前に聞き従えば、良いもの、最も豊かなものを食べて楽しむことが出来る?
いったい何が食えるんだ?
決まってるさ。パンだよ。
まるで流れ出る血のようなジャムがたっぷり塗られたジャムパンだ。
血が流れ出るようなジャムパン?
そんなパンのどこが「最も豊かなもの」なんだよ。
とんだ詐欺師のアオサギだな…
耳ヲ傾ケ、私ニ来テ聞ケ!
ソウスレバ、アナタガタハ…
生キルコトガ出来ル!
お前に耳を傾け、お前に来て聞けば、生きることができる?
別にお前の力を借りなくても、僕はもうとっくに生きているんだけど。
ふふふ。やっぱりあんたは何もわかっちゃいねえ。
自分が生きているつもりでいやがる。
え?
あんたは生きてなんかいない。
あんたが元いた世界じゃ、とっくに死んでるんだよ。
僕が… もう死んでいる?
よく考えろ。
あんたは今ここにいる。なぜなら、あんたは元いた世界から、こっちの世界へ来たからだ。
元の世界の僕は、ただ眠っているだけだろう?
「胡蝶の夢」と同じで。
あんたは本当にパプリカだな。
救いようのねえパプリカだ。
パプリカ?
あんたの場合は、こっちだよ(笑)
なんだこれ…
クリストファー・ノーランの『インセプション』と混ざり合った今敏の『パプリカ』?
ちなみに、今敏の『パプリカ』は原作が筒井康隆の小説で、同名のイタリアン・ポルノ『PAPRIKA』が元ネタだ。
すべてのイタリア男が夢中になるマドンナの名前が「パプリカ」なんだな。
『パプリカ』って、イタリアのポルノ映画のタイトル、ヒロインの名前だったのか?
しかし米津玄師の『パプリカ』は違うだろう?
うーむ… それがなあ…
違うとも言い切れんのだよ。
え?
米津玄師が作った『パプリカ』を歌って大ブレイクした「Foorin」のCDジャケット…
これを見て、何か感じないか?
女の子と無数の種…
歌詞に「種をまこう」とあるからだろう…
まあ、実際のパプリカには、あんなにたくさんの種は入っていないけど…
そうじゃない。
このイラストは「アレ」に見えんか?
あれ? 何のことだ?
クリムトの絵…
『ダナエ』だよ。
あっ、確かに…
つまり「晴れた空にタネをまこう」と歌われる「タネ」とは…
ふっふっふ。
だから「ハレルヤ」…「主を賛美せよ」なのさ。
米津玄師の歌『パプリカ』とは「空からまかれた主のタネ(種・胤)を賛美せよ」という内容なんだな。
そういうことだったのか…
子供向けの歌だからといって、米津玄師は子供騙しの嘘をつかない。
それがプロフェッショナル、真の芸術家だ。
というか、米津玄師の話なんてどうでもいい…
元いた世界で僕は、もう死んでいることになってるって本当か?
そうだ。
あんたは元の世界へ帰れなくなって、すっかりこっちの世界の人間になっちまった。
あっちの世界にはもう、あんたは存在しない。
存在しないどころか、存在したことすら無かったことになっているだろうなあ。
それって、歴史が変わってしまったってこと?
僕が帰れなくなったせいで、令和の時代に僕が存在するという歴史が、書き換えられてしまったってこと?
そういうことだな。
あんたの存在した記録はもう跡形もなく消えているだろう。
あんたの映ったすべての写真、動画、SNS、そしてあんたと関わったすべての人の記憶から、跡形もなく…
なんてこった…
僕が夢の中の世界をずっと彷徨っていた間に、僕自身の存在が消滅してしまったなんて…
まあ、そんなに落ち込むな。
こっちの世界も捨てたもんじゃないぞ。
何と言っても、時間の制約から解放され、永遠にあんたの好きな妄想を続けられる。
何年も、いや、何十年、何百年も…
そんなの嫌だよ…
いくらでも深読みが出来るって言っても、誰も聞いてくれる人がいないなんて、空し過ぎるじゃないか。
ふふふ。今さら何を悲しむ。
あっちの世界でもそうだっただろ(笑)
たとえ同じだとしても、僕は元の世界へ帰りたい…
ああ、僕はなぜこんなところへ来てしまったんだ…
こんな変ちくりんな喋る鳥のいる世界へ…
あんた、頭に傷があるだろ?
この世界へ来てしまったのも、俺様の声が聞こえるのも、その傷のせいさ。
頭の傷?
確かに風呂場で滑って頭を打った時に出来た傷があるけど…
なぜお前が知ってるんだ?
俺はあんたのことなら何でも知っている。
仲良くしようぜ、おかえもん。
・・・・・
あんたは今「なぜ僕の名前を知ってるんだ?」と考えた。
俺はあんたの過去も未来もすべてお見通しさ。
カヘッ、カヘッ、カヘッ(笑)
僕の過去も未来もすべてを知っている?
何者なんだ、この鳥は…
そうそう。名乗り忘れてた。
俺様の名はパパゲーノ。
パパゲーノ?
そうだ。よろしく友達。
勝手に友達にするな。
それに僕はこの世界にずっといるつもりはない。
元いた世界へ必ず帰ってみせる。
と言って、はや5年…
現実へ帰るどころか、妄想世界をあちこち彷徨いながら、ますます妄想の沼へ沈み続けている…
ここまでくると、本気で現実世界へ帰りたいと思っているのかどうか…
な、何を言う!
僕は本気だ!本気で帰りたいと思ってる!
どうやったら元の世界へ帰れるんだ、教えてくれ!
パパゲーノ、お前は何でも知ってるんだろう!?
ああ、確かに俺は知っている。
あんたが元の世界へ帰るために「必要なもの」を。
必要なもの? それは何だ?
決まってるだろ。愛だよ、愛。
あんた、愛の歌を知ってるか?
この世に愛が生まれた日の歌を。
愛が生まれた日の歌?
これだろ?
そうじゃない。
愛が生まれた日の歌とは、真の「愛の力」が人間に示された日の歌という意味だ。
愛の力?
『Power of Love』のこと?
なぜそうなる?
どう考えてもこっちだろ。
ああ、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの方か…
さあ、元の世界へ帰るために「愛の力」を練習するぞ。
この歌の練習をするの?
違う。大きな声で「お母さん!」って言うんだ。
愛するお母さんを思い、大きな声で。
大きな声で「お母さん」と言う?
なぜ「愛の力」の練習で「お母さん」と叫ぶ必要がある?
理由などどうでもいい。そういうことになってるんだ。
下らんことを考えずに言うことを聞け。
俺様に聞き従えば、お前の母に会わせてやるぞ。
お前を産む前の母にな。
ぼ、僕を産む前の母さんに会える?
お前は、死んだ母親ともう一度会いたいと、願っていただろう?
その願いもついでに叶うんだぞ。
まさに一石二鳥。カヘッ、カヘッ、カヘッ(笑)
なんて鳥だ… そんなことまで知ってたのか…
お前という存在を生みだすことが出来るのは、お前の母だけだ。
お前を元の世界に再び存在させるには、もう一度お前の母にお前を産んでもらえばいいのさ。
なるほど… 何だか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいだな…
若い頃の母に会ったら、大きな声で「お母さん!」と言え。
そうすれば、眠っていた彼女の母性本能は目覚め、何があってもお前を産む未来を選び、お前は再び生まれる。
再び生まれる力、それが「愛の力」だ。
再び生まれる力…「愛の力」か…
よし…
お母さん!
なんだその蚊の鳴いたような声は?
もっと腹に力を入れて!
うん…
お母さん!
もっと!
耳に聴こえるだけじゃ駄目だ!
え?
あんたの声で震わせるのは鼓膜じゃねえんだよ…
女の本能、母性の神殿、子宮を震わせる声でなければ…
まだ破られていない母の処女膜を、あんたの声で大きく振動させるんだ!
子宮に届く声か… よし…
お母さん!
そうそう、いい感じだ。
俺に子宮があったなら、今頃ジンジンしてるだろうな。
パパゲーノ、気持ち悪いこと言うなよ。
さあ、練習も済んだことだし、若い頃の母さんに会いに行こう。
まだだ。
え?
あんたはまだ「愛の力」をわかっちゃいねえ。
真の「愛の力」が人間に示された日の重大さがわかちゃいねえんだ。
わかってるさ。愛の力は偉大だ。
消滅した僕の存在を再び再生させるように、愛の力は時空を超えて作用する。
クリストファー・ノーランも『インターステラー』で言ってた。
それはレオン・ラッセルの『A SONG FOR YOU』。
『INTERSTELLAR』の「愛の歌」はこっちだ。
わ、わかってるよ。ちょっと間違っただけだ。
さて、ホントにどこまでわかっていることやら…
それじゃあ、ひとつ、テストでもしてみるか。
テスト?
これを見て、何を思う?
あんたに「愛の力」が、わかるかな?