我々はどこから来たのか？我々は何者か？我々はどこへ行くのか？《深読み 千と千尋の神隠し＆タイタニック》vol.19
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2019年12月XX日
途方もない考えに取り憑かれた男の夢の中
第一階層『千と千尋の神隠し』
国道21号の分かれ道
もう、そうとしか思えないわね…
さてジャックのスケッチブックは、これでおしまい…
それじゃあ、時計と天使像のある大階段の解説に戻…
いや、まだだ。
えっ？
最も重要な絵が残っているだろう…
ジャックが見た「未来のビジョン」が描かれている、最も重要な絵が…
あ、確かに…
一番大事な画を忘れていたわ…
海の中から引き上げられた宝石の貴婦人「ハート・オブ・オーシャンを身につけたローズの裸婦像」…
かつて「Heart of the Ocean」はフランスにあり、フランス語で「La Coeur de la Mer」と呼ばれていた…
「coeur」とは英語でいうところの「core」…
つまり「海の心臓」「海の核心」という意味…
この伝説の至宝を長年探していたトレジャーハンターBrock Lovett（ブロック・ラヴィット）にとって、唯一の手掛かりともいえる「絵に描かれた人物」の出現は…
まさに「救世主の降臨」に等しいものだった…
だけど口の悪い助手 Lewis Bodine（ルイス・ボーディーン）はローズを信用しなかった…
ボーディーンは、「あの絵の中の女性は私」と主張している老婆が若い頃にチープな三流映画に出演していたことを突き止め、こう言った…
She's a very old goddamn liar
こいつはとんだ嘘つきババアだ
これは「見た目の性的魅力や芝居じみた嘘で人を騙すこと」を意味する単語「foxy」を暗示している（笑）
その通りだレウコノエ…
トレジャーハンターの右腕的存在ルイス・ボーディーンは、いつも悪態をつき下品な言葉遣いをしているが、実はそのセリフが物語を読み解くヒントになっている…
彼を演じているルイス・アバナシーの本職は、実際にタイタニックを研究していた海洋学者で、役者としてはズブの素人…
しかしジェームズ・キャメロンは、素人であるアバナシーにボーディーン役をやってもらうことを前提に脚本を書き、「素で演じて欲しい」と出演を依頼した…
これを聞いたアバナシーは驚きながら「作品をぶち壊してもいいなら出演する」と言ってオファーを受けたという…
「作品の破壊」どころか、実は「作品の理解」に一役買っているとは露知らず（笑）
さて、あの暴言の後に彼はこう続ける…
もちろん言ってる本人は気付いていないだろうが、このセリフは非常に重要な内容をはらんでいる…
ここには「ローズの秘密」が隠されているのだ…
BODINE : I traced her as far back as the 20's... she was working as an actress in L.A. An actress. Her name was Rose Dawson. Then she married a guy named Calvert, moved to Cedar Rapids, had two kids. Now Calvert's dead, and from what I've heard Cedar Rapids is dead.
ボーディーン「俺が1920年代まで遡って彼女の経歴を洗ってみたところ、ロサンゼルスで女優をしていたことがわかった。女優だぜ。名前はローズ・ドーソン。そしてカルバートという名の男と結婚し、シーダーラピッズへ引っ越し、子供は二人いた。今はもうカルバートはこの世にいない。シーダーラピッズに問い合わせたところ、カルバートは死んだそうだ」
短いセリフだけど、たくさんの情報が隠されているわ…
ボーディーンは、ローズの経歴をすべて調べ上げたような口調だったけど、それは「1920年代」からのものだった…
だけどローズがタイタニック号沈没事故の混乱に乗じてニューヨーク港の入国審査官に偽名であるDawson（ドーソン）姓を名乗って不法入国したのは「1912年」のこと…
そこから少なくとも「8年間」の空白期間がある…
ローズの人生の、秘められた空白期間…
その秘密の答えは、あの時ローズが「見つめていたもの」の中に隠されている…
放心状態で見つめていた「STATUE OF LIVERTY（自由の女神像）」ね…
もっとも、ローズの目には「別のもの」に見えていた…
老ローズの長い長い回想は「自由の女神像」で終わった…
そしてその直後にボーディーンは、またもや秘密の核心部分に迫る重大な発言をする…
それを受けてローズは「秘密の答え」を明かすが、ボーディーンもトレジャーハンターも孫娘のリジーも、誰も気付いていなかった…
ボーディーンは、まさに「狂言回し」ね…
しょーもないことしか言わない「能天気キャラ」だと思わせといて、実はその言動が物語の核心へ導くものになっている…
あのセリフなんて、もうヤバ過ぎるでしょ（笑）
BODINE : We never found anything on Jack. There's no record of him at all.
ボーディーン「俺たちはジャックに係わるものを何ひとつ見つけられなかった。一切存在しないんだ、彼の残された記録は」
the darkest place is under the lamp…
最も暗い場所はランプの下、つまり、いくら探しても見つからないものは案外身近なところにあったりする…
いわゆる「灯台下暗し」というやつだな…
いくら探しても見つからなかったジャックの存在を証明する「record」は、実は目の前の人物の中にあった…
さすがボーディーンが「人を騙すプロ」と評した元女優のローズ、観る者すべてを騙す一世一代の名演技と言えよう（笑）
女のコア部分は秘密の深海…
新しい命を生み出す神秘のコードが奏でられるところ…
では冒頭のボーディーンのセリフに戻ろう…
彼が調べた結果、ロサンゼルスで女優をしていたローズは「Calvert」という名の男と結婚し、アイオワ州リン郡にある田舎町「Cedar Rapids（シーダーラピッズ）」へ移り住んだ…
子供は２人いたという…
今なら何てことはない話だけど、ローズはとんでもない距離を移動しているわよね…
ジェット機がある現代では普通の国内移動に過ぎないけど、1910年代や20年代の感覚では、そうじゃない…
ニューヨークからロサンゼルスも、ロサンゼルスからシーダーラピッズも、どちらも鉄道で数日間かけての移動になる…
ほとんど見知らぬ国に行くようなものだわ…
捨てた親族や婚約者キャル、そして友人や知人などに見つかってしまう恐れのある東海岸から、自分のことを誰も知らない西海岸へ逃げるのはわかる…
しかしなぜカルバート氏との結婚生活を送るために再び大移動を行い、今度はアメリカ中部の町、しかもアメリカ人でもイメージのわかないマイナーな町シーダーラピッズへ引っ越さねばならなかったのか…
仮にもしそこがカルバート氏ゆかりの地なら、ジェームズ・キャメロンはボーディーンにこう言わせたはずだ…
「そしてカルバートの故郷アイオワ州シーダーラピッズに引っ越した」と…
しかしそうは言わせなかった…
隠された「他の理由」があるってことね…
旧知の人々がいるアメリカ東部を避けたように、ローズはアメリカ西部からも離れなければならなかった…
そうなると残された場所はアメリカ中部のみだけど、五大湖周辺のシカゴやミシシッピ川沿いのセントルイスなどは危険…
ローズの過去を知る人が多く住むペンシルベニア州ピッツバーグからそんなに遠くないし、大都市では身バレの可能性が常についてまわる…
選ばれた場所が「Cedar Rapids」であることも重要だ…
なぜジェームズ・キャメロンは、数あるアメリカ中部の町の中から、わざわざこの町を選んだのか…
その美しい自然から「City of Five Seasons（五つの季節をもつ町）」と呼ばれる町…
「winter, spring, summer and fall」の次があるとされるシーダーラピッズを…
ズバリ、答えは「町の名前」ね（笑）
ローズは結婚前に夫以外の子供を身籠り産んでいるから…
その通りだレウコノエ…
そもそも「Cedar Rapids」という町の名前は、とても変わっている…
「cedar」とは町の中央を流れる「シーダー川」のことで、「rapids」とは「早瀬・急流」という意味…
つまり「シーダー川の早瀬・急流」という名前なのだ…
町の中央に流れる早瀬…
大きな町のようなタイタニック号の中央「時計と天使像のある大階段」にも、海水が早瀬のように流れた…
そして「シーダー川」の「cedar」とは、この川沿いにたくさん生えている木、ヒノキ科ビャクシン属の針葉樹、いわゆる「red cedar」のこと…
その正式名は「Juniperus virginiana」、つまり「ジュニパーの処女」という…
juniper（ジュニパー）は、お酒のジンで有名ね…
ジン特有のあの香りは、ジュニパーの木の実 juniper berry（ジュニパーベリー）で付けられたもの…
その通り…
ちなみに「juniper（ジュニパー）」の木の実で香りづけされた酒なら「jun（ジュン）」と呼ぶのが普通のはずだ…
しかしイギリス人は「ジュン」と呼ばずに「ジン」と呼んだ…
その理由は、製法を教えてくれたオランダ人が、ジュニパーを「genever」と呼んでいたから…
「gene（ジーン）」が「gin（ジン）」になったわけだな…
そして「ジュニパーの処女」といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵…
ジュニパーが生い茂る川辺をバックに、結婚を控えた美しい娘が描かれた『ジネーヴラ・デ・ベンチの肖像』…
『Ritratto di Ginevra de' Benci』
Leonardo da Vinci
当時、フィレンツェの上流階級の間で、ジネーヴラ・デ・ベンチの美しさは評判になっていた…
彼女は17歳で結婚することが決まり、その前に肖像画を残しておこうと、レオナルド・ダ・ヴィンチに依頼する…
まるで、結婚が決まっていた17歳のローズが、ジャックに肖像画を依頼したように…
というか、両者はそっくり…
確かに彼女は「黒い襟のついた赤茶色のガウン」を着ているように見える…
そして胸元の「青い部分」は「青い宝石のついたネックレス」に…
もう、そうとしか思えないわ（笑）
ちなみにレオナルド・ダ・ヴィンチがジネーヴラの肖像の背景に「ジュニパー」を描いたのは…
彼女の名前「Ginevra」と、イタリア語で「ジュニパー」を意味する「ginepro」の発音が、よく似ているためだ…
つまり駄洒落、オヤジギャグ（笑）
さて、そもそも「ginepro」や「juniper」の原型であるラテン語「juniperus」は、「junio＋parere」という構造になっている…
「junio」は「ジュニア」、つまり「幼い者・息子」ということ…
そして「parere」は「産む・産生する」ということ…
つまり「Juniperus virginiana Rapids」である「Cedar Rapids」とは…
「急流の幼き者（息子）を産んだ処女」という意味になる…
もう「答え」はバレバレ…
だけどその前に、英語の「ジュニパー」の由来をもう１つ…
「Juniper」という名前には別の由来がある…
とっても興味深い由来が…
その通り。Guinevere（グィネヴィア）だな…
イギリスの女性名 Guinevere（グィネヴィア）の愛称が Jennifer（ジェニファー）なのは Juniper（ジュニパー）が関係している…
古ケルト語由来の名「Guinevere」は、ラテン語の「Juniperus」と発音がほとんど一緒だった…
だからイギリス人は両者を混同し、「Guinevere」を「Juniper」と呼び、さらに「Juniper」が転訛して「Jennifer」になった…
ちなみに「Guinevere（グィネヴィア）」とは「white fair spirit」という意味…
つまり「白くて穢れの無い聖なる霊」という意味だ…
Guinevere（グィネヴィア）は『アーサー王物語』のヒロインで有名ね…
アーサー王という夫がいるにもかかわらず、円卓の騎士ランスロットと恋に落ち、肉体関係をもってしまう…
ちなみにイケメンのランスロットは、若くして両親を失うという不幸な境遇の青年で、妖精によって湖で育てられたという過去がある…
レオナルド・ディカプリオ演じるジャックの幼少時代の逸話「早くに親を失い、いつも湖で釣りをしていた」は、これが元ネタ…
というわけで、ジェームズ・キャメロンがローズの町として選んだ「Cedar Rapids（シーダーラピッズ）」には、次のような意味が隠されていた…
「中央を流れる急流」
「早瀬の幼き者（息子）を産んだ処女」
「白くて穢れの無い聖なる霊」
もう説明不要だろう…
ジェームズ・キャメロンが伝えようとしているのは、フラ・アンジェリコの絵『受胎告知』だ…
『Annunciation』
Fra Angelico
神の手から放出される「けがれなき白い鳩・聖霊」が下っていく「光の道」は、まるで黄金色の「早瀬・急流」に見える…
だから宮崎駿も『千と千尋の神隠し』でそう描いた…
けがれなき幼女の頃に千尋が流された、黄金色の宝石の名が付いた川「琥珀（コハク）川」の「早瀬・急流」として…
「早瀬・急流」といえば、日本にこんな古い詩がある…
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふ
日本人はうまいことを言ったもんだ…
知ってるこれ。日本のクラシック・カルタ「百人一首」でしょ？
こんなのもあったわよね…
わびぬれば 今はた同じ ランバ・ラル…
ランバ・ラル？
それを言うなら「難波なる」だろう…
そうそう。ちょっと言い間違えちゃっただけ（笑）
わびぬれば 今はた同じ 難波なる
みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
これが言いたかったの。
「難波」と「ランバ」も似ているが、「難波」と「ナンバー」はもっと似ている…
そして難波して海底に沈んだジャックとローズの「本当の物語」には「ナンバー」が深く関わっている…
ジャックが「make it count」と言った「number」が…
それを読み解くヒントを与えてくれるのは、やっぱりあの男…
我らが愉快な狂言回し、ルイス・ボーディーン（笑）
その通りだレウコノエ…
では、彼の調べた「ローズの経歴」に戻ろうか…
ローズの町「Cedar Rapids」と、フラ・アンジェリコの『受胎告知』…
そして「空白の8年間」…
いったいローズのどんな秘密が隠されているのか…
つづく
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