「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇⑳&読みたいことを、書けばいい。」(第246話)
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2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
さるがしま?
そう。島に猿がいる。いっぱい、いっぱい。
矢が立った石のトラは?
それはちょっと脇に置いといてくれる?
急に思い出しちゃったんだよ、大事なことをさ。
とってもとっても大事な記憶を…
ここに流れ着く前に君は、そんなところに居たの?
広い海のどこかにある不思議な猿の島に?
うん。僕は行ったんだ。猿ヶ島に。
人間はひとりもいなくて、猿だらけの島?
そうだよ。人間がいたら猿ヶ島じゃないでしょ?
それは人ヶ島だ。
うふふ。そういうことか。
もう騙されないわよ。
へ?
猿しかいないと思っていた島で、最後に「人」を見たんでしょ?
・・・・・
君は見た…
その島に、ありえない「人」の姿を…
・・・・・
それは、人の形をした「神」の姿…
・・・・・
君が行ったという「猿ヶ島」のオチは…
「自由の女神を見てビックリした」よ!
・・・・・
うふふ。その顔は、どうやら図星ね。
もう君のパターンは読めちゃった(笑)
そうやって僕を小僧あつかいしないでくれるかな。
え?
確かに僕は神様を見た。
だけど僕が見たのは「自由の女神」みたいにハイカラなものじゃないんだ。
ハイカラじゃない? どういうこと?
あんな洋行モノじゃないってこと。
僕が見たのは稲荷だよ。お稲荷様。
いなり?
やれやれ。
まさか「稲荷」を知らない人が、まだこの世界にいたとは…
インスタとかやってないの?
ああ!これ知ってる!
日本に行った外国人が必ずインスタにアップする「INARI」ね!
私も死ぬまでに一度は、ここへ行ってみたい!
あの赤いトーリをくぐってみたい!
トーリじゃなくてトリイ。
そうそう、トリー!
ちなみに聞くけど…
なんで稲荷の鳥居が長いトンネルみたいになってるか知ってる?
イナリのトリーが長いトンネルみたいになってる理由?
普通はあんなに要らないんだ。人がくぐる門みたいなものだから1個あれば十分。
だけど稲荷だけは、あんなふうになっている。
なぜだと思う?
うーん。なぜかしら?
もしかして、人が生まれる時に通った「産道」を模しているってこと?
胎内回帰を表現してるとか?
ありがちだよね、そういうストーリー。
違うの? じゃあ、いったい何のために?
常識的に考えてみなよ。
「それ」がくぐるには、あれくらいの長さが必要なんだ。
それ?
まだわかんないかな。
「それ」は、とっても長い首なんだよ。
だから、あれくらい鳥居がないと、くぐった気がしない。
長い首?
地球上で一番有名な「長い首」といえば?
キリン?
そう。長い首といえば麒麟。
「稲荷」とは「麒麟」のことなんだ。
どうして?
僕のパターンは読めたんじゃなかったの?
いつものアナグラムとマッチ棒クイズの合わせ技だよ。
へ?
ほら。「INARI」は「KIRIN」でしょ?
あらまあ。ホントだ…
「稲荷」の鳥居は、長い首の「麒麟」のために、あんな造りになった。
これは常識だ。
だけど確かイナリのマスコットってキツネじゃなかった?
それに日本にはキリンはいなかったでしょ?
そう。日本に「麒麟」はいなかった。
海の向こうから又聞きで伝わってくる伝説の存在だったんだ。
だから日本人は想像を膨らませたんだよ。
「麒麟」は「首が長い」らしい。それならば「稲荷」にはこれくらい「トリイ」が必要だ…
とね。
そうなんだ。知らなかった…
やれやれ。ようやく「稲荷」のことがわかってもらえたようだね。
ええ。それじゃあ猿ヶ島の話を詳しく聴かせてくれる?
君が流れ着いたというその島で、いったい何があったの?
えへへ。とんでもなくすごい話だからね。
ドッキリしてビックリして座りションベンして馬鹿になっても知らないよ(笑)
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
太宰治? さるがしま?
そう。太宰治の『猿ヶ島』だ。
田辺聖子は太宰治の肩に乗り、その田辺聖子の肩に…
ヤン・マーテルは乗った…
Yann Martel
ちょっと待って。何を言ってるのか全然わからない。
あのラストシーンのホテルへ到着する前、ジョゼと恒夫が動物園に行った逸話が挿入されていたよね?
二人が初めて肉体関係をもち「共棲み」関係になった後、ジョゼは動物園に行きたいと言った。
トラを見に行ったんですよね。
ジョゼは好きな人が出来たらトラを見に行こうと考えていました。トラは怖くて不安だけど、すがれる人がいれば大丈夫だから。
まず田辺聖子は、ジョゼが施設に入っていた頃の話をした…
ジョゼが連れていって欲しい、といったのは動物園だった。前にいっぺん施設にいたとき、ボランティアの人々につき添われ、バスで出かけたが、時間に制限があって、鳥類と猿が島と象舎だけしか廻れなかった。動物園は広すぎるし、障害者たちは疲れやすいのだった。
あっ。猿ヶ島!
ここは何という動物園なのですか?
「猿ヶ島」「関西」でググると、ここが出て来ました…
京都の福知山市動物園だそうです…
福を知る山…
ウリ坊に乗る子ザルが居たところですね。
そうじゃないでしょ。福知山と言ったら明智光秀よ。
2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』は福知山が舞台。
うふふ。なんか似てるわよね。
何がですか?
明智光秀に入って行く黒い影と…
ユダに吹き込まれた黒い影…
ん? どういうことでしょう?
あっ!HP見たら福知山市動物園には象舎がないじゃん…
きっとこっちのことよ。
今はもうなくなっちゃった甲子園阪神パークの「猿ヶ島」…
甲子園球場の隣に動物園があったんですか?
ジョゼは子供の頃、甲子園の近くに住んでいたから、おそらくこっちでしょうね…
この「猿が島」と「太宰治」が何の関係があるわけ?
太宰治はいったん脇に置いといてくれ。まずは「動物園シーン」を解説しなければならない。
さっきの描写で何か不自然なことに気がつかなかった?
ジョゼが施設にいた頃に行ったバス旅行の描写で…
確かに不自然でした。
せっかくのバス旅行なのに、鳥と猿と象を見ただけでお終いなんて…
普段は外出もできないほどの重度の障害者さんたちなら、短時間だけというのもわかりますが…
まさにそう。
あの描写が不自然なのは、田辺聖子が「嘘」をついているからなんだ。
またですか? またあのホテルみたいに?
この「動物園」とは「ゲッセマネの園」のこと。
「ゲッセマネ」とはアラム語で「オリーブの酒舟」という意味で、エルサレム旧市街地の裏手、オリーブ山の麓にある。
あっ!「疲れやすい」って…
その通り。
広いゲッセマネの園を歩き回ったので、イエスの弟子たちは疲れて居眠りしてしまった…
『ゲッセマネの祈り』
アンドレア・マンテーニャ
うわあ…
そしてジョゼが「怖くなって失神しそうになっても、好きな男の人がいれば、すがることができる」と言ったのは、これのことね…
『ゲッセマネの祈り』
カール・ブロッホ
その通り。
ゲッセマネの園で祈りながら、イエスは「咎無くて死す」という定めに恐怖し、血の汗を流したという。
しかし、ジョゼが見た「虎」は?
トラは「神」のことでしたが、イエスは神の姿を見ていません。
何度も天の父に呼びかけましたが、返事もしてくれませんでした…
確かにそうね…
田辺聖子が書いた虎の描写は何だったの?
田辺聖子は、ジョゼが虎を見た日を、こんなふうに説明していた。
はじめて春らしい日ざしになったせいか、平日なのに思ったより人が多い。
そして虎をこう描いた。
虎は、行ったり来たりの運動を止め、ジョゼの前で停まる。(中略)やがて虎は、その一撃ちで象でも倒しそうな力強い前肢で、コンクリートの床をやるせなげに叩き、身もだえて咆哮した。
実はこれ…
この絵のことを言っているんだよ…
『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ
ええっ!? ゴルゴダの丘?
ていうか、この絵のどこに虎が?
「動物園」は「ゲッセマネの園」なのではなかったのですか?
動物園は「ゲッセマネの園」だよ。
それにちゃんと「虎」もいる。
は?
うふふ。
田辺聖子はアンドレア・マンテーニャの2つの絵を使ったの。
2つの絵?
マンテーニャの『ゲッセマネの祈り』と『磔刑図』を、よく見比べてごらんなさい…
十字架のイエスの横は「ゲッセマネの園」だし…
しかも、あの岩…
「祈るイエス」にも見えるし、「虎」にも見える…
な、なによこれ!
「ゲッセマネの祈り」が、そのまま「虎」になっている…
シマシマ模様の、石の虎に…
ありえない…
「ありえる」そうよ(笑)
嘘みたいな話だが、トラの言う通り、これは疑いようのない事実。
なぜ田辺聖子は、こんなことを?
どうやって発見したの?
太宰治だよ。
太宰治の使ったネタを、そっくりそのまま踏襲したんだ。
太宰が使ったネタ?
サラッと文中で名前を出した『猿ヶ島』ね。
太宰の処女短編集『晩年』に収録された初期の隠れた名作。
元ネタを隠さず、ちゃんと読者にわかるよう提示するあたり、さすが一流の物書きだわ。
今から話すことは『ジョゼと虎と魚たち』だけでなく『ライフ・オブ・パイ』にも大いに関係すること…
『猿ヶ島』は短い作品だから、ちょっとここで一読してほしい。
kindleでも青空文庫でも無料で読めるから。
そこまで教官が言うのなら、絶対に何かありそうですね…
では私はkindleで…
じゃあ、わしはYouTubeにあるオーディオブックで。
んもう。音出されると気が散るからやめてくれない?
イヤホンしてよね。
さあ、おのおのがた。読書タイムじゃ!
つづく
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