「深読み INCEPTION(インセプション)⑧」(第206話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
ありがとう…
『インセプション』を語る上で、ここを避けては通れないからね…
その前に『シェルブールの雨傘』のダイジェストを見ておきませんか?
ずいぶん昔に見たっきりだから、どんなストーリーだったか、あやふやで…
Les Parapluies de Cherbourg
(The Umbrellas of Cherbourg)
詳しいストーリーは、こちらです…
『シェルブールの雨傘』なのに…
「シェル」ではなく「Esso」」とは、これ如何に…
そこも重要ですね、『インセプション』的には…
えっ?そうなの?
ダジャレを言うのは誰じゃ?
えへへ。
では、まず「Esso」についてから話しましょうか…
そういえば、最近Essoのガソリンスタンドを見ませんね。
都内に少ないだけ?
日本では経営統合されてENEOSになっちゃったのよ。
えっ、そうだったんですか。
エッソといえば、あのCMが懐かしいわ…
ええっ!? ルパン三世がCMやってたんですか?
というか、なぜトラ?
世界におけるEssoブランドのイメージキャラクターは「虎」だったんだよ。
知らなかった…
なんだかシリアルみたいですね。
ところで、そもそも「ESSO」って、どういう意味なのかしら?
またラテン語でしょうか?
なんか、そんなのあったわよね…
「ESSO HOMO」だったっけ?
それを言うなら「ECCE HOMO」。
確かに「ESSO」はラテン語っぽく見えるけど、そうじゃない。
「Eastern States Standard Oil」の頭文字だ。
「東部州のスタンダード・オイル」という意味だね。
東部州? スタンダード・オイル?
かつて、エネルギー業界最大手だった「スタンダード・オイル」がルーツなんだ。
まずはスタンダード・オイルの歴史から説明しよう。
スタンダード・オイル(SO)は、大富豪ジョン・ロックフェラーらによって1870年に設立された。
そしてライバル会社をどんどん吸収して拡大を続け、十年後にはアメリカ国内における石油精製能力の90%を占めるまでに至る…
90%? ほぼ独占状態じゃないですか。
その通り。
当然のことながらエネルギー業界内ではSOの巨大化に反発の声が高まり、ついに裁判所から解体命令が下される。
長きにわたった法廷闘争の結果、1911年、SOは業務・地域別に、30以上もの会社に解体されてしまったんだ…
世界のエネルギー産業を支配していた、モーリス&ロバート・フィッシャー親子の巨大コンツェルンみたい…
フィッシャー親子のモデルは、ロックフェラー親子だからね。
ジョン・ロックフェラー・ジュニアは、巨大帝国を築いた父と違って、ビジネスよりも慈善活動に没頭した。
まさに、父と違う道を歩んだロバートだ。
で、解体されたスタンダード・オイルの1つが、Essoこと「Eastern States Standard Oil」なの?
「Esso」というのは、30以上に分解された会社の1つ、スタンダード・オイル・オブ・ニュージャージーが展開したブランド。
SOニュージャージー社は、この「Esso」というブランドを掲げて、どんどん勢力を拡大していった。
世界各地でEssoのガソリンスタンドを展開していったのも、このSOニュージャージー社の現地法人や代理店だ。
それじゃあ『シェルブールの雨傘』の主人公ギイは、SOニュージャージー社のフランス現地法人か代理店に契約料を払って、Essoのガソリンスタンドをオープンさせたってわけね。
そういうこと。
ちなみに映画のラストシーンは「1963年」のクリスマス・イブだった。
それがどうしたの?
本来なら、あの「Esso」という名は、別のブランド名に変わっているはずだった…
SOニュージャージー社の野望のため…
ブランドの世界統一による巨大帝国復活という野望のために…
は?
世界各地でEssoブランドを確立したSOニュージャージー社は、いよいよアメリカ国内の統一に着手した…
バラバラになっていた旧SO系企業を傘下に収め、ブランドをEssoに統一するという悲願を達成するために…
しかし、それに待ったがかかった。
Essoという名前はスタンダード・オイルを想起させるからという理由で、旧SO系企業から裁判を起こされてしまったんだ…
ええっ!?それって、ほとんど言いがかりじゃない?
だけど他の旧SO系企業は、SOの文字が入っていないブランド名で勝負していたから、「お前らだけズルいぞ!」と突っ込まれるのも仕方ない部分はある…
そこでSOニュージャージー社は大胆な策に出た。
それまで展開していたEssoという名を捨て、海外も米国内もすべて新しいブランド「ENCO」で統一すると発表したんだ。
そのものズバリ「ENERGY COMPANY(エネルギー・カンパニー)」の略「ENCO」でね…
これが1960年頃のこと…
しかし『シェルブールの雨傘』のガソリンスタンドは、1963年も「Esso」のままでした…
その後、何があったのでしょうか?
日本人だよ。
日本人?
Essoの日本代理店が、世界統一ブランド「ENCO」に異を唱えたんだ。
日本人が? なぜでしょう?
日本で「エンコ」といえば「エンジン故障」のことを指す…
そんな縁起の悪い名前のガソリンスタンドには誰も来たがらない、とね…
は?
今はあんまり聞かないけど、確かに昔は「エンコ、エンコ」って言ってたかも…
「レーコー」みたいなもんですか?
こうして、日本人の抵抗により、旧スタンダード・オイルのENCOブランドによる世界シェアNo.1獲得の夢は閉ざされたというわけだ…
まるでフィッシャー社の独占を阻止した日本人サイトーみたい…
ちなみに、この話には続きがある。
続き?
1970年代中頃のこと、再び世界統一ブランドの話が持ち上がった。
今度の名前は「EXXON」だ。
エクソン? エクソン・モービルのエクソンですか?
その通り。
日本人の思わぬ横槍で頓挫したENCOの轍を踏まないように、慎重に選ばれた名前だ。
まずは米国内のブランドがEXXONに統一され、次に世界各地のEssoもEXXONへ変更する旨が通達された…
だけど、統一されませんでしたね…
いったい今度は何が?
また日本人に阻止されたんだよ…
えっ!?またですか!?
なぜ?
「エクソン」には「クソ」が入っているから、という理由で…
へ?
そんなウンコみたいな名前はガス・ステーション的には困る…
と、日本人が苦情を申し立てたんだ…
それこそクソリプじゃないですか…
エクソンは糞だからダメって…
ガリクソンやエリクソンは日本人に受け入れられたのに…
70年代では、時代が少し早かったのかもしれないね。
しかし70年代にはニクソンがいました…
「ニクソン・ショック」が起きただろう?
それって名前に対するショックだったんですか?
こうして、旧スタンダード・オイル社の世界統一は、二度にわたって日本人に阻止された…
嘘みたいな本当の話だ…
『シェルブールの雨傘』のガソリンスタンド「Esso」から、よくもまあ、ここまで話を紡ぎ出せるとは…
さすが深読み探偵じゃのう…
僕が紡ぎ出したのではありません…
クリストファー・ノーランが見つけた道を、僕はただ辿っているだけ…
そうそう!ラストシーンの話よ!
『シェルブールの雨傘』のラストシーンが『インセプション』のラストシーンと同じように「夢」だなんて…
あたし、どうしても信じられない…
あのラストシーンの夜すべてが「夢」という可能性もあるけど…
夢オチというのは面白くないから…
僕は、主人公ギイの妻マドレーヌによる、夫への「インセプション」という立場をとりたい…
妻マドレーヌによるインセプション?
突如現れた昔の女ジュヌヴィエーヴは、実は妻マドレーヌだ。
ジュヌヴィエーヴに姿を変えた、妻マドレーヌ…
姿を変えた?
『インセプション』の偽装師イームスみたいにですか?
その通り。
そうでないと、一連の不自然な描写が説明できない…
不自然?
変だと思わなかった?
あのラストシーンのセリフや展開のすべてが…
そういえば…
妻と子供が出かけた直後に、女が子供をつれて現れたわ…
そして女と子供が去った直後に、妻と子供が帰ってきた…
まるで、タイミングを見計らったように…
そんなこと言うのは無粋ですよ。
エンタメなんですから、御都合主義でいいじゃないですか。
確かにエンタメだから、それでもいいんだけど…
ちょっと露骨なんだよね…
どう考えても、画面から消えた瞬間に「入れ替わっている」としか思えない…
そう言われると、そういうふうにも見えますが…
うふふ。マドレーヌちゃん、かわいい…
思わず「自分の正体」を言っちゃいそうになってたわよね(笑)
え?
あやうくバレそうにもなっていました…
まさか「バイトの青年」に、あんなことを質問されるとは…
完全に虚を突かれていましたね…
だけど、あのお兄ちゃんは、とってもいい仕事をしている…
もしかしたら、この『シェルブールの雨傘』という作品の中で…
いちばん重要な存在かもしれない…
ええ、確かに。彼は非常に重要ですね。
彼がこの『シェルブールの雨傘』という物語を「完結」させました…
あ、あの青年が?
いったい、どういうことなのでしょう?
では、詳しく解説しようか…
『シェルブールの雨傘』のラストシーンが、妻による夫への「インセプション」である、ということを…