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深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか!(『虎に翼』主題歌)』第18話


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2024年3月中旬
東京都渋谷区神南
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それでは、竜鉄也『奥飛騨慕情』最後の3番・・・

問題の「谷間の白百合」だ。



抱いたのぞみの はかなさを…

知るや 谷間の白百合よ…


ここまで来れば、もうわかるだろう呉羽君。

「谷間の白百合」とは?


谷間の白百合・・・

リリバリ(LILY OF THE VALLEY)っすかね?



く、呉羽ァ!


田木さん、そんな大声出さなくても・・・

ジョーダンっすよジョーダン(笑)


この非常時に冗談など要らん!

ふざけるのもいい加減にしろ!


今の曲は・・・


LILY OF THE VALLEY の『マリー・マリオネット』っすよ。

教官ともあろう人が、リリバリを知らないんすか?


呉羽ァ!なんだその口の利き方は!


だから田木さん、そんな大声を・・・


すみません神南恭一郎・・・

私の教育が至らぬばかりに・・・


いいのだよ田木君・・・

呉羽君が提示した今の曲は、あながち間違いではないかもしれん・・・


は?


リリバリの歌『マリー・マリオネット』は・・・

まさに「谷間の白百合」のことを歌っている・・・


へ?


ほーら田木さん。教官の言葉、聞きました?

俺のジョークは真理をついているそうっすよ(笑)


い、いったい、どういうことで?


LILY OF THE VALLEY の『マリー・マリオネット』は、マリーのこの言葉で始まる・・・

「髪飾りは緑がいい」・・・



髪飾りは緑がいい・・・

それがどうしたというのですか?


なんか、八代亜紀の『舟歌』っぽいっすよね(笑)

♫お酒はぬるめの燗がいい~♫



く、く、呉羽ァ!また余計なことを!


落ち着きたまえ田木君・・・

『マリー・マリオネット』の冒頭フレーズ「髪飾りは緑がいい」から、『舟歌』の冒頭フレーズ「お酒はぬるめの燗がいい」を連想するのは当然だ・・・

そもそも、この2つの歌の元ネタは、同じものなのだから・・・


え?


リリバリの『マリー・マリオネット』を知らなかったのは、私の不勉強だったな・・・

教えてくれてありがとう呉羽君・・・


リリバリの『マリー・マリオネット』と八代亜紀の『舟歌』が同じ元ネタ?

どういうことっすか?


君は『マリー・マリオネット』という題名を聞いて何も思わなかったのかい?


『マリー・マリオネット』っすか?

フランス革命で斬首された王妃マリー・アントワネット(マリア・アントーニア)の駄洒落っすよね?

神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア女大公マリア・テレジアの間に生まれ、オーストリア・ハプスブルク家とフランス・ブルボン家の政治的同盟のためにフランス国王ルイ16世と結婚し、脳天気に贅沢三昧な暮らしをしていたマリーを「操り人形」に重ねて茶化した歌です。



「マリー・マリオネット」とは、そういう意味ではない。

そんなふうにマリー・アントワネットを茶化したら、オーストリア人に失礼だろう。


違うんすか?


そもそも「マリー・マリオネット」のモデルが「マリー・アントワネット」なら「髪飾り」ではなく「首飾り」だ。

変だと思わないか?



あ、確かに・・・

それじゃあ、なぜ「髪飾り」なんだろう?

しかも「緑がいい」と色まで指定して・・・


難しく考える必要はない。

「マリー・マリオネット」がつけているのは「首飾り」ではなく「髪飾り」だからさ。

「緑」の色をした「髪飾り」をね。


「マリー・マリオネット」がつけている「髪飾り」は「緑」の色・・・

いったい「マリー・マリオネット」って誰なんすか?


マリオネット(marionnette)という言葉は一般的に「糸繰り人形」のことを指すが、そもそもの意味は「聖母マリア」の愛称、つまり「マリアちゃん(小さなマリア)」だ。


マリオネットって、聖母マリアのことだったんすか?


中世ヨーロッパでは、聖書の物語を幼い子供たちに教えるため、人形劇にして見せていた。

今も昔も少女たちは「お人形」が大好きで「お姫様・プリンセス」に強い憧れをもっている。

だから可愛らしい聖母マリアがヒロインになって活躍する劇が大人気で、子供たちは人形師に「聖母マリア物語を見せて!」とおねだりした。


神の特別な計らいによって無原罪の御宿りで生まれ、幼い頃から神殿へ奉公に出て一生懸命働き、その気立ての良さを運命の人ヨセフに見初められ、穢れのない体のまま奇跡の子を授かる・・・

ディズニープリンセスに憧れる現代の女の子みたく、中世の女の子たちが聖母マリアに憧れるのも当然っすね。


このように中世ヨーロッパの人形劇では、聖母マリアを主人公にした物語が演じられることが多かった。

だから、いつのまにか、人形劇で使う糸繰り人形を「小さなマリア(マリオネット)」と呼ぶようになったというわけだ。


『Les Marionettes polonaises』
(『ポーランド風マリオネット』)
Jean-Pierre Norblin de La Gourdaine
(ジャン=ピエール・ノルブラン・ド・ラ・グルデーヌ)


なるほど・・・

じゃあ「マリー・マリオネット」って名前は「マリア・小さなマリア」っつー意味だったのか・・・

マリアがダブってて、なんか「馬から落馬」っぽいっすね(笑)


まあ実際のところ、聖母マリアは「糸繰り人形」ともいえる・・・


え?

主のはしため(女奴隷)、つまり神の操り人形ってことっすか?


フラ・アンジェリコの絵『受胎告知(コルトーナ)』は、聖母マリアの頭上から「一本の線」が垂れ下がっていて、マリアの全身(頭・体・手・足)とつながっているように見える・・・

まるで糸繰り人形、マリオネットのように・・・


『Annunciation(Cortona)』
Fra Angelico


あっ・・・


この「マリアの糸」は多くのクリエーターの妄想を刺激し、様々な作品の元ネタになった。

落語『宮戸川』では「カミナリに驚いたヒロインが越えてしまう男女の一線」に・・・

夏目漱石の小説『文鳥』では「座っているヒロインの首筋に垂らしてくすぐる帯紐」に・・・

そして加藤シゲアキの小説『ピンクとグレー』では「自分の運命を受け入れた女性が首にかけるチューブ」に・・・



なんてこった・・・


つまり「マリー・マリオネット」がつけていた「緑の髪飾り」とは、もう1つのフラ・アンジェリコの絵『受胎告知』のマリアのこと。

あちらのマリアは「緑の髪飾り」が特徴的だからな。


『Annunciation(Plado)』
Fra Angelico


そういうことか・・・ やられた・・・



ここまで来れば、もうわかるだろう。

『奥飛騨慕情』における「谷間の白百合」が意味するものとは?


えーと・・・

バルザック?



く、呉羽ァ!おのれは・・・


田木さん、うまい!

「おのれ」とオノレ・ド・バルザックの駄洒落っすね(笑)



そうではない!

教官がここまで導いてくれて、お前はまだわからんのか!


え? だって「谷間の白百合」と言ったらバルザックの小説のタイトルっすよね?


お前って奴は・・・

ここまで何のために聖母マリアの話をしてきたと思ってるんだ・・・


呉羽君の推察をそこまで否定しなくてもいい・・・

先ほどの『マリー・マリオネット』同様、あながち間違いとも言えないのだから・・・


えっ?


ほーらね(笑)

田木さんはもうちょっと可愛い後輩を信じた方がいいってこと。


ちょ、調子に乗るな呉羽!


バルザックの小説『Le Lys dans la vallée(The Lily of the Valley)』は、主人公の青年フェリックスが理想の女性アンリエットと運命的に出会い、崇高な愛を育む物語だ・・・

その愛は、肉体の交わりを伴わないもの、つまり、穢れなきプラトニック・ラブ・・・

だからバルザックはヒロインのアンリエットを純白のユリに喩えた・・・

白百合は聖母マリアの花、純潔のシンボルだから・・・



なるほど・・・ 白百合であるアンリエットには聖母マリアが投影されていたのか・・・

でもなぜ「谷」なんすか?

谷とマリアは関連性がないような・・・

まさか、谷まりあ?



神南恭一郎・・・

我々世代ですと、谷マリアよりも谷ナオミですな。


谷ナオミ?

さて、誰のことだろうか・・・


ずるいお人だ・・・ さんざんお世話になったくせに・・・


私はそんな女性にお世話になったことなどない。


二人で何の話をしてるんすか?

そんなことよりも、どうして「白百合」は「谷」に?


旧約聖書の『雅歌』だよ。


雅歌?『SONG OF SONGS』ですか?


そう。究極の愛を歌った『雅歌』には有名なフレーズがある。

その中で、選ばれし乙女は「谷間の白ユリ」に、全知全能の王ソロモンは「果樹園の中で最上のリンゴ」に喩えられているのだな。


乙女「私はシャロンのバラ、谷間のユリです。」
王「そう、ユリのようだ。私の愛する人と他の娘たちを比べたら、いばらと、その中に咲くユリの花ほども違う。」
乙女「私の恋人は、他の男の方と比べたら、果樹園の中で最上のリンゴの木のようです。私は慕わしい方の陰に座りましたが、その実は口の中でとろけそうです。」


なるほど・・・ 人目のつく場所に咲くカラフルな花ではなく、ひっそりと谷間に咲く白百合のイメージか・・・

確かに箱入り娘だった聖母マリアのイメージと一致する・・・

だけど、なぜソロモン王が果樹園の林檎?


古代ユダヤの伝承によると、ソロモン王は神から特別な指輪を授かったという・・・

その指輪によってソロモン王は、地上世界最高の知恵を得た・・・

だから「果樹園の中の最上のリンゴ」なのだよ。


へ?


好奇心や知識欲が旺盛なソロモン王は神から地上世界最高の知恵を授かったが、知恵の乱用によって堕落してしまい、父ダビデと同じく不倫の罪を犯し、不幸な晩年を過ごすことになったという。

このソロモン王の話は、アダムとイブの失楽園を踏襲したものだ。

天地創造の際に神が作ったエデンの園は果樹園であり、そこには「善悪を知る実のなる木」いわゆる「知恵の実の木」があった。

神は人間に知恵の実を食べることを禁じたが、蛇にそそのかされたイブとアダムが食べてしまい、知恵がついたことで穢れ(肉欲)が発生して堕落し、楽園を追放されることになった。

フラ・アンジェリコの絵『受胎告知』の左側に描かれているだろう?



なるほど・・・ 知恵に溺れて欲望が止まらなくなり堕落したソロモンだから「果樹園のリンゴ」か・・・

聖書は奥が深いっすね・・・


うむ。奥飛騨くらい深い。


奥飛騨・・・

そういえば、この話は『奥飛騨慕情』の話だったんすよね?


そうだが、それが何か?

私はずっと『奥飛騨慕情』の話をしている。


ずっと『奥飛騨慕情』の話を?


「谷間の白百合」とは聖母マリアのことに他ならない。

なぜなら『奥飛騨慕情』の元ネタは、フラ・アンジェリコの絵『受胎告知』なのだから。

「抱いたのぞみのはかなさを知るや谷間の白百合よ」とは「奇跡によって身籠もった神の子の宿命を知らない聖母マリア」という意味だな。


はい?


神の子を身籠もった喜びに包まれていたマリアは、その子が人類の原罪を償うための生け贄「贖いの子羊」だとは知らなかった。

世間から嘲笑され、激しく罵られ、恥辱にまみれながら罪人として十字架にかけられ、母の目の前で公開処刑されるとは、まったく知らなかったのだ。

だから「抱いたのぞみのはかなさを知るや谷間の白百合よ」と歌われる。


なるほど・・・

だから「ライチョウ(雷鳥)」なのか・・・

フラ・アンジェリコの『受胎告知』には、ライチョウのような「白い鳥(聖霊)」が描かれている・・・



あの鳥をライチョウ(雷鳥)と呼ぶようになった由来は諸説あるが、有力なのは2つ・・・

鳴き声が雷鳴みたいだからという説・・・

そしてもう1つは、穢れのない純白の体が神聖視され、神の鳥だと考えられていたからという説・・・

「神なり(カミナリ)鳥」だから雷鳥・・・


なるほど・・・

だけどライチョウって、ずっと「真っ白」じゃないですよね?

繁殖シーズンには茶色っぽいというか、トラ猫みたいになる。



いいところに気がついたね呉羽君。

だから「泣いてまた呼ぶ 雷鳥の」は「声も悲しく 消えてゆく」と続く。


どういう意味っすか?


フラ・アンジェリコの絵『受胎告知』に描かれている「神の鳥」は、純白の鳥だけではない・・・

繁殖期のライチョウのような虎柄の翼をした「大きな神の鳥」も描かれているだろう?


トラ柄の翼をした大きな神の鳥?

もしかして、神の使い、天使ガブリエルのことっすか?



その通り。

夜明け前の『受胎告知』の天使ガブリエルは「声」を発しているが、夜明け後の『受胎告知』では声を発していない。

だから「泣いてまた呼ぶ雷鳥の声も悲しく消えてゆく」と歌われる。



なるほど・・・

そして「奥飛騨に雨が振る」の「雨」は「AMEN(アーメン)」のこと・・・


その通り。

天使ガブリエルの言葉「大いなる力があなたを覆い、神の子を身籠もります。神には出来ないことは無いのです」に対し、聖母マリアは「Behold the maidservant of the Lord! Let it be to me according to your word(わたしは主のはしためです。お言葉の通り、この身になりますように)」と答えた。

「お言葉の通り」はヘブライ語で「Amen」だな。


『奥飛騨慕情』の元ネタは、フラ・アンジェリコの絵『受胎告知』・・・

だけどなぜ竜鉄也は、こんなアイデアを思いついたんだろう?

「奥飛騨」と「受胎告知」は全く関係ないっすよね?


なぜ「関係ない」と決めつける?

竜鉄也本人に確かめたのか?


いえ、確かめてません・・・


本人に確かめもせず適当なことを言うもんじゃない。

以後、気をつけるように。


はい・・・ すいませんでした教官・・・


それではこの私が竜鉄也本人に代わって解説しよう・・・

なぜ『奥飛騨慕情』は『受胎告知』なのか・・・



つづく




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