「深読み INCEPTION(インセプション)⑳」(第218話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
うふふ。
だけど肝心なのは、ここからじゃなくて?
この絵と『インセプション』の関係を読み解かないと…
『D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?』
Paul Gauguin
わかってます。本番はここからですから。
それでは始めましょうか…
絵と『インセプション』いえば…
サイトーの城にも不思議な絵が飾ってありましたよね?
関係ない話を振らないで。
今はゴーギャンの絵『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』の話でしょ?
ちょっとは空気とか流れってものを読みなさいよ。
すみません…
いや、いいんだ。これは関係ある話だから。
え?
あの絵は今から話すことに関係している。
ちなみに、あれはフランシス・ベーコンという作家の作品で…
Study for head of Isabel Rawsthorne and George Dyer
Francis Bacon
イザベル・ローズソーンとジョージ・ダイアーの頭部の習作?
男女ペアになってる作品の片方だけが使われたということですか?
そう。クリストファー・ノーランは、この絵の片側だけをサイトーの城に飾った…
女の頭部は? イザベルの頭部はどこへ?
ノーランに必要だったのは、ジョージ・ダイアーの頭部だけ…
イザベルの頭部は、邪魔だった…
邪魔?
消えた「女の頭部」か!
またしても絵画ミステリーじゃ!
それにしてもグロい絵よね…
あんなふうに顔がぐちゃぐちゃに…
だからこの絵を選んだんだよ。
ノーランはぐちゃぐちゃの顔が欲しかったんだ。
は? 何のために?
後のシーンで線路を枕にして列車に轢かれるからでしょうか?
それなら男女の頭部が両方必要だよね?
あ、そうか…
いったいノーランは何の目的で… なぜこんなことを…
その答えもゴーギャンの絵の中にある。
ノーランが心酔するアンドレイ・タルコフスキーが、映画『ストーカー』の中で再現した絵…
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』の中に…
あっ!タルコフスキーといえば「犬」の件は?
ノーランは「俺版ストーカー」として『インセプション』を作ったのに、どうして主人公のそばに犬がいないの?
「GOD」である「DOG」はどこへ行っちゃったのよ?
犬はどこにも行ってない。
映画の最初から最後まで、ずっとレオナルド・ディカプリオと一緒にいた。
嘘。犬なんて一度も映ってなかったわよ。
目には見えない「犬」だ。
は?また幽霊?犬の幽霊?
ノーランは主人公の中に「犬」を取り込んだんだよ。
つまり「一体化」させたというわけ。
一体化?
レオナルド・ディカプリオ演じる主人公「DOM」のフルネームは...
Dominick Cobb(ドミニック・コブ)という。
Dominicks? なんか歌であったわね…
クリスマス・ソング『Dominick the Donkey(ロバのドミニック)』です…
イタリア人?キック?高い雪山?子供にプレゼントを届ける?そしてLA…
全部レオナルド・ディカプリオ演じる Dominick のことじゃん…
面白いよね。
ちなみに「Dominick」とは、聖ドミニコに因んだ名前で、その意味は「主の・神の」というもの。
西暦を表す「A.D.」の「D」。「Anno Domini」は「主の年に」という意味だ。
名前の中に「GOD」がいるってことですか?
そして「DOG」もいる。
聖ドミニコは犬とセットなんだ。というか、聖ドミニコは「犬」なんだよね。
『Santo Domingo de Guzmán』
Claudio Coello
ドミニコは犬? どういう意味?
まだドミニコの母親が妊娠中だった時のこと…
ある日彼女は、まるで現実のような超リアルな夢を見た…
彼女のお腹の中から「燃える松明を咥えた犬」が飛び出してきて、世界中を駆け巡り、地上を火の海にしてしまったんだ…
お腹から犬が飛び出してくる?
なんか『エイリアン』とか『遊星からの物体Ⅹ』っぽい…
世界中を火の海にするって「火の七日間」みたいだ…
巨神兵の犬版ですか?
世界を燃やし尽くす「松明の炎」というのは「イエス・キリストの救い」のことだよ。
イエスは自分を「火」に喩えていたからね。ミサなどの儀式でロウソクに火を灯すというのは、そこから来ている。
そういうわけで、この夢を見た母親は、お腹の子に「ドミニコ」と名付けた。
「あの夢の中の犬のように《主の教え》を広める子になるだろう」と確信して…
そしてそれは現実のものとなり、ドミニコが設立したドミニコ会は世界中に広がり、多くの人の頭の中に《主の教え》を植え付けていった…
だからドム・コブも、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリア、アメリカと、世界中を飛び回った…
そして人の頭の中に《アイデア》を植え付けた…
あれは聖ドミニコの母親が見た夢そのもの…
ちなみに、タルコフスキーの映画版では、主人公である「ストーカー」の名前は明かされないけど…
ストルガツキー兄弟の原作小説では、主人公の名前は Redrick(レドリック)という…
普段は「RED」の愛称で呼ばれているんだ。
Redrick(レドリック)と「RED」?
Dominick(ドミニック)と「DOM」そっくりじゃん…
「Dominick」とは、夢の中の「GOD」であり「DOG」…
ノーランは、『ストーカー』で別々になっていた「主人公と犬」を、1つにした…
なるほど、そういうことだったのか…
どちらも「途方もない妄想に憑りつかれた男」だからね。
そしてどちらも、心から信じていれば、望みは叶うはずだった…
それなのにストーカーは「部屋」に執着し、本当に奇跡を起こす存在「犬」に気付かず絶望してばかりで…
ドムも「コマ」に執着し、「夢の中にいる」という現実から目を背け、清水の舞台から飛び降りられず、他力本願になっていた…
その通り。
これで「インセプションの犬」問題は解決した。
それじゃあ、ゴーギャンの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』に戻りましょ。
いよいよ本題ね(笑)
ここまでわかればもう簡単だ。
ノーランはゴーギャンの絵をどのように再現しただろうか?
まず右端の「犬」と「水の上に横たわる子」は…
これだ…
「サイトーの城の夢」から脱出する時の「キック」のポーズ…
椅子に座ったまま水面に落ちる Dominick…
あれは千尋ちゃんのポーズじゃなかったのね…
いや。あれは千尋のポーズでもある。
宮崎駿も『千と千尋の神隠し』でゴーギャンの絵を元ネタにしているからね。
だから「夢を見ている人」が同じポーズになったというわけ。
ホントに?
あの映画のテーマも…
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
ですから…
そして…
「川・白い流れ」が重要な意味をもつ(笑)
ですね。
では、「座った姿勢で水の上に横たわる子」の隣にいる3人は?
その前に…
座った姿勢で浴槽に落ちたドムは、その衝撃で目を覚まし、浴槽の中で起き上がった…
頭から滝のように水を流していたよね…
そして、すぐさま浴槽から出て、仲間を人質にとっていたサイトーと揉み合う…
こんなふうに3人で…
ああっ!
頭からズブ濡れになる男、横並びの三人組、座った姿勢で水面に横たわる男の子…
完璧に再現されてます…
なんてことなの…
ノーランは冒頭シーンでゴーギャンの絵を再現してるわけ?
その通り。
サイトーの城の夢、そしてそこから脱出するシーンで『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』を再現している。
なぜノーランは「サイトーの城の夢」で再現しようと考えたのでしょうか?
うふふ。まだ気がつかない?
ゴーギャンのあの絵が「サイトーの城そのもの」だってことに…
え?
実はあの絵には、とても奇妙な部分があるんだよね。
まずは左半分から見てみよう…
とても目立つものだけど「絵解き」では触れなかった部分があるよね?
とても目立つもの? 何でしょうか?
枝分かれしながらグネグネと延びている木と、左上角の金色の部分…
ちょっと変だと思わない?
あっ、確かに…
枝はニョロニョロと青い像の後ろを通って中央部分まで延び…
そこで急激に上に向かっています…
そう言われてみれば、変な形の木…
あの金色の部分は、タイトルが書かれてるのよね?
そう。フランス語で
D'où Venons Nous
Que Sommes Nous
Où Allons Nous
と書かれている。
我々はどこから来たのか…
我々は何者か…
我々はどこへ行くのか…
ふふふふふ。
そしてゴーギャンは、なぜか「白い花」も描いた。
よくよく考えれば、これも変ですね…
なぜあんな目立つ金色に? そしてなぜ白い花?
ちゃんと意味がある。天才は理由のないことはしない。
それでは右半分も見てみよう。
こちらの木は、左の木ほど極端な形ではありません…
バランスよく枝が広がり、上に向かって延びています…
そして右の金色の部分…
こっちは「Paul Gauguin」の署名と「赤い花」ね…
左右両サイドの金色部分に「白」と「赤」の花…
いったい何を意味しているのでしょう?
縁起を担いだんじゃない? 紅白の花で。
は? ゴーギャンはフランス人ですよ。
うふふ。まだ気付かないのかしら?
19世紀後半のフランスで絵の修業をしたゴーギャンは、ジャポニスムの洗礼を浴びた…
日本の浮世絵や琳派に大きな影響を受けたのよ…
ジャポニスム? ゴッホやマネみたいに?
左右に描かれた大きな木…
左の木は極端に中央へ延びていて…
右の木はバランスよく上に延びている…
金色ゾーンの左は「白」の花で、右は「紅」の花…
そして絵の中央には…
意味深な「川」が流れている…
あっ!
どうしたの!?
国宝、尾形光琳の紅白梅図屏風ですよ!
『紅白梅図』尾形光琳
熱海旅行で見たやつじゃん!
そして…
サイトーの城の大広間でも…
やられた…
なんてこった…
あの中央のテーブルが「川」ね…
ツルツルに磨かれた表面は、川の水面…
まるで鏡のように天井の電球を映しているでしょ?
そして『ストーカー』の「部屋」へのオマージュでもあります。
水面に無数の電球が浮かび、底にも無数の明るく光ってる円がありましたから…
そして「水面」を表すテーブルに…
何度も置かれる「コマ」と「銃」は…
『ストーカー』で水面が映ると、なぜか必ず置かれている「注射器」と「銃」ですね…
うふふ。
絵の他の部分は?
いったいどのように「サイトーの城の夢」で再現されているのですか?
あと、サイトーの城で消えた女の頭部の件も…
そうそう。話さなければならないことが、まだまだ山ほどある。
次はこの部分だね。
は? 2匹の猫も?
サイトーの城に猫なんて出て来なかったわ。
そう決めつけないで。よく見て欲しいな…