ツルガキ!続『ありがとう、トニ・エルドマン』きっと僕らは大丈夫!の巻
待ってました!後編やァ!
前編はコチラです。
さあ、いってみようか!
まずは映画『TONI ERDMANN(邦題:ありがとう、トニ・エルドマン)』の予告編から。
おいら、まだ不毛!
そろそろやろ。
そして、この映画を語る上で絶対に欠かせない…というか、この映画そのものともいえるキャピタル・シティズの『SAFE AND SOUND』も。
前回のオッサンの解説によると、脚本・監督のマーレン・アデは、この歌をもとに映画のストーリーを作ったっちゅうハナシやったな。
そうだよ。
本人に確認したわけじゃないけど、間違いない。
で、それが映画冒頭にすべて隠されているんだったよね?
その通り。
そこまで言い切る理由を早く聞きたい!
じゃあ、始めようか。
これからこの映画を観ようと思ってる人も、ぜひ聞いて欲しい。映画が何倍も楽しめるようになるはずだから。
その前に、登場人物のおさらいや。
ヴィンフリート:家族と別れ、犬と暮らす孤独な男
トニ・エルドマン:ヴィンフリートの別人格/同位体
イネス:ルーマニアで働くヴィンフリートの娘
メルシーボークー、ナンボークー。
いや、ドイツ映画だからダンケシェーン。
カムバッ~~ク!
ありがとう、ホントに親父ギャグ。
?????
さて映画の冒頭は、郵便配達シーンから始まる。
アマゾンみたいな小さな小包がヴィンフリート宅に届くんだ。
ヴィンフリートは配達員に
「弟め!またアダルトサイトで勝手に注文しやがって!いくらムショ帰りだとはいえ、好き放題にも程がある!」
とか大袈裟に言う。そして配達員に弟トニの話を始める。トニは小包爆弾事件を起こした犯罪者で、最近刑務所から出所したばかりなんだそうだ。
そのジョーク、ヨーロッパとかではシャレにならないよ!
その通り。配達員は動揺し始める。
そしてヴィンフリートは、家の中に弟を呼びに行くんだ。そして「また勝手に買ったのか!追い出すぞ!」とか言い争いを始める。
そして出て来たのは、出っ歯でバスローブ姿のトニ・エルドマン。
おっ!早くも変身か!
トニは大文字で名前をサインする。
そして配達員に「買ったのは俺じゃないからな。兄貴はすぐに俺のせいにするんだ。機嫌が悪いみたいだから仲直りしなきゃ」とか言う。
ここで「仲直り」って意味で使われる単語は、英語でいうDEFUSEなんだけど、この単語には「爆弾の信管を抜く」って意味もある。だから配達員はさらにビビるんだ。そしてトニは体に付けていた血圧計の電子音アラームをわざと鳴らす。爆弾の時限装置っぽくね。
悪趣味~!
トニと配達員がこんなやりとりをしている最中に、ルーカスという少年が現れる。トニはルーカスに「家に入ってなさい」と言う。
ここまでで3分弱くらい。
なんか、わけのわからん出だしやな。
ヴィンフリートが「変なおっちゃん」やってことだけはわかった。
いやもうすでに、物語の主題のほとんどが語られているよ。
ふぁ!?
実に見事としか言いようがない。
演劇や映画なんかでは、一見物語の本筋とは関係の無いような小芝居を導入シーンに使うことが多い。でもそこには、物語の主題がこっそり語られていたり、重要なキーワードがたくさん隠されていたりするんだ。
作者の腕の見せ所だね。それがミエミエではいけない。物語の主題をさりげなく観客の頭の片隅に置いておくんだ。後からそれが活きてくるように。
あれやな。
『アナと雪の女王』で言うところの、氷切り出しシーンやな。
イグザクトリィ!
あれも見事な導入部だったよね。氷のパワーの秘密や「FROZEN」の意味すること、物語の結末など全てが歌詞と絵で示されている。たった1分30秒くらいの中に。『アナ雪』は「レリゴー」ばかり話題になったけど、この導入歌「氷の心」が完璧だったから、あそこまで成功したんだ。
なるほどね…
でもここでタネ明かししちゃったら、作者の「さりげない」心遣いが台無しになっちゃうんじゃない?
大丈夫。日本人にはハンデキャップがあるから。
上記の配達シーンだけでじゅうぶん西洋人の頭の片隅には「時限爆弾」が置けるけど、日本人にはちょっと難しい。
でも、まっさらな状態で映画を観たいっていう人は、こっから先は読まないでね。
OK牧場。
キーワードは、
犯罪者の弟
不平を言う兄
少年ルーカス
?????
意味わからん。どうゆうこっちゃ?
実はこの映画で描かれる父と娘の物語は、新約聖書の『ルカによる福音書』第15章がベースになってるんだ。
映画の導入部の小芝居「小包配達」は、それを想起させるためにある。
ちなみに「ルーカス」って名前は「ルカ」のドイツ語名だ。
それは確かにハードル高いかも!
まあそこに気付かなくても映画は楽しめる。
でも気付いてたほうが何倍も楽しめる仕掛けになってる。
じゃあ、詳しく教えて!
ルカ第15章の寓話って、どんな話なの?
父と二人の息子の寓話なんだ。
兄は真面目で父の言うことに従い畑仕事に精を出す。いっぽう弟は正反対だ。相続する財産を前払いしてもらい、遠い国へ行って酒池肉林で散財し尽くす。
異国で一文無しになった弟は、裸足でボロきれ一枚を身にまとい、奴隷同然の姿。食うにも困り、豚のエサを食べようか悩むところまで落ちぶれた。
でもそこで改心するんだ。
「私は父に対し罪を犯した。実家に帰り、父の下僕にしてもらって、罪を償おう」
ってね。
ほうほう
弟は故郷への帰路に就く。素足でボロきれ一枚羽織っただけの姿でね。
実家の父は、まだ息子が家までは遠いところにいるのに、なぜかその姿が見えた。そして走って行き、思いっきり抱きしめるんだ。豚の臭いが染み付き、汚れきった息子をね。
弟は驚いた。もう息子を名乗る資格がないと思っていたから。
でも父はこう言った。
「お前がこうして生きて帰ったことだけで十分だ」
そして下僕たちに指示を出す。
「服を着せ、靴を履かせよ」
そして実家で息子の”おかえりなさいパーティー”を開く。まるまる太った子牛を屠って盛大に。
わお!
いっぽう、畑仕事をしていた兄は、家のほうが騒がしいので様子を見に戻って来た。ちょうど家の外に下僕がいたんで、つかまえて事情を尋ね、話を聞いて激怒した。
「親不孝者で罪びと同然である弟のために大事な子牛を屠るなんて!ずっと父の望むように生きてきた私には、何もしてくれたことがないのに!」
ってね。そして
「こんな家に二度と入るもんか!」
って外で拗ね始める。
アカンな、この兄やん。
ずっと外にいて中に入って来ない兄の姿を見かねて、父が外へ行く。そして苦情を訴える兄に対して、こう諭す。
「お前はずっと私の側に居て、私の全てを受け継いでいるではないか。かたやお前の弟は、一度は死んだのに無事に生きて帰って来た。これほど喜ばしいことが他にあるだろうか?」
ってね。
そんで?
これでおしまい。
父と二人の息子の寓話はここまで。
「悔い改め」の素晴らしさを語っているんだね。
なるほど!
つまりヴィンフリートは、この寓話の父ってことなんだね!
二人の息子は、娘イネスの今の姿と過去の姿やな。
母の再婚先で親の言うことを聞いて「いい子ちゃん」を演じ、親が望んだ仕事に就いた今のイネスが、あの兄やん。だからずっと外で電話しとったんや。家の中に入らんと。
でもって、ヴィンフリートと暮らしてた頃の、音楽とジョークを愛するイネスが、いなくなったけど改心して帰って来た弟。イネスが裸足&バスローブ一丁で外に飛び出して、ヴィンフリートとハグしたんは、そういうことやったんやな。
だね。
ちなみに父であるヴィンフリート自身も兄弟キャラを使い分けているから、そこらへんの組み合わせも深くて、見てて面白い。この映画はイネスにとって救いの物語であり、同時にヴィンフリートにとっても救いの物語だからね。
そうゆうことだったのか!
あ~スッキリした!
3分弱の冒頭シーンの中に、この映画における父と娘の物語がどのようなものなのか示されているってのは、こういうことだったんだ。
へえ~。
しかしホンマに西洋人は、これに気付くんか?
瞬間的には気付かないまでも、たぶんじわじわ感じてくるはずだ。この後も小出しにサインが散りばめられてあるからね。
そして、前回僕が「この曲が流れた瞬間、イネスの”洗脳”が解ける」って紹介した『SAFE AND SOUND』が映画中盤の終わりあたりで登場するんだけど、ここで大方の人は気付くことになる。
なんで?
曲タイトルの「SAFE AND SOUND」って言葉は、聖書の”ある部分”から取られた有名な慣用句なんだよ。
ま、まさか…
そう、ルカ第15章からね!
ビンゴや…
おかえもんの見立ては、間違いないな…
この「SAFE AND SOUND」ってのは、あの寓話で父が息子(弟)を迎えた時に使われた表現なんだ。
ボロボロの姿で帰って来た息子を抱きしめながら「お前が生きて帰って来ただけでじゅうぶんだ」って言う時にね。
「体だけは無事で」って意味なんだよ。
よく親が子供に言うよね。
久しぶりに電話した時とか会った時の別れ際に。
「とにかく体にだけは気を付けてね…」って。
でもたいがい子供は
「もう、わかってるってば」
って冷たく答えるんやで。
親の心配がウザいっちゅうか照れるっちゅうか…
切ないな、親は。
どこの世界でもいっしょだ。
親はいつまでも子供のことが心配だから。
「SAFE AND SOUND」は、そういう親心をイメージさせる言葉なんだよね。特にお母さんが我が子によく使うフレーズなんだ。
「人生ってのは上手く行く時も行かない時もある。健康ならばそれに越したことは無い」っていう”高望みはしない”ニュアンスだね。
僕も昔は「つつがなく暮らせよ」なんて婆ちゃんに言われたものだ。
へえ。
ところで裏テーマの件は?
前回言ってたドイツとルーマニアのこと。
そうそう。
それも『SAFE AND SOUND』の歌詞に隠されている。
へ?
だから言ったじゃないか。この映画は『SAFE AND SOUND』から作られているって。
父と娘の表ストーリーも、ドイツとルーマニアの裏ストーリーも、すべてこの歌から組み立てられているんだ。
きっと脚本&監督のマーレン・アデは、『SAFE AND SOUND』からルカ第15章に辿り着いて、表裏ストーリーの着想を得て『TONI ERDMANN』を書き上げた。
ルーマニアって、かつては神聖ローマ帝国のハプスブルグ家、第二次大戦中はナチスドイツが「親代わり」やったっちゅうハナシや。でも40年間ほど親元を離れ、旅に出とった。帰って来た時は、ずいぶんと変わり果てた姿やったそうや。
そうだね。
そろそろ『SAFE AND SOUND』の歌詞を解説しておこうか。この歌詞を理解すれば、映画のすべてを理解することになるから。
ぶ~ラジャー!
まずあの歌のPVは、灯りの消えた古い劇場の正面外観から始まる。
そんなとこから始めるんか!
ちょい待て、確認するで。
真っ暗だったところに雷が落ちて、劇場の看板の灯りがつくね。
ロサンゼルス・シアターって書いてある。
そう。LAの由緒ある劇場だ。今はもう古びてしまってるけど、かつては華やかだったそうだ。
そしてこの「雷に撃たれるロサンゼルス・シアター」が、映画『トニ・エルドマン』の冒頭「小包配達」に続く場面に出て来る。
はぁ!?なんで?
だから何度も言っただろう。
この映画は『SAFE AND SOUND』から作られたって。
ルーカス少年はヴィンフリートに「音楽クラブをやめる」って伝えに来たんだ。忙しくなってきたからって理由でね。
そしてヴィンフリートのフェイスペインティングを手伝う。夕方から校長先生お別れパーティーがあって、そこで音楽クラブはパフォーマンスをするんだ。ちなみに化粧はバットマンの「ジョーカー」。
学校ではクラブの子供たちも「パンプキン・ジャック」のドクロ顔になってる。黒いシャツを着てね。
みんなでステージに出ると「校長先生が遠くへ行っちゃったら、死ぬほど淋しい!」って叫ぶんだ。死人の顔で。
校長夫婦をはじめ大人たちは顔が引きつってる。
そして子供たちは歌を歌い出す。歌はドイツ・フォーク界、そしてドイツ・ヒッピー界のカリスマ、ハネス・ヴァーダーの『DAY TO DAY』という歌。
その日暮らしで、町から町へ。それが俺の選んだ人生だ…
落ち着こうとも考えたが、やっぱり俺には無理だった…
あの町のあの娘は、俺の顔と歌を覚えててくれてるだろうか…
なんでこんな風になっちまったかなんて聞かないでくれ…
俺にも説明できないんだ…
人生は諸行無常の如し…
大人たちはもうドン引きだ。
ちなみにこんな歌だよ。
わお!ドイツ・パンク界のカリスマDie Toten Hosenバージョンだ!
しかし校長のお別れ会にはブッ飛びすぎの歌詞やな。
ん…?
ちょい待て!
このお別れ会のシーンは、ヴィンフリートの思いそのまんまやんけ!
「遠くに行っちゃったら死ぬほど淋しい」ってイネスのことやろ!
『DAY TO DAY』の歌詞はヴィンフリートの人生や!
まさにその通り。
ホイットニー・ヒューストンの『GREAT LOVE OF ALL』がイネスのテーマ曲だとすると、この『DAY TO DAY』はヴィンフリートのテーマ曲だ。
ねえねえ!
雷とロサンゼルス・シアターは?!
このシーンで子供たちは黒い無地のシャツを着てるんだけど、二人だけ絵柄がついてる子がいるんだ。
ひとりの胸には「雷」の図柄が。もうひとりには「ロサンゼルス」の文字が…
『SAFE AND SOUND』PVへのオマージュだね。
「ここから物語が動き出しますよ」って合図なんだ。あのPVで雷が落ちて劇場が動き出すのと同じように。
それくらいこのPVが好きだったんだろう、監督のマーレン・アデは。
ひゃあ!そんなところに!
おかえもんはいつもこんなの探しながら映画を観てるのか!?
気になるんだよ。そういう小さな違和感が。
さて、そろそろホントに『SAFE AND SOUND』の歌詞に行こう。
だいたいこんな歌だ。
ほら、僕が君を引っ張り上げてあげる
見たいものも見せてあげるし
行きたいとこにも連れてってあげる
君は僕の幸運の女神なんだ
たとえ世界の終わりが来ても
僕らはきっとやってけるはず
僕らはきっと大丈夫
君の杯を満たしてあげよう
僕の愛の泉は干上がることはない
この世界はまだまだ捨てたもんじゃない
君は僕に幸をもたらしてくれる
しかめっ面だってへっちゃらさ
僕らは何とかやってけるはず
僕らはきっと大丈夫
大地をしっかり踏みしめろ
自分が何者なのか忘れるな
僕らはきっと大丈夫
僕の愛を君に示そう
謎の高潮にのみこまれても
君は僕の隣に立っているはず
君は僕の幸運の女神だから
たとえ地中深くに埋められたって
僕らはきっと大丈夫
僕らは何とかやっていける
楽観と諦観が、いい具合に混じり合った感じ!
まさに…
ハッピーなんだけど、ちょっと切なくなる感じがするよね…
とってもいい歌詞だ…
でもこの中に…
この映画の表テーマと裏テーマが…
おかえもん、もしやちょっと疲れてきた?
うん…
僕が疲れるくらいだから…
読むほうも疲れてるだろうね…
歌の解説の続きはまた次回に…
ごめん…