「深読み INCEPTION(インセプション)⑥」(第204話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
え? 歌詞、ぜんぶ英語じゃん…
てっきりフランス語の歌なのかと思った…
でもシャンソンっぽいですよね。
有名なシャンソンを英訳したものなんですか?
違うよ。最初から「英語の歌」として作られたもの。
ロンドンのベルサイズを舞台にしたイギリス映画の主題歌で、映画とは別にエンゲルベルト・フンパーディンクがカバーして大ヒットした。
ちなみに作者は『The Last Waltz』と同じ人物だ。
は? じゃあ、なんでタイトルだけがフランス語?
タイトルだけの「なんちゃってシャンソン」?
意味が分かりません…
では、そこらへんも含めて、解説するとしようか…
歌詞の内容同様に、『インセプション』にも関係することだから…
その前に、もう一度曲を聴いておきましょ。
賛成~!ルパン三世~!
さむ…
『Les bicyclettes de Belsize』
ENGELBERT HUMPERDINCK
あれ?
こ、これは…
よく聴いたら、この歌詞…
かなりヤバくないですか…
『The Last Waltz』の発展形ともいえる内容だ…
クルクル回転しながら走る車輪を、クルクル回転しながら進むワルツのリズムに重ね…
それを人生の歩み、月日の流れに喩えている…
まさに『インセプション』!
1番の歌詞は、こんなふうに始まる。
Turning and turning, the world goes on
We can't change it, my friend
回る、回るよ、世界は回る
時の流れに僕らは逆らえない
そうなのよね。これって当たり前のことなんだけど…
若い頃は、なぜか「今」が永遠に続くような気がしてたわ…
だけど、そうじゃなかった…
時間って残酷…
そして、こう続く…
Let us go riding all through the days
Together to the end
To the end
回り続ける車輪に身を任せよう
ふたりで一緒に最後の時まで
最期の時まで
これって、もしかして…
回り続ける世界…
永遠に思えたけど、そうではなかった、時の流れ…
そして、共に終わりを迎えるために、身を委ねた車輪…
まさにこのシーンだね…
なんと…
クリストファー・ノーランは、この歌詞の「自転車」を「列車」に置き換えたのね…
置き換えてないよ。そのまんま再現したんだ。
え? だって「bicyclettes」は自転車のことなんでしょ?
「bi」は「2つの」で、「cyclette」は「回転する(した)もの」という意味…
だから「bicyclette」を直訳すると「2つの車輪が並んだもの」になる…
それに複数形の「s」がついているから…
並列した車輪が、複数ついているもの…
つまり「列車」のこと…
だけど、この線路、いくら何でも揺れ過ぎじゃない?
列車が通るたびにあそこまでグラグラしてたら、そのうち大事故になるわよ…
深代ママ、細かいツッコミは無粋ですよ。
イメージですイメージ。
あれは全部レオナルド・ディカプリオ演じる主人公ドム・コブの心象風景なんですから。
うふふ。そうじゃないのよ。
え?
柴門文代さんの言う通りだ…
この映画における「train」の描写には、すべて意味がある…
異常なまでに揺れる線路にも…
そして、車を押しのけるように路上を走っていた、あの「train」にも…
意味? ただの夢、妄想じゃないんですか?
クリストファー・ノーランは、ある作品の「鉄道シーン」を、ほぼそのまま再現した…
つまり、『インセプション』の原型となった作品への、オマージュってやつだね…
原型になった作品って、いったい何なんですか?
今はまだ言えない…
もう少しエンゲルベルト・フンパーディンクについて知ってもらってからだ…
エンゲルベルト・フンパーディンクが関係あるの?
もちろん。
でなきゃ、こんなに長々とエンゲルベルト・フンパーディンクの話をしないよ。
いったいどういうことなのかしら…
さっぱり意味がわからないわ…
それでは『Les bicyclettes de Belsize』のサビを検証してみようか。
Les bicyclettes de Belsize
Carry us side by side
And hand in hand we will ride
ベルサイズの連なる車輪
並んだ僕たちを運んでくれる
手を取り合って一緒にいこう
まさにドムとモル…
並んで線路に横たわり、手をつないだまま死を迎えようとした二人…
「一緒にいこう」の「いこう」は…
「行こう」と「逝こう」のダブルミーニングだわ…
また平松愛理ですか?
だって、あたし…
『部屋とYシャツと私』世代だから…
そんな世代あるんですか? 初耳ですが…
あたしたちの時代の結婚式はね、花嫁の友人代表が、この曲を歌うのが定番だったのよ…
あと、シュガーの『ウェディング・ベル』とか…
へえ、そうなんですか…
『永遠とともに』はまだ無かったんですね…
ちなみに、この『部屋とYシャツと私』なんだけど…
これも三拍子だからワルツって言いたいんでしょ?
確かにワルツだけど…
そもそも「部屋」と「Yシャツ」が何を意味しているのか知ってる?
は?
ふたりが住んでいる部屋で、せっせとYシャツをアイロンがけしてるんでしょ?
男が夜遊びして不在の時も、女は健気に男の帰宅を待っている…
部屋もピカピカに磨いて…
そうじゃないんだな…
女は「部屋」に住んでいるわけではない…
は?
歌詞をよく読めばわかるけど…
ふたりが「あの部屋」で「一緒に暮らしている」なんて、一度も言及されない…
ただ「部屋を磨いていたい」とだけ歌われるんだよね…
一緒に住んでないの?
あの「部屋」は、いくら大切な人でも、おいそれとは入っちゃいけない「部屋」なんだ…
だから女は、まだ薄暗い早朝に、男に無断で「部屋」へ行き、掃除をしたりYシャツを綺麗にしようとした…
婚約者なんでしょ?
それじゃあ、まるでストーカーじゃん…
何言ってるのか意味わかんない。
うふふ。そういう特別な「部屋」なのよ…
とんでもないことが起きちゃう部屋…
お化けでも出るの? 事故物件とか?
この件についても、後程たっぷり解説しようと思う。
え? この件も?
いったい何の話をしているのですか…
もう何が何だか…
いずれ、その意味がわかるだろう…
ではサビの続きを…
Over Belsize
Turn your magical eyes
Round and around
ベルサイズの上で
君の不思議な視点は
ガラリと変わる
変なサビですね…
歌詞だけで見ると何のことやらわかりませんが、『インセプション』に当てはめれば意味が何となくわかります…
夢の中で死ぬことによって、周りの景色がガラリと変わる…
つまり、別の夢に移動するってことね。
そしてサビは、こう締めくくられる…
Looking at all we've found
Carry us through the skies
Les bicyclettes de Belsize
僕らが見つけたことから判断すると
この行為は僕らを解放してくれる
レ・ビシクレット・デ・ベルサイズ
「bicyclettes」とは並列した車輪、つまり列車のこと…
列車にひかれることで、ひとつの世界から脱出することが出来た…
そういうこと。そして2番。
こちらも実に興味深い…
Spinning and spinning
The dreams I know
Rolling on through my head
回っている、回っている
これは僕の知っている夢
僕の頭の中で起きている
うわっ…
夢の中では「永遠」に回り続けるとされる、ドムのトーテム(目印)のコマだ…
「永遠」なんて、ない…
それは、ただの幻想…
そして、こう続く…
Let us enjoy them, before they go
Come the dawn, they all are dead
Yes, they're dead
夢を楽しませてくれ、終わってしまう前に
夜明けの兆しで、すべては消えてなくなる
イエス、夢の世界は消滅してしまうんだ
日本語に訳してしまうと意味が限定されてしまうけど、原詩のイメージは、だいたいわかると思う…
「they're dead」は「夢が終わる」でもあり「キックする」でもありますね…
「dead」には「無言になる」という意味もある。
この部分は『インセプション』の終盤シーンの様々な描写に当てはまるだろう。
ところでさ、素朴な疑問をぶつけてもいい?
どうぞ。
この歌って、結局のところ…
なぜ「Belsize」なの?
いい質問だね。
なんでもっと有名な地名にしなかったのかしら?
イギリス人以外のほとんどの人が、この歌で初めて聞くレベルでしょ?
確かにそうです…
「Belsize」がある区「カムデン」なら、音楽好きの人にも知名度あるのに…
「Belsize」なんて、よっぽどの英文学マニアか英国通でもなければ初耳だろうね。
外国人に「自転車で成子坂」なんて言っても百パー通じないわよね?
だけど「自転車で西新宿」なら、かなりの人がイメージできる…
なぜ「Les bicyclettes de Belsize」なの?
簡単なことさ。ただの駄洒落だよ。
ダジャレ?
「ベルサイズ」と「ベルサイユ」の駄洒落。
は?
ベルサイユ?
ベルサイユって、あのフランスのベルサイユですか?
そう。イマドキっぽく言うと「ヴェルサイユ」だね。
実は「Belsize」とフランス語の「Versailles」は、発音がそっくりなんだ。
ホントに?
カタカナでは「ベルサイズ」と書くけど、英語の「Belsize」は最後の「ze」がほとんど聞こえない。ほぼ「ベルサイ」と聞こえるんだよね。
フランス語での「Versailles」も一緒だ。「ベルサイ」と発音する。
ホントだ…
だけど、なぜベルサイユとのダジャレにする必要があったの?
「Versailles」って、どういう意味か知ってる?
宮殿?
to keep turning…
つまり「回り続ける」だよ…
マジで!?
『Les bicyclettes de Belsize』のコンセプト、そのまんまじゃないですか…
そう。
そしてベルサイユ宮殿といえば、巨大庭園…
幾何学状の模様をした大小さまざまな庭園が、いくつも並列して配置され、複雑で巨大な世界を形成している…
まさに、いくつもの夢が「入れ子構造」になっている『インセプション』の世界観だ…
「夢」の世界は、複雑かつ幾何学的に作らないといけないのよね…
そうじゃないと、中に入った人に「夢」だとバレてしまう…
モルが結婚記念日の夜にホテルの窓から外を見て…
コピペで手抜きした建物に気付き、そこが「夢の中」だと気付いてしまったように…
その通り。
それにしても…
『Les bicyclettes de Belsize』を作った人は、何がしたかったのでしょうか?
なぜこんなダジャレを使った「偽シャンソン」を?
実は、駄洒落は「Belsize」だけじゃないんだ…
タイトル全部が駄洒落なんだよね…
え?全部?「bicyclettes」も?
そう。全部「冗談」だ。
いったい、どういうこと?
それじゃあ簡単に解説しておこうか…
つづく
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