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「深読み INCEPTION(インセプション)⑫」(第210話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
それでは、エンゲルベルト・フンパーディンクの話に戻ろうか。
また?
そうだよ。最初に言っただろう…
すべての秘密は「エンゲルベルト・フンパーディンク」にあるって…
まだ彼の最大のヒット曲を紹介していなかったからね…
最大のヒット曲?
1967年にイギリスで最も売れたレコード…
『Release Me(and Let Me Love Again)』だ…
1967年に、こんな古臭い曲がNo.1だったの?
そう。1949年に作られた古い歌のカバーなんだけど、なんと5週連続でチャート1位を記録した。
これがビートルズの『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』『ペニー・レイン』や、モンキーズの『デイドリーム・ビリーバー』や、プロコル・ハルムの『青い影』よりも売れたなんて信じられない。
いわゆるひとつの便乗効果だね。
まったく無名だった歌手 George Dorsey が、有名音楽家の名前「Engelbert Humperdinck」を拝借したことが功を奏した。
それじゃあ、もしかしたら中には、ジャケットに大きく書かれていた名前を見て…
「おっ!Engelbert Humperdinck の新作か!」
と、勘違いして買ってしまった人もいたってこと?
当然いるだろう。それも狙ったわけだから。
もろに「巨人の肩」じゃん…
あれ…
そういえば、このセット…
セット?
ステージのセットですよ…
エンゲルベルト・フンパーディンクが『リリース・ミー』を歌っているステージのセット…
それがどうしたの?
何だか…
既視感ありませんか?
あっ!
茶色い背景に、あのシルエットは…
茶色いテーブルの上で回るコマ…
もう1つあったよね?
はい…
あの不思議な構造をした階段…
ペンローズの階段だわ…
うふふ(笑)
何なの、これ…
見ての通りだよ。
クリストファー・ノーランは、このセットからイメージを膨らませた。
マジで? ありえない…
僕はここまで「ありえないこと」をいくつも証明してきたよね?
そうだけど…
ところで、この曲の歌詞はどういうものなのでしょう?
『Release me (and let me love again)』は、とてもシンプルな歌詞だ。
お願いだから僕を解放してくれ
どうか僕を行かせて欲しい
もうこれ以上あなたを愛することは出来ない
こんな状態を続けるのは罪だ
あなたとの関係は苦痛でしかない
どうか僕に愛ある人生を取り戻させてくれ
こんな内容を繰り返すだけ。
夢の中で「死んだ妻モルに束縛されている」と思い込んでいたドムそのものじゃん…
そう。そのまんまだね。わざわざ解説するまでもない。
しかしなぜクリストファー・ノーランは、ここまでエンゲルベルト・フンパーディンクに固執したのでしょう…
いったい何が目的で…
ちょっと待った。
まだ『リリース・ミー』の話は終わっていない。
え?
実を言うと、先程のミュージックビデオは、レコード発売から数年後に撮られたものなんだ。
それが何か?
レコードが発売された1967年当時のミュージックビデオも、ぜひ見て欲しい。
こちらも非常に興味深いものがある…
あれ? あんなイントロだったんだ…
なんか「アルプスの山々」が目に浮かぶ…
だよね。
アルペンホルンの音色と共にドイツ語の「ENGLEBERT HUMPERDINCK」なんて文字が映し出されたら、誰もがアルプスの山々をイメージしてしまう。
おそらくクリストファー・ノーランも、そう感じたはずだ…
クリストファー・ノーラン、も?
この1967年版のミュージックビデオを元ネタにして…
あの「雪山の要塞」は作られた…
は?
ロバート・フィッシャーの父モーリスが療養していた「雪山の要塞」の元ネタが、エンゲルベルト・フンパーディンクのMV?
親子の苗字「Fischer」はドイツ語…
ドイツ系の移民だった…
確かにそうだけど、たったそれだけで?
「Engelbert Humperdinck」は、どういう意味か知ってる?
エンゲルベルト…
エンゲル係数のベルト?
「Engelbert」は英語でいうと「Angel + bright」…
つまり「白く光る衣を着た、天からの使者」だね…
それって「白い光沢のある迷彩服を着た、上の世界からの使者」であるロバートじゃん!
Robert Fischer(Cillian Murphy)
そういうこと。
「Humperdinck」は?
英語でいうと「humper + dink」…
「humper」は「重荷を背負う人」で…
「dink」は「無能な人」という意味…
一代で世界最大のコンツェルンを築いた偉大過ぎる父の跡継ぎというプレッシャーがコンプレックスになり…
父から無能扱いされていると思い込んでいたロバート…
その通り。
そしてロバートは、父モーリスが自分のことを愛してくれていない、と思っていた。
家族と過ごす時間はほとんど無く、ロバートの母が亡くなった時にも、モーリスはただ一言「何も言うことは無い」と言ったのみ。
だからロバートは、そんな父に対し不信を抱き続けていたんだね…
父を嫌っていたけど、その影響下からは逃れられなかった…
まさに心の中で「リリース・ミー」してと願っていた…
そして『リリース・ミー』のMVでは、アルペンホルンのイントロが終わると…
狭い非常用の出入り口から、エンゲルベルト・フンパーディンクが現われる…
雪山の要塞に侵入したロバート・フィッシャーも…
狭い非常用の出入り口から現れました…
あの非常口の壁には、注意書きがいくつか書かれていたよね…
「関係者以外立ち入り禁止」「ベントの際は速やかに立ち去ること」などが…
あっ、『リリース・ミー』にも…
そう。
フランス語で「関係者以外立ち入り禁止」「火気厳禁」などの注意が書かれていた…
渡辺謙演じるサイトーは、豪快に「火気」を使ってたけど(笑)
そして、エンゲルベルト・フンパーディンクは…
非常階段の先にある「鉄の扉」を目指す…
あの鉄の扉ね…
だけどエンゲルベルト・フンパーディンクは、なぜか、鉄の扉の手前で座り込んでしまう…
そして、そのまま画面がブラックアウトして、ミュージックビデオは終わる…
だからロバートも、鉄の扉に向かう途中で…
モルに撃たれ、力尽きた…
なんてことなの…
雪山の要塞のロバートは、『リリース・ミー』のMVの中のエンゲルベルト・フンパーディンクそのもの…
それだけではない。
え?
『リリース・ミー』LP盤のジャケットも、どこかで見覚えがあるはずだ…
川辺にたたずみ、もの思いに耽りながら、真剣な眼差しで遠くを見つめるエンゲルベルト・フンパーディンク…
あっ… これはもしや…
雪山の要塞でのインセプションが終わり…
川岸にたたずみながら「自分の生きる道とは?」について考えるロバート…
その通り。
なんと…
ねえ… やってもいいかな?
え? 何をですか?
決まってるでしょ… アレよ…
どうぞ。
ああ、スッキリした…
歴史の教科書の肖像画ですか…
なぜクリストファー・ノーランは…
あのモミアゲを再現しなかったのかしら(笑)
それにしても、まさか『インセプション』が、ここまでエンゲルベルト・フンパーディンクだったとは…
驚きました…
まだ終わりじゃないよ。
本当のエンゲルベルト・フンパーディンクの話は、ここからだ。
は?
『The Last Waltz』『There Goes My Everything]』『Les Bicyclettes de Belsize』そして『Release Me』…
なぜクリストファー・ノーランは、エンゲルベルト・フンパーディンクのヒット曲の数々を『インセプション』の中で再現したのか…
いったいなぜ、ここまでする必要があったのか…
それを解明できなければ、深読みなんて、何の意味もない…
そうでした…
もしかして、『インセプション』の原型になった「作品」とやらに、エンゲルベルト・フンパーディンクが関係しているとか?
その通り。
その「作品」の作者こそが、エンゲルベルト・フンパーディンクなんだよ。
エンゲルベルト・フンパーディンクは、歌手だけでなく作家でもあったの?
イギリス人歌手エンゲルベルト・フンパーディンクではなく、本家エンゲルベルト・フンパーディンク…
元祖であるドイツ人の方。
Engelbert Humperdinck
(1854-1921)
ええっ?