トニエルドマンheader

ツルでもガキでもわかる!『ありがとう、トニ・エルドマン』を観る前にはコレ読んどいて!(ネタバレだけど、きっと大丈夫)の巻

まいど!ワイは鶴や!ツルヤナンボクや!

ええじゃろうだよ!

ん?今日はオッサンおらへんのか?

そうだね、どこ行っちゃったんだろ?

あれ…?

なんだろう、この音楽…

なんだか聞いたことあるな…



2013年に大ヒットしたキャピタル・シティズの『SAFE AND SOUND』やんけ。

ワイ、めっちゃ好きやねん、この曲。全身から喜びが溢れ出て来て、自然と踊りだしてしまうんや。

あいくっりふちゅあっぷ~♪(I could lift you up)

・・・・・

ひょえっ!?

な、なんだこいつ!?

ふがふがふが…

なんか言ってるぞ!

お、お願いだ…

頭の被り物を引っ張っり上げてくれ…

手が届かなくて、ひとりでは脱げないんだ…

そ、その声は、おかえもん?

待ってて、今すぐ助けてあげるから!


うんとこしょ…

どっこいしょ…


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ハァ…ハァ…

ありがとう…

苦しくて死ぬかと思ったよ…

なんやねん、この毛むくじゃらの化けモンは!?

チューバッカの親戚か!?

ゴン太…君?

こいつの名はクケリ。ブルガリアの妖精だ。

東南ヨーロッパで行われる冬の終わりの祭りでは、こいつらが町を練り歩くんだよ。昔は各家々にクケリが入って来て、人々は悪さをされないようにクケリを接待して、家から出て行ってもらったそうだよ。

なまはげか!

いやホントに日本の「なまはげ」とか「節分」にそっくりなんだ。もしかしたら起源は一緒かもしれないね。クケリって名前もサンスクリット語から来ているみたいだし。

なんで頭があんな形をしてるの?

なんだか…その…あれみたいで…

「冬(死)」を追いだし、「春(生)」を迎える祭りだからね。

ウサギとか卵を使うイースターと同じで、繁殖シーズン到来を告げるシンボル的な意味があるんだろう。

なるほど。いわゆるひとつのファルスっちゅうやつやな。

クケリ祭りの動画はコチラ。音楽がトランスっぽくていいよね…

いや~!楽しそ~!

今回は、このクケリが大活躍するドイツ・オーストリアの映画『ありがとう、トニ・エルドマン』(原題:TONI ERDMANN)を解説しちゃうよ。

ありがとう!

まずは予告編から、いってみよう!

不毛?

主人公の女性がこの毛むくじゃらのクケリとハグするシーンの前に「春のヘア祭り」があるんだ。

パンか!

なんやねん、ヘア祭りって?

主人公の女性が主催する全裸バースデイパーティだよ。全裸の人しか参加できない誕生会なんだ。

さすがドイツ人!!!

自宅でのヌード誕生会の途中でクケリを追って外へ飛び出すんで、主人公の女性は裸にバスローブ一丁なんだね。もちろん裸足で。(←ここ大事)

物語では急遽ヌードパーティーになって、唐突に登場人物たちのヌードシーンが始まるんだけど、いくら「本来の自分を取り戻す」という象徴的なイニシエーションとはいえ、多くの日本人には驚きの展開かもしれない。

当たり前でしょ!

でもね、多くの欧米人にとっては、意外でも何でもない展開なんだよ。

誕生会が突然の全裸パーティーになっても意外じゃないって、どうなってんだ西洋は!?

いや、さすがの欧米人でも現実でそうなったら驚くだろうけど、この映画のストーリー的には全然驚かない。

と言うか、

「ああ、こう来たか。納得」

って感じなんだ。

?????

実はね、映画冒頭の数分間を観ただけで、多くの人が「全裸にバスローブいっちょう姿の子が外で父と抱き合うシーン」が来ることを予測できるようになってるんだ。

な、なにィ!?

この映画は、カンヌでも米アカデミー賞でも賛否が大きく分かれたんだけど、賛否の分岐点は、この導入部をどう見るかで決まると言っていい。

どういうこっちゃねん!?

ではまず、映画のあらすじを。


ドイツで子供たちに音楽を教えながら老犬と暮らす孤独な男ヴィンフリートと、ルーマニアの首都ブカレストで多国籍企業のコンサルタントとしてバリバリ働いている娘イネス。この二人が映画の主人公だ。

ヴィンフリートはイネスがまだ少女の頃に妻レナーテと別れ、以来ひとり淋しく暮らしている。いっぽうレナーテはイネスを連れて再婚した。

このヴィンフリートという男が、また変わった男でね。寒いオヤジギャグやドン引きするジョークばかり言ってるんで、周囲は彼に僻癖しているんだ。

ドイツにもおるんやな。そうゆうオッサン。

映画は162分もあるんだけど、オヤジギャグが100分くらい占めている。

マジか!?

ごめん、言い過ぎた。62分くらいだ。

それでも、ちょーウザい!

でもね、この「寒いジョークの数々」が、この映画の重要なポイントなんだよ。周りが反応に困るような言動を延々繰り返す人ってのは、昔からいるからね。でもそれは悪意でもなんでもなくて、愛ゆえの行為だったりするんだ。だけどその時は誰も気が付かないんだよね、その言動の意味が。だから鬱陶しがったりする。でも後から振り返ってみると、その真意が見えてくるんだ。

なんか、わかってきた…

その通り。だからヴィンフリートは別人格であるトニ・エルドマンになって、ルーマニアでドイツ「大使」を騙ったんだよね。アンバサダー…つまり、偉大な国から遣わされた「代理人」であると。

ほう。なるほど、そういうことか。

ここも重要なんだ。

ドイツって国は、かつてヨーロッパを支配した神聖ローマ帝国の継承者だと密かに自負している。そしてルーマニアって国の名は「ローマ人の土地」って意味だ。

この映画は、そういうテーマも孕んでいる。

こいつはオモロい展開になってきた!

さて、本筋に戻ろうか。

人生経験豊富な中年男性にとって、ヴィンフリートは非情に身につまされる人物だ。もうね、見てるだけで切なくなってくるんだ。

ドイツに娘が久しぶりに帰ってきたんで元妻の家に呼ばれるんだけど、そこには元妻の旦那がいて、その息子カップルもいて、彼らと仲良くしなきゃいけない。こっちが精いっぱい気を遣って会話をしても、冷たくされる。まあ会話っていうかオヤジギャグなんだけど。しかも音楽クラブの発表会のためにやった「ジョーカー」の顔メイクのまま。

それは対応に困る…

しかし日本ではあまりない場面だよね。昔の奥さんの家に呼ばれるって。

しかも元嫁の今の旦那はヴィンフリートと正反対の男なんだ。まるで自分への当てつけなんじゃないかって思うくらいにね。

一言でいうとヴィンフリートは生活能力に欠ける人物だ。音楽やジョークが好きで、質素を好み、お金とは無縁の生活。

ちなみにヴィンフリートの別人格というか同位体である「トニ・エルドマン」という名は、そのコンプレックスから来ている。TONI ERDMANNを並べ替えると「I AM NOT NERD(私はダサくない/無能者じゃない)」になるからね。それとERD(エルド)はELDにも聴こえる。「老いぼれじゃない」って意味もきっとあるね。

ほうほう

さて、元嫁の旦那とその家庭は、ヴィンフリートの生活とは真逆だ。

でも、みんな表情が硬くて、どこか嘘くさい。「作られた」ような家族なんだ。

なんか、オッサンの主観がめっちゃ入っとるんとちゃうか?

いや、きっと多くの人にもそう見えるはずだ。

娘イネスは自分が知っていた頃のイネスではなくなってる。彼女が主役なのに、ずっと家の外で仕事の電話してるんだよね。(←ここ大事)

ようやく会話をしても、全く噛み合わない。離婚してからほとんど会ってないということもあるんだけど、人格が別人のようになってしまっている。

だからヴィンフリートは心配になり、彼女のブカレストでの生活を見に行くことにするんだ。

おやごころやで。キリの無い親切心を、人は親心って呼ぶんや。

でもアポ無しで職場に来るもんだから、イネスはイライラする。仕事仲間や友人にダサい父親を会わせたくないからね。

娘に冷たくされたヴィンフリートは、別人格トニ・エルドマンとなって、娘にまとわりつき始める。仕事場でもプライベートの場でも、トニは神出鬼没だ。

ヨレヨレのスーツにボサボサの変なカツラ、そしてニセモノの出っ歯をつけて、いつも貧乏臭いエコバッグを手にしてる。いや、腕を通して肩にかけているんだよね、エコバッグを。超絶にダサい恰好だ。その姿でいつも現れては、いろんな人に「私の仕事は人生コンサルタントです」とか「私はドイツ大使です」とか嘘ついて挨拶して回る。

異国でイケてる生活を送っている娘にとっては「マジ死んでくれ」って思うよな。

しかも、これが微妙に受け入れられるんだよね。ドン引きされるかとおもいきや、娘の関係者に意外と好かれてしまう。

もう悪夢(笑)

ヴィンフリートにとっては、娘イネスの今の姿が心配で仕方ないんだよね。人間らしくないっていうか。なんとか自分が知っている昔の姿に戻したいと願うんだ。寒いオヤジギャグや、ドン引きジョークを連発してね。

そしてイネスは、次第に取り戻していく。

いつも能面のように「しかめっ面」で、決して歯を見せて大笑いしないという、ヴィンフリートと離れてから作られた自分の殻を破っていくんだ。いや、破られてしまうのかな。

それでええ

あまりにも父が突然目の前に出現するんで、グローバルエリートでバリキャリでクールなドイツ女子という鉄壁のガードが徐々に崩れていく。ふとした瞬間にスキを見せてしまうんだ。

いつも無表情で、笑っても歯をほとんど見せないイネスが、最初に大きく口をあけて歯茎を見せるシーンなんか凄く上手いよね。仕事仲間や大事な人がいるパーティー会場みたいな場だったかな?誰にも見られなかったんだけど。

イネスを演じるザンドラ・ヒュラーは、今ドイツで最も脂が乗った役者だ。いい演技を随所に見せるし、脱ぎっぷりもいい。2010年の『裸の診察室』は隠れた名作だね。彼女は要注目だよ。

全裸が好きな女優さんなんだ!こっちも観てみたいな!

おい、本編はR15+指定やで。

そして嫌っていたヴィンフリートの血が、彼女の中でだんだんと蘇ってくる。言動が父親そっくりになってくるんだよ。超おもろしろいんだ、ここが。

そんでホイットニー・ヒューストンの名曲『Greatest Love Of All』を歌うんやな。いろんな紹介記事にもそう書いてあるで。

いい歌詞だよね!

「自分のことを大事にして」っていうお父さんの思いが重なってる。

「もしあなたが望んでいたものが上手くいかなかったとしても、決して落ち込まないで。愛することを知ることで、あなたは強くなっていくのだから」

って感じの歌だっけ。素敵だよね。

この歌を歌うことで、イネスは自分を取り戻すんやな。

能面の洗脳が解けるわけや。

いや、そうじゃないんだ。

洗脳はもうほとんど解けていた。この歌はダメ押しっていうかクロージングみたいなものなんだ。洗脳が解けていないと、この歌を歌うところまで行かないから。

どゆこと?

イネスはルーマニア庶民を見下していたんだ。英語も喋れないし貧乏だしね。ブカレストに住みながら、彼らと接触しないようにしてたんだ。外国人向けの高級アパートメントに住み、外国人向けのレストランで食事し、外国人向けのクラブで遊ぶ。移動はすべて車だ。現地人のいる町は歩かないようにしていた。

だからあの歌の場面のような地元民のパーティーには行ったことがない。行きたいとも思っていなかった。オフィスがあるビルの窓から高い壁に囲まれたスラム街が見えても、何も考えないようにしていたんだ。自分自身を必死で洗脳してたってわけだね。

でも「ある時」に、それが解けてしまう。だから父の言うままに地元民のパーティーに参加し、ホイットニーの歌を歌えたんだ。でも、洗脳が解けていたことを自分で認めたくなかったから、歌った後の行動に繋がった…

むむむ…

じゃあ「ある時」って?

イケてる仲間とコカインをばっちり決めて、シャンパンあけまくって乱痴気騒ぎしてたクラブで「ある曲」が流れた瞬間だ。あの時、イネスの中で洗脳が解けたんだ…

そ、その「ある曲」とは…?

このツルガキ冒頭で流れた…

『SAFE AND SOUND』だよ!

おお!

このための布石だったのか!

『Greatest Love Of All』も物語では重要な歌なんだけど、『SAFE AND SOUND』はその100倍重要だ。

いや、この映画『ありがとう、トニ・エルドマン』は、『SAFE AND SOUND』から作られたと言っていい。

映画のタイトルを『SAFE AND SOUND』にしてもいいくらいなんだよ。

ええ~!ホントに?

きっとあの曲を聴いて、脚本・監督のマーレン・アデはこの物語を書こうと思ったはずだ。そしてその事実は、映画の冒頭数分間で全て示されている。

だからこの映画で最も大事な歌は、キャピタル・シティズの『SAFE AND SOUND』なんだよ。この歌と物語の関係をよく理解することで、この映画は何倍も面白くなる。

まあ、本人に確かめたわけじゃないんだけど。

こいつはワクワクしてきたで!

ねえねえ、早く教えてよ!

映画冒頭で示される作者のメッセージを!

うん。

じゃあ続きは次回に。

ええ~~~!?!?

お別れは、映画で使われた『SAFE AND SOUND』のクラブRemixバージョンで。Tscheus!



『ありがとう、トニ・エルドマン』

(原題:TONI ERDMANN、2016年ドイツ・オーストリア)

監督・脚本:マーレン・アデ

出演:ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー、イングリッド・ビスほか

日本での公開スケジュールはこちら


『SAFE AND SOUND』収録のCapital Citiesのアルバムはこちら。名曲『Origami』も必聴。

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