わたしたちは意識を食べてる。
昨日、アッとひらめいて飯村さんの玄米を少しだけ瓶に入れて、豆乳を足してみました。玄米ヨーグルトですね。
豆乳ヨーグルトを実験的に作るのが好きで、今まで色んなもの、玄米、甘夏酵母、焼き塩、酵素水、アグアVHや糖蜜やピッコロなどなど、試してきました。どれもおいしかったです。今は自家製酵素水で作った豆乳ヨーグルト食べてます。
だいたい、どんなものも発酵するまで夏場は1,2日、冬場は2,3日かかります。なので、明後日くらいにできるかなぁーと昨日の時点では思ってました。
今朝、瓶を開けて様子を見てみると、もうヨーグルトが出来上がっているではありませんか。
今まで、作り始めて一日でできたことって、確かないです。
何故だろう。
作った人の意識がそのまま、作ったもののエネルギーになるんだな。エネルギーの高い食べ物がおいしいのは、発酵力の強さが結果となって表れてるんんだ。
エネルギーが高い=発酵する力が強い
そしてそのエネルギーは、作り手の意識が最も表れている。
きっとおいしいものができるぞと、確信はあったのですが、一口食べてみると、すごくやさしくてなめらかな口当たりで、酸っぱさも全くなくて、飯村さんのお米に対する愛を想いました。私は全然わかってませんでした。
意識の力のすごさ、愛の力のすごさ。
わたしたちは食べ物を食べてるんじゃない、そこに込められた意識を食べてるんだ。お腹いっぱい心もあたたかな食事とは、想いそのものなんだ。
料理をする母の愛とか、育ててくれた農家さんの愛とか、届けてくれたお店の人の愛とか、運んでくれた運転手さんの愛とか…。
そういったものが食べ物には詰まっているんだ。
そこには、食べている人の「いただきます」も勿論含まれている。
昨日は、想いを文字にできないと書いたけど、あの後私は反省しました。
色々思い浮かぶこととは雑念なのです。
意識をいつだって愛に集中させていれば、雑念や迷いは浮かびません。
愛とはゼロです。中庸です。常にゼロで居続ける努力が生きることです。
意識を動かせば人間。意識を動かさなければ愛の人。神との一体化です。
神とは宗教的などこか何か救い主でもなんでもなく、人の意識の表れ、発酵を促す微生物、自然を動かす法則そのものです。
法則に従って生きていくより他ありません。
それは自他の境界を超えることです。
食べる度に、そのことを想い出すだろう、今日の気づきでした。
飯村さんご夫妻、本当にありがとうございました。
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