落下中

足を踏み外したとわかったのは一年前。白い服を着たかしこそうなサルが教えてくれた。
何十年も歩いてきた瑪瑙のような暗い緑色の小径。生まれてからずっとあるいてきた道で、いままで何度も踏みはずしかけたがその度に踏みとどまってこれた。誰もがいつか落ちると教わってきたがどこかで信じていなかった。
落下はおそろしい勢いで、およそものが考えられない。出来ていると思っていた心構えは錯覚だった。よその誰かからの借り物だった。年寄りの入れ知恵だった。
以来落下をずっと続けてきた。なかなか終点につかない。そしてつかないことに慣れてしまった。腹の内側が冷たくなるような恐怖も虚無に帰る孤独も周りの音が聞こえないほどの心臓の鼓動も日常になってしまうとそれなりに折りあえる。もしかしたらこのままずっと落ち続けていられるのではないか。多少不便ではあるが永遠に近い時間を手に入れたのかもしれないと思うようになっていた
そして一年。どうやら底が見えてきたようだ。うすぐらい谷の底にさらに黒黒とした岩のようなものがある。おそらくそこだ。まっすぐに向かっている。それに当たった時の様も想像がついてきた。
さあ目を覚ますなら今だ。



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