歳時記を旅する17〔蜩〕後*蜩やゆの一文字の露天風呂
磯村 光生
(平成八年作、『花扇』)
江戸時代後期の文化八年(一八一一年)に記された『七湯の枝折』は、箱根七湯の風景や名所・旧跡を絵入りで紹介する。
その「底倉全圖」には、湯宿の番頭らしき男が、紺の暖簾を下げた玄関で、三人の旅人を迎える姿が描かれている。
蜩の声によく似た声にかじか蛙がある。
『七湯の枝折』にも、かじか蛙を「声面白くしてひぐらしの啼に似たり」と紹介する。
底倉温泉のつたや旅館は、描かれた湯宿四軒のうち今に続く唯一の旅館である。
「ゆ」と書かれた暖簾をくぐると、蛇骨川の渓谷に蜩の声を聞く露天風呂がある。
(岡田 耕)
(俳句雑誌『風友』令和三年八月号「風の軌跡―重次俳句の系譜」)
写真/「底倉全圖」『七湯の枝折』箱根町立郷土資料館