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歳時記を旅する20〔木枯し〕後*凩を谿に納めて峡暮るる

磯村 光生(平成十四・十五年作、『花扇』)

 堀辰雄の『風立ちぬ』では、風が、流れゆく時間と、時として主人公の心象を描き出す。

 妻の節子を亡くして、十二月から山小屋にやもめ暮らしを始めると、出会った神父の「こんな美しい空は、こういう風のある寒い日でなければ見られませんですね。」という言葉に妙に心が触れる。

 そして十二月三十日には、「此処だけは、谷の向こう側はあんなにも風がざわめいているというのに、本当に静かだこと。」と言い、常に冬の風の存在を意識している。

 句の主語は「峡」と読んだ。もう日が暮れるので、山は木枯しに谷に帰ってもらった。気まぐれな木枯しでも、山の言うことには大人しく順うのである。

(岡田 耕)

(俳句雑誌『風友』令和三年十一月号)

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