チャッターアイランド vol.15
『チャッターアイランド』はDJ/プロデューサーのokadadaとDJ/ライターのshakkeがしゃべったことを記録する、という趣旨のテキスト/音声コンテンツです。毎月1回の配信を予定してます。今回は読んだ本の話が多かったので言及した本のデータを併記しております。
オカダダ、『ドン・キホーテ』に触れる
shakke オカダさんは最近どんな本を読んでるんですか?
okadada けっこう本買わないようにしてたんですよ。でも、いまは大阪に住んでた時代とか20代前半のころぐらい買ってますね。古本屋行って、目についておもしろそうと思ったら買う、みたいな。昔はそれで積んで積んで、ってなっちゃってたからしばらくやってなかったんですけど。
shakke それ、読むペースは追いついてんの?
okadada 全然追いついてない。だって、並行して読んでるやつが(部屋の)各所にありますもんね。ここにも『資本主義だけ残った』って本があるっすね。これはいわゆる資本主義リアリズム的な……資本主義だけがいまの現実になってしまってるのはなぜかっていうのをちゃんとまとめる、みたいな。ちょっとむずかしいんで、ちまちま読んでますね。あとは『ドン・キホーテ』。
shakke 出た!
okadada (ミゲル・デ)セルバンテスの『ドン・キホーテ』。全6巻で、いまはまだ2巻の中盤くらい。
shakke こないだ軽く『ドン・キホーテ』のおもしろさみたいな話は聞いたけど、端的にここでも紹介してもらいたいな。
okadada 文学を知ってるひとにはいまさらな話やけどね。教科書にも載ってるし。ざっくり言うと、風車に向かっていく騎士のおじいちゃんって話としてみんな覚えてると思うんやけど。1600年初頭ごろのスペインでセルバンテスが書いた、作品のなかで何十年も前の騎士道物語を読みすぎて頭がおかしくなっちゃった地方の名士のキハーノっていうおっさんが全部本当の事だと思い込んで“オレは騎士なんや!”ってドンキホーテを名乗って旅の騎士になって、近所の農夫サンチョを従士にしてスペイン中を旅して、妄想を現実だと思い込んで“巨人が来た!”って風車に突っ込んでって槍をぶっ差してひっくり返る、みたいな。そういうコメディーなんです。ここぐらいまではなんとなく知ってるじゃないっすか。この作品が近代小説の元祖にして完成形……アルファにしてオメガといわれてる作品だっていうのは5、6年前になにかに書いてあって。たぶんアメコミ関連の書籍にそういうことが書いてあってはじめて気づいたんですけど。めちゃめちゃメタ小説なんすよ。
shakke うんうん。
okadada まず……これ、ややこしいんすけど、この『ドン・キホーテ』っていう話を書いてるのはアラブ人なんですよ。アラブ人の作家(シデ・ハメーテ)がスペインのドン・キホーテという男の話をアラブ語で書いて、それを翻訳したヤツがいて、その翻訳を編集しているのが僕セルバンテスなんです、っていうことになってるんです、作品のなかで。
shakke ハハハハハ! 建て付けからしてもうすでにややこしい!
okadada これはどうやらパロディーの元になってる騎士道物語によくあった形式らしいですね。作者を別に設定して、その作者自体の格も上げていくっていう。
shakke なるほどね。かつてこういうことがあった、っていう書き方。
okadada そうそう。『ドン・キホーテ』はそれ自体もパロディーにしているっていう。
もう1巻の序文から全速力ですよ。“ぼくはいま序文を書いてるのだが、序文に書くことがない”って書いてあって。まぁもうすこし格式ある筆致で書いてるんやけど。要約すると“この本そんな立派なこと書いてない”みたいな。この当時の本は大著になるし、作品としての重みがすごいんで。“みんないろいろ宗教的な引用とかしてるのに、そういうのもあんま思いつかへん。どうしよ、これ”って。そしたら友達が来て、セルバンテスになにを悩んでるんか訊くわけです。で、こんな感じで悩んでるって言ったら、友達は“ハッハッハ! バカだなぁ。そんなんは適当にやったらええねん”って言うっていう。
shakke フフフフフ……。
okadada “たとえば川だったらドナウ川とか、格式ばった用語を用意しといて適当にやったらええねん。どうせみんなちゃんと読んでないんやから”って言われて。それとソネットっていう、いわゆる詩ですよね。当時の本の作りとして、知人のすごい詩人とかにその話に捧げるソネットを序文で掲げてもらって、それによって格式を上げていくっていうのがあったみたいで。でも作品内のセルバンテスはそういう詩人の友達もいいひん。そしたら“そんなん自分ででっち上げて書いたらええねん”って。で、詩がはじまるっていう。
shakke すごいねぇ。荒唐無稽だなぁ。
okadada ほんと一事が万事こんな感じで進んでく。でも、このひとはすごい知識人だし、『ドン・キホーテ』自体も世界の重要な文学百選に選ばれているような作品なんですよね。そういうタイプの近代小説、というかメタフィクションが自分は好きなんで……
shakke そうね。その源流だもんね。
okadada そう。だからこれはいつか読まねばと思ってて。最近ちょっと読書の意欲が上がってきたから、ついに買うかと。全6巻ですけど、サクッと読めそうですけどね。
shakke この歳で読んでもおもしろい?
okadada まぁ10代とかだったらちょっとむずかしかったかもっすけど、いまやったら楽しめるっすね、いろんな意味で。これ、前編3巻、後編3巻って構成なんですけど、当時は前編が出てから10年後に後編が出てて。前編がすごい人気が出て、じゃあ後編どうなるかっていうと、後編の世界は前編の本が作品内でも出版されてるって設定で。
shakke ハハハハハ! メタ!
okadada ふたたびドン・キホーテが旅へ出たら、もう前編が出版されて評判になってる世界やから“あれ、もしかしてドン・キホーテさんじゃない?”ってなるっていう。
shakke なるほど。『シャーロック・ホームズ』パターンかもね。
okadada ホームズもそうなんや?
shakke 作品内で相棒のワトスンがホームズの活躍を新聞に投稿してたりしてて。その源流も『ドン・キホーテ』なのかもね。
okadada なるほど。ほかにもメタ演出はあって、1巻の序盤にキハーノが騎士道物語にハマりすぎちゃったから、まわりのひとたちが悪影響を与えた本を焚書しようってシーンがあるんですよ。で、どの本を燃やすか品評していくんですけど、そのなかにセルバンテスの『ガラテーア』……これはセルバンテスが『ドン・キホーテ』を出す前に発表した作品なんですけど、それが出てきて“これは作者が続編書くって言ってるから保留しよう”みたいな。そういったくだりも単純に笑えるじゃないですか、いまのオレらから読んでも。
shakke いわゆるメタコメディーのベタなところとしてね。
okadada 完全に逆なんですけど、筒井康隆的なね。そういうものの源流であり、スペインという国におけるこの物語の意味も考えるとおもしろいですよ。あくまでこれは表層的な紹介ですけどより多層的な読み方ができるし、一生『ドン・キホーテ』を研究してるひとだって世界中にいるわけで。読み終わったらそういう評論も読んでさらに理解が深まればと思ってますけど。
shakke セルバンテスしか勝たん、と。
●チャッターアイランド#15でshakkeが紹介した書籍
『ジョージ・A・ロメロ「ゾンビ」世界新聞広告集』
発行/ノーマン・イングランド
自主・資料性博覧会頒布書籍
『サスペリア調査報告書』
発行/滝口明
自主・資料性博覧会頒布書籍
『劇伴倶楽部 Vol.17 赤毛のアンの音楽世界』
発行/劇伴倶楽部
自主・資料性博覧会頒布書籍
『美少女戦士セーラームーン 1992 転生版』
発行/タイム・トンネル
自主・資料性博覧会頒布書籍
『80年代アクションアニメーター参加作品解説本』
発行/アクションアニメーター研究所
自主・資料性博覧会頒布書籍
『特撮版人間臨終図鑑』
発行/タイム・トンネル
自主・資料性博覧会頒布書籍
『ウルトラマンタロウ〜流用音楽の世界〜』
発行/ルノホート
自主・資料性博覧会頒布書籍
『現代切手 2020』
発行/現代切手
自主・資料性博覧会頒布書籍
『ダカーポ No.220』
雑誌・1991年1月2日号
出版/マガジンハウス
●チャッターアイランド#15でokadadaが紹介した書籍
『資本主義だけ残った』
著/ブランコ・ミラノヴィッチ
出版/みすず書房
『ドン・キホーテ』
著/ミゲル・デ・セルバンテス(牛島 信明 訳)
出版/岩波文庫
『ポスト ハウス・ミュージック ディスクガイド』
著/Sanshiro(Deep Dance Music Page)
出版/DU BOOKS
『大韓ロック探訪記』
著/長谷川陽平
出版/DU BOOKS
『オーバーヒート』
著/千葉雅也
出版/新潮社
『私という現象』
著/三浦雅士
出版/講談社
『憂鬱と官能を教えた学校』
著/菊地成孔、大谷能生
出版/河出書房新社
『現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ』
著/沼野雄司
出版/中央公論新社
『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』
著/岡田暁生
出版/中央公論新社
『倍音 音・ことば・身体の文化誌』
著/中村明一
出版/春秋社
『龍の起源』
著/荒川紘
出版/紀伊国屋書店
『映像の原則』
著/富野由悠季
出版/キネマ旬報社
『マンガと映画 コマと時間の理論』
著/三輪健太朗
出版/NTT出版
『白土三平論』
著/四方田犬彦
出版/作品社
『漫画のスキマ-マンガのツボがここにある!』
著/菅野博之
出版/美術出版社
『デジタル・ストーリーテリング-電脳空間におけるナラティヴの未来形』
著/ジャネット・ホロウィッツ・マレー
出版/国文社
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