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全部足りない、だから海を渡る

 2024年11月9日、千葉ロッテマリーンズはポスティングによる佐々木朗希のMLB移籍手続きを進めると発表した。皆さんご存じの通り、賛否両論……というか、ほとんど「否」の意見だった気もする。

 実際、譲渡金はマイナー契約としては破格の2.5億円とみられているが、今の実績・身体の状態そのままで彼が25歳でさえあれば山本由伸の譲渡金70億円を超えたかもしれないし。ビジネスの話をおいておいたとしても、2024年の成績は勝利数こそキャリアハイだがその他はことごとく調子を落としており、苦しみながら投げていたのがファン目線からでも十分に感じられた。
 彼のピッチングに魅せられ、地獄まででもついていく所存の私がそういった世論に流されることはないのだが、そんな私でさえ「準備不足では?」と思った。大好きなピッチャーだからこそ、最高に評価される状態で行ってくれるのがよいと思っていた。この発表は、25歳ルールなんか気にしていなかった私にとっても衝撃だった。

 それから2か月半、自分なりにこの選択を解釈してきた。「理解した!」などとは恐れ多くてとても言えないけど、大好きな投手の考えに少しでも近づきたい一心で考え続けたのは確か。
 この先ここに綴るのは、いち佐々木朗希ファンの見解である。

 2025年1月23日、午前8時。佐々木朗希のドジャース入団会見がLAで行われた。多くのファンが見守った会見を、私も朝食のパンを片手にスマホで視聴していた。
 火災を気遣うコメントから始まり、11番のユニフォームを羽織り、会見は一問一答へと進む。ここである記者から「MLBへの挑戦に際して、自分に足りないものは何だと考えているか」と質問があった。
 私もこれは知りたかったことだった。目と耳に意識を集中させて、何を言うのか聞き逃すまいと息を止めていた気さえする。しかし本人の口から発される答えを、私はすでに分かっていた。あとから書いているので嘘だと思われても仕方ないが、返答を待つ間、私は念じていた。

「全部って言うだろうな。言うよね?全部って言え」

 なかなかに気持ち悪い自覚はあるが、そう念じていた。そして、佐々木朗希本人の返答。

「僕のなかでは全部足りないと思っています」

 思わず小さくガッツポーズをした。よかった。安心した。
 (実際のツイート)

 前日夜のNHKの特集 クローズアップ現代 にもヒントは散りばめられていたが、このときのうれしさは格別だった。その瞬間リアルタイムで本人の口から聞いた「全部足りない」は端的に今回の移籍と佐々木朗希という人となりを表しているように思えた。

 実績が足りないのはもちろんのことだ。細かな技術もそう。右打者のインコースへ狙って投げられたことだってほとんどないし、フォークの制球がままならない日は途端に苦しくなる(今シーズンはスライダーでやり過ごしたけど)。
 それでも実働4年で600球以上の160km/hを投げ(2013年以降NPBの160km/h超が約1200球)、20歳で完全試合をし、13者連続奪三振・52者連続アウトを記録している。でこぼこの才能。

 侍ジャパンの映画で佐々木朗希は「野球は自分が評価される唯一のもの」と話していた。己に課して言葉にするには重すぎないかと思うくらいの、野球への探求心をファンは知っている。MLB球団との面談でもピッチングの話になったとたん饒舌だったという話も聞こえてきた。ロッテ種市とも、投球の話ばかりしていたそうだ。
 目標と現在地との距離は、きっと彼が一番分かっている。
 「全部足りない」を聞けて、"分かっている"ことが分かったのが何よりうれしかった。

 25歳になってからの渡米でも、選手として最も脂の乗る20代後半にMLB移籍は可能だが、23歳の今、全部足りないからこそ海を渡ったのだと私は解釈をした。日本での成績が不十分だという人が多かったが、もし山本由伸のような成績を残せていたら、逆に今渡ることはなかったのではとさえ思う。
 自分の力量を分かっていて、だからこそ同じことをしていては追いつけない、追い越せないと考えたのではないか……と。いや、妄想はここまでにしておこう。

 全部足りない。その足りない全部をどうやって充実させてくれるのか、楽しみで仕方がない。10年後くらいに、佐々木朗希って実は日本時代は無冠なんだよって、規定投球回すら投げてないんだよって、したり顔で語らせてくれ。それを驚かれる選手になってくれ。

(了)

サムネイルはXフォロワーのうぼん様よりご提供いただきました。ありがとうございます!

うぼん @ubon20031003

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