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2020年 香港は、そして世界はどこへ行くのか?
2020年5月27日
初めての世界一周の旅のスタート地点は香港でした。
1988年3月。昭和63年のことです。
世界一着陸が難しく、香港カーブの名で恐れられた、ビル群スレスレに着陸する飛行機で、深夜、今は無き啓徳空港に到着しました。
タラップから目にしたオレンジ色の灯火に照らされた空港と、それを映し出す低く垂れ込めた曇り空。薄暗いターミナルビル。
そんな情景が今でも脳裏に焼き付いています。
その時点でこの先の旅への期待感などほとんど無く、不安ばかりが心を覆っていました。
空港から乗り込んだバスを九龍の尖沙咀で下車し、寄ってくる客引きを振りほどきつつ、重慶大厦にビクビクしながら駆け込んだことも、今となっては懐かしい思い出です。
そんな香港ですが、いやそんな香港だからこそ、私には思い出深い特別な街になりました。
その後、香港には5回ほど行く機会がありましたが、ネイザンロードに立つたびにあの時の香港を思い出して、胸が締め付けられるような思いを感じていました。
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香港返還直後の1998年、2度目の世界一周の旅の途上でも香港に立ち寄りましたが、街からユニオンジャックが消えたことと、「中国元両替します」という看板が目立ったこと以外、まだそれほど大きな変化は感じられませんでした。
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1997年の中英共同宣言で50年続くと保証されていたはずの香港の一国二制度が、今や風前の灯です。
現在開かれている中国の全国人民代表大会では、香港に導入しようと企んでいる国家安全法の審議が続いています。
明日28日にも採択されてしまうという情報もあります。
この法案が成立してしまったら、もうあの香港は二度と戻ってくることはないでしょう。
香港はいずれ現在のウイグルやチベットのような状況になってしまうかもしれません。
去年、逃亡犯条例の改定案が香港議会に提出されたときは、香港市民による大規模な反対デモのおかげで、かろうじて撤回に持ち込むことができました。
しかし今回は全人代が一方的に可決してしまうことになりそうです。
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中国共産党は今回の新型コロナウイルスの責任を逃れるため、この国家安全法を問題にさせることでコロナの責任をあやふやにしてしまおうとしているのではないか、との報道も目にしました。
トランプ米大統領の声明を始めとして、世界中の国会議員の反対署名なども相次いでいます。
コロナで米軍が自由に動けないのをいいことに、尖閣諸島周辺海域には44日間連続で今日も中国公船が確認されています。
先日は日本の漁船が領海内で中国船に追尾されたとのニュースもありました。
コロナ後の旅がどうなるのかという心配もありますが、いったい世界はどうなっていくのか気がかりでなりません。