エカテリンブルクでロシア構成主義の建築巡り【3度目の世界一周#24】🇷🇺
2019年8月16日
久しぶりにのんびりと浴槽に浸かりました。
午前10時。さっぱりしたところで街歩き開始です。
なかなかの都会です。ロシアで4番目に人口の多い都市だけあります。
ユーラシア大陸をアジアとヨーロッパに分ける境界がウラル山脈と言われています。
エカテリンブルクはウラル山脈の東側ではありますが、街の雰囲気はすでにヨーロッパです。
今日は一日かけてエカテリンブルクに残るロシア構成主義の建物を巡りながら街歩きするつもりです。
最初はこちら。郵便通信局本局。1934年に完成した建物です。
現代の目で見るとなんてことない四角いビルですが、エカテリンブルク駅舎や一枚目の写真に見られるような装飾的な様式建築ばかりだった時代に、この建物の出現はかなり衝撃だったのではないでしょうか。
トラクターのような外観(かなあ?)で、当時のソ連の集団労働者を称えるものだったとか。
ロシア構成主義はロシア・アヴァンギャルドとも呼ばれ、キュビズムの影響を受けたロシア、ソ連における芸術運動で、建築分野においては構造体による構成、空間の美しさをシンプルな形態で主張しているという特徴があります。
建築で一番有名なものがウラジーミル・タトリンの第三インターナショナル記念塔でしょうか。
(実現はしていませんが)
郵便通信局からほど近くにイセチ川が流れています。
人工的に堰き止められているようで、上流側はちょっとした池のようになっていて、川沿いは公園のような遊歩道として整備されています。
左岸に沿って歩いてみます。
やがて右手に見えてきたのは「血の上の教会」。
誰の血の上か?と言うと、ロシア最後の皇帝ニコライ2世とその家族です。
1917年のロシア革命で退位させられたニコライ2世とその家族はエカテリンブルクへ送られ、イパチェフ館と呼ばれる屋敷に78日間幽閉させられました。
その後一家は幼い5人の子供もろとも惨殺されるのですが、そのイパチェフ館があった場所にこの教会が建てられました。
イパチェフ館は1977年に、当時ここスヴェルドロフスク州の共産党第一書記だった、後のロシア初代大統領でもあるボリス・エリツィンの命令で取り壊されたそうです。
当時、米ソ間の緊張緩和が進み、この地を外国人が訪れることを禁止しきれなくなり、皇帝一家暗殺という残虐行為の証拠隠滅を図ったと言われています。
ソ連崩壊後の2003年、教会が完成しました。
ちょっと恐ろしげなこの教会を出て、再び街歩き開始です。
次なる構成主義の建築が、このドーム・ペチャーチ。
3つの新聞社の編集室やプレスルームとして建てられたものだそうです。
建物をぐるりと囲う横長の大きな窓が特徴的です。
建物のコーナーと階段室のRの壁が目を惹きます。
窓の感じはちょっとバウハウスの建物を思わせます。
同時代の建物なので影響を受けているのでしょうか。
さらに歩くと見えてきたのがこのホテル・イセチです。
ソ連の秘密警察「チェーカー」(後のKGB)のエージェントや将校のための寮として建てられたそうです。
現在は営業していない様子。
ホテル・イセチの目の前に建っているのが「建設労働者クラブ」
労働者のリラックスのための場だったとか。
どんな使い方をされていたのでしょうか?
現在は「シティーセンター」と名前を変え、ショッピングモールのような使われ方をしているようですが、こちら側のファサードは改修工事中です。
この階段室は、ちょっとル・コルビュジェの建築を思わせますね。
この窓も。
このテラスなんて、いかにもコルビュジェの住宅にありそうです。
では、ホテル・イセチに向かいます。
ちょうどお昼時なので、ホテル・イセチの1階に入っている評判のレストランに入ります。
セルフサービスのペリメニの店、ファブリカ・クーフニャです。
牛と豚と羊(だったかな?)のペリメニ、パン、マリネ風のサラダ、なんだか甘い飲み物。
これで258ルーブル、400円ちょっととは激安!
味も申し分なく、見た目以上にボリュームがあり、結構お腹いっぱいになりました。
食後、ホテル・イセチの裏手に回ります。
裏には「チェキスト村」と呼ばれた集合住宅群が庭を囲うように建てられています。
チェーカーの将校のための住宅だったそうです。
さて、構成主義建築巡りをひと通り終えましたので、トラムで移動します。
イセチ川を渡り、今朝、地下鉄を降りた「プローシャチ1905ゴーダ」駅近くまで戻ってきました。
このあたりがエカテリンブルク一の繁華街のようです。
にぎやかな歩行者専用道路を抜け、再びイセチ川の方へと戻ります。
上流側に戻り、今度は右岸を歩きます。
写真の下の方ににちらっと見える赤い線ですが、これに沿って街を歩くと、エカテリンブルクの見どころをひと通り巡れるそうです。
川沿いの遊歩道からは、午前中に行った血の上の教会が対岸に見えます。
遊歩道の上の公園にはテントが張られ舞台が作られているようです。
なにか野外劇でも行われるのかな?
公園はこんな様子。
散歩する人も多く、エカテリンブルク市民の憩いの場といった感じです。
ちょっと気になる建物があったので、この階段を登ってみます。
階段の上は広場になっていて、ここから建物に入れるようです。
白いアルミのパンチングのパネルに囲われた、面白そうな建物です。
エリツィン・センターと書かれています。
中に入ると大きな吹き抜け空間が広がります。
ギャラリーや各種のショップ、カフェ、ホールなどが入る複合文化施設のようですね。
ボリス・エリツィン・ミュージアムなんてのも入ってます。
吹き抜けの下に和傘らしきものを持った人がいます。
盆栽も展示されていました。
和傘のロシア人の脇を通りかかったら、
「ぜひ一緒に写真を撮らせてください」と引き止められました。
日本人と一緒の写真が欲しいみたいです。
言葉が通じないのでイマイチわかりませんが、どこかの庭園の紹介の人たちかな?
そこに日本庭園があるんでしょうか?
さて、そろそろ日も暮れてきたので、晩ごはんにします。
イセチ川を再度下って、川沿いのDr. Scotchという名のレストランのようなパブのような店に入りました。
天気も良かったので昼からビール飲みたかったのですが、やっとありつけました!
公園とか遊歩道とか出店はいくつも出ていたのですが、どれもアイスクリーム屋で、全然ビールが売られていませんでした。
ロシア人って昼間からウォッカとか飲んでへべれけになってるイメージがあったのですが、そんな人に全然会ってません。
食後、ホテルの前の高層ビルに展望台があるので上ってみました。
もう少し暗くなるまで待ちます。
日没後のエカテリンブルクが美しい。
そろそろホテルに帰って寝るとするか。