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弁理士事務所を運営してみた~1合目~

こんにちは、弁理士の岡崎と申します。
この記事は 知財系 もっと Advent Calendar 2023 #IP_AC 12/16のエントリーです。湯浅竜@Smart-IP社さんからバトンをいただきました!

今回は、弁理士事務所を運営してみた~1合目~と題して、
2016年より個人事業主として活動し、2022年に弁理士事務所を立ち上げたこれまでの経験と、現在地・思っていることをラフ?思ったままに書いてみます。
独立を考えている方にもし何か参考になることがあればと思い、実体験と主観多めで書いてみましたので、ぜひ最後まで読んでみてください。
(前半は気持ちの話、後半に独立と起業の話を書いていますので、具体的な話から読みたい方は「個人事業主の始め方」まで読み飛ばしていただいても構いません)

結構自分語りなので、優しい気持ちでお願いします!


現在地

今年の岡崎弁理士事務所

まずは、今年やってきた業務の振り返りを少し。

今年は、国内商標の権利化やマドプロ出願など、商標メインで取り組んだ1年で、100件以上の案件に関わりました。
著作権については、各種研究会に参加したほか、公益社団法人著作権情報センターCRICの賛助会員となり、知識のアップデートに努めました。現在は相談業務、譲渡・ライセンス契約の支援に取り組んでいますが、弁理士として何をすべきかは日々模索しているところです。
更に、商標権価値評価、著作権価値評価の業務も担当しました。これは会計の経験を活かし、なかなか他所で対応しているところも少ないものと思います。
その他、他の企業や事務所での、業務回しのお手伝いなどさせて頂きました。

ご縁があって、このnoteや岡崎弁理士事務所のX(Twitter)を始めたのも今年です。元々ややSNSに苦手意識があり、あまり積極的に更新する習慣がなかったのですが、12月でやっとちょっとずつ慣れてきたような感じです。

また、来年に掛けてやりたいことがいくつかあり、それに合わせて仕込み中です。

今の仕事スタイルに至るまで

今の状況を語るには、ここに至るまでの経緯があり、少し前の話をします。

2022年までの時期を大きく掴むと、「もっと知ろう」ということが裏テーマだったと思います。たとえば、お客さまの考えること、知財実務のこと、知財業界のこと、そこにいる人たちなど。

これは「お客さまの顔を見ないとすべきことは決まらない」という考えからです。要は「できる」と「すべき」、特に「すべき」を知らないで、弁理士としての立ち振る舞いを決め込むべきではないと思い、知ることを最優先にしていた気がします。

勤務?独立?

私は毎年、1年の目標を10個挙げるのですが、
去年より前は「事務所の売上○○円以上又は特許事務所への就職」という目標にしており、個人事業を一時閉店し、勤務弁理士になる可能性も考えていました。
(今はその可能性は全くゼロです)
これも、「できる」と「すべき」を自分の中でクリアにしてから業務に取り組みたいというこだわりです。
個人事業主から弁理士に変わるとき、悩んだ瞬間があったわけです。

・・・

そのころの私ですが、2016年から始めた個人事業主として経理とデザインの継続依頼があり、有難いことに経済的にはそれで安定していました。

その後、弁理士試験に合格しそのまま個人事務所登録したことによって、
「弁理士ではあるけど、収入の大半は会計・デザインの個人事業主として得ている」という、真水と塩水の混ざった汽水湖のような状態になりました。

けれども、私の原点は「弁理士になってクリエイター支援をしたい」であり、その弁理士になるために個人事業主としての道を選んだ経緯があります。
(なんで弁理士と個人事業主が繋がるの?と思われるかもしれませんが、かくかくしかじかで、当時20歳の私が、試験や、やりたいことのためには個人事業主としての道が最短だと感じたためです。個人事業主となった動機や経緯については、下の自己紹介noteにも一部書いてあるので良かったら読んでみてください!)

できますと言えるか

とはいえ言ってしまえば、弁理士ありきの個人事業主のため、
弁理士試験に合格したあとは、個人事業と弁理士業の関係で、一度勤務弁理士になって修行を積むか、個人事業主を続けながらその中で実践的に経験を積むか悩んでいました。

弁理士試験の合格はあくまで、知的財産権に関する法律(特・実・意・商・著・不・条約)を人より多少理解しているというだけで、職業弁理士としてすぐに何かできる訳ではなく、目の前には「生きたお客さま」もいます。したがって、実務修習などもありますが、業務を一人で完結するためには通常、経験を積むことが必須です。この経験をどう蓄積していくかということです。

個人事業主のまま並行で、弁理士業が「できます」と責任持って言えそうなら、業態は変えずに飛び込んでみるのも手です。たとえば、学びながら対応していく、先輩弁理士に聞きながら進める、まずは自己出願して一通り経験する、最初は法理解と実務修習の経験が応用できる範囲に受任範囲を絞るなどで、お客さまに全力で価値提供できることを前提として。

これを考えたところ、「できます」と言うにはより高い水準の準備と覚悟が必要だな、と思ったのが当時の正直な感覚です。これは下の理由からです。

  • 自分の行為でお客さまの権利範囲が決まってしまうこと(経理は形成的な作業ではなく選択的な作業であることと対照的)=自分が無知で不適切な権利範囲の権利書を作れば、お客さまに不可逆な影響を及ぼしてしまう

  • 損害が金銭的に表れにくいこと(例えば作業ミスや納期遅れがあった場合に経理の受託では損害が金銭的に算出しやすいことと対照的)=言い方少し悪いですが、お金で解決できる問題でないことがある

もし「できます」と責任を持って言えないなら、
思い切って経理・デザインを両方廃業して、特許事務所への就職して修行を積むという選択肢がありました。何かに打ち込むならなるべくそれ一本が望ましいです。あれもこれもやってうまくいく人は稀ですし、2つの仕事を並行するなら、基本的に1日16時間働いて他の人とトントン、というものです。弁理士としてのできる力を確実に育むための廃業です。

お客さまへ何をすべきか

ただ、具体的に顔が浮かぶ既存のクライアントがそこにいて、その付き合いをどうするかが一番の課題でした。
副業NGの特許事務所に勤めるのであれば、今まで行ってきた個人事業主ならではのシームレスな支援は一時閉店となります。
自分ができるできないか以上に、そのお客さまにとってどうなんだろうと。

もし、今いるクライアントとの縁を切らないのであれば、今まで行ってきた個人事業主ならではのシームレスな支援の延長で、連携して行える弁理士業の発掘ができれば、それもまた一つと考えていました。
たとえば、事業計画を会計的に支援する際に、マーケットの状況からブランドの商標権保護を提案出来たら、それまでお客さまの頭の中に無かった有益な情報を共有できるかもしれない。また、今までの営業・関係性・課題分析や抽出のスキルを活用できるし、他の弁理士に頼むのとはちょっと違う価値を提供できるかもしれない。その目線で業務を絞れば、「できる」ことをしっかり提供できるかもしれない。
少なくも私のお客さまは、ベンチャー・中小企業が多いこともあって、横断的でシームレスな支援を必要としていることが多いです。
お客さまが求めることが自分のできることのパズルで提供できるなら、それが弁理士としては花形業務であろうが、一風変わった業務であろうが、それもまた一つの形だなと。
抽象的な「弁理士像」を追及したり見られ方を気にするのではなく、「お客さま」に求められていることに責任を持って対応できるか、で考えるべきと思いました。

そんなこんなの脳内大会議の末、
「できます」と言える根拠をどうやって固めるかと、「経理やデザインをする弁理士」にニーズはあるのかないのか、そしてそれらのバランスを探るため、様々な場所に顔を出しました。

結果として、私は後者の、過去やってきた個人事業✕弁理士のミックスを選ぶわけですが、「できる」の観点では、独力で実務経験が絶対不可欠になるので、とにかく実務に触れることにこだわりました。1年で100件ほどの案件に関わり、それぞれの案件ごとに商標の類否判断や裁判例などを引きまくり、理解を深めました。
また半可通では通らないので、一時は毎週2本ほど知財に関する講義を受講して、毎月商標や著作権の書籍を読み漁り、必死に学びました。せめて知識では負けないという気持ちで。

2023年になると、「できる」こと「すべき」ことが分かってきて、岡崎弁理士事務所としての行く先も見えてきましたが、

それでも2023年もなお「もっと知ろう」という裏テーマは生きていて、色んな人と出会えて考えをより深められた1年になったと思います。

独立と起業の違い

魚と入道雲

私は、弁理士事務所を、個人事業主として運用しているのですが、
個人事業主のことは「独立」と「起業」に分けて、結構厳密に使い分けています。

法律の枠組みで言えば、(個人商店として)独立することも起業することも、個人事業主として変わりません。また、手続的な障壁もないからこそこの間は自由に行き来できますが、中身は、魚と入道雲くらい違うと思います(変なたとえ)。
魚が、自分の泳ぐエリアの餌を食べ、自分が食うために生きる生き方を選ぶものだとすれば、
入道雲は、自分の手を離れて、周りの塵とくっついて広がっていく生き方を選ぶもの、くらいの違いを感じます。
2023年は私にとって、この魚から入道雲になろうと藻掻いた1年だったとも思います。

個人商店として独立する、すなわち魚のように食うために生きることは、組織で餌を獲ってきてそれを分配することをやめ、自分で餌を探してくるよ、ということです。その為には、コンセプトを考えたりマーケット分析したりといった、初歩的な経営的思考すらも実は不可欠なものではなく、目の前にたまたま仕事をくれる人が3社くらいあればそれで成り立つ形態です。
大局的なことを考える必要性も限られます。市場のことを考えたときに、ある商品を買いたいという人が5%、買いたくない人が95%だったとしても、目の前にいるお客さまが買いたいと言えばその商品を作り続けるのが正解です。大数の世界では勝負せず、個別最適化だけが重要になります。
というのも、そもそも人1人が必要な収入ってある程度上限があるんですね。むしろ身の丈に合わない業務を受任しない、自滅しないということの方が重要ということさえあります(必要以上の仕事を獲ってきたところで、食いきれないですしね)。

一方、起業をする、すなわち自分の手を離れて、周りの塵とくっついて広がっていくように生きることは、自分が主役から降りて、事業や肩書が膨らんでいく様をあの手この手で見届けていくイメージに感じます。風船を膨らませるのが自分でも、膨らんでいるのは風船であるようなそんな感覚です。
ただ風船と違って入道雲的だなと思うのは、外側のへりを自分で定めないことです。ひとたび自分がきっかけを作って空に放てば、その雲が大きくなるかどうかの決定権も自分の手から離れます。
起業は、個人事業主としても法人としてもできますが、大局的な目線を持てているかは重要です。市場のことを考えたときに、ある商品を買いたいという人が5%、買いたくない人が95%だったとして、目の前にいるお客さまが買いたいと言っても、それを作り続けるだけでは5%以上のお客さまに買ってもらうことはできず、発展の余地がなければいずれ雲は失せます。いま雲が空のどこあって、何ができて、この先どうなるのかを考えることが通常です。

私にとって弁理士事務所の運営というのは、自分1人で食うための生業、個人事業主の形態だったとしても、少し入道雲のように感じます。2023年10月末時点での会員分布状況によりますと、日本の弁理士は11,810人。弁理士事務所は約4,000です。
そして、外からは「弁理士の○○」として見られるわけで、弁理士像を背負った1万人分の1人になったものだと思っています(堅過ぎるかもですが)。
今まで、経理・デザインの個人事業主として活動しても、他人の仕事に波及することはありませんが、「弁理士の○○」は別です。
また、事務所で事務員さんを雇い始め、協力会社が増え、関係者が増えました。自分が食えればいい世界から、周りにどう波及してどのような入道雲になっていくのか、
こんなことを考えるようになりました。

会員分布状況(2023年10月末)

https://www.jpaa.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/11/dstribution_202310.pdf

個人事業主の始め方

独立はできる、起業は舐めたらアカン

そして私の持論としては、独立はできる、起業は舐めたらアカンです。

なぜかというと、ただ個人事業主としてやっていくだけなら、指を折る程度の手続きと、現実的な案件獲得さえできれば何とかなるからです。
一方、自分ではなく事業や肩書が主役になる起業は、色々考えることがあります。
独立自体に相当高いハードルを感じる方もいると思いますが、実は・・・と思っているので(もちろん個々人の事情や環境により見え方は異なります)、独立するときこれくらい気を付ければ平気だったな、という所感を書きます。

お金のこと

独立の際、最低限固めておきたいのは、税金・保険に関する事です。これらは、知らなかったでは済まされないところです。

1.まず、個人事業主として活動すると、事業所得が発生します。
収入が副業程度であっても、事業所得である以上、1円から帳簿が必要になります。
収入と経費は、Excelなどで記録しても構いませんが、後々のことを考えると月額数千円でクラウド会計ソフトを契約した方が楽だと思います。僕は仕事の関係で、M社やF社、Y社のクラウド会計ソフトを使いましたが、どれも使いやすいので、操作画面が見やすい好みのものを使うと良いと思います。
自分の時給換算と比べて数時間分の費用を掛けることで、会計や確定申告のことが不安で色々調べたり、確定申告期にバタバタと作業することが避けられます。

2.次に、開業届を出します。これは、これから事業所得が生じる個人事業主になり確定申告をするよ、ということを税務署にお知らせするために行います。この届出は、公的な手続きでもあるので、銀行口座の開設などではこの開業届が、個人事業主開業の証明になったりします。

3.続いて、国民健康保険・国民年金保険の加入の手続きをします。
勤めていたのであれば、社会保険・厚生年金保険だったところを切り替えます。通常は、市町村の国民健康保険の窓口で手続きをします。
なお、マイクロ法人を設立して、金額を抑えた役員報酬を設定することでこれらの保険料を抑える方法もありますが、法人設立には費用や事務が発生するので、詳しい人に聞いてみてください。

4.後は、確定申告をします。
といっても、勤めていたのであれば経験したこともあろう「年末調整」に、事業の収入と経費の情報を足すくらいです。
会計ソフトによっては、データをそのまま確定申告の形に変換してくれるものもありますし、国税庁の確定申告書等作成コーナーも比較的分かりやすい作りになっているので、PCやスマホで申告できます。

5.最後に、住民税を自分で納めることを忘れないようにします。

押さえておきたい手続はこんなもんです。紙切れ数枚とちょっとした管理だけで、OKです。後は必要を感じたらつど対応すれば大丈夫です。
他のお金周りは、基本的に個人事業主だから変えなくてはいけないことは何もありません。強いて言うなら接待交際費だとはしゃいで飲食費を使い過ぎないことくらいでしょう。単なる出費です。

営業のこと

個人事業においては営業が一番大事です。お客さまに商品を売る/サービスを提供することがビジネスなので、お客さまがいなければ何も始まりません。
しかしこれが、非営業職にとっての独立の心理的障壁になっている感が否めません。会社組織においては、商品を売る担当と、商品を作る担当と、会社を整備する担当がいますが、商品を作る担当と、会社を整備する担当にとってのハードルです。

確かに、自分が今から、商品を売る担当のあの人のようにならなければならないとすれば、これは大変です。しかし、商品を売る担当は、商品を作る担当と、会社を整備する担当の分も売る必要がある為に、自分が必要な売上の何倍も売らなくてはいけません。
しかし、個人事業主が売らなくてはいけない量はもっと少ないです。

(今回知財のAdvent Calendarなので)特許事務所に勤めている方を例に挙げます。
自分の事務所の特許出願や商標出願の料金表を眺めてみてください。
法律業は通常原価がないため、もし個人でミニマムで経営する(例えば、自宅開業する場合を想定)のであれば、その料金表の報酬は、殆どが手元に残ります。
月に何件契約が取れたら、生活できそうでしょうか?思ったより少ない件数になるかと思います。
複数人での分配を前提とした組み立てと、自分だけが食べることを前提とした組み立ては結構違います。独立とは、その月間数件のお客さまの当てを見つけるだけです。

なので、私は独立に対しては、あまり精神的にハードルを感じたことはありません。

事務所運営をしてみて

そんなことを2022年、2023年と考えて、現在に至ります。
今、事務所を運営していて大事にしていることは、以下のことです。

  • プロとしての品質を担保するため、1案件1案件ごとに必ず、審査・審決・裁判・事例・業界慣行などを徹底して調べる。知らないことがあれば、知ったかぶりしないで必ず調べる。自分はこのことについて知ってるから大丈夫、と妄信したら終わりだと思います。

  • クライアントの話をしっかり聞く。最後は、自分ができることを提供するのではなく、お客さまが必要としていることを提供すべきと思います。

シンプルですが、これに尽きるなと日々感じています。

こんな感じで、事務所運営の1合目までを振り返ってみました。
最後までお読みいただき有難うございました!
来年の目標は、1個話を始めると色々話したくなってしまうことをセーブできるようになることです(2000文字を目標にしていたのに、本記事は7584文字・・・)。

明日は「ぬぬき」さんのスタートアップの知財活動の話をお楽しみください!

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