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複数事務所に登録する士業の働き方を再考する。

こんにちは、弁理士の岡崎と申します。
今回は、私が複数の事務所に登録することになったワケについて、書いていきます。


忙しい人のための500字要約

  • 今年、私は、OneMile商標知的財産事務所に参画し、岡崎弁理士事務所と合わせて2か所の事務所に登録される弁理士となりました。結論からいえば「顧客利益に繋がることは全部する」という考えに合致し、更にご縁があったためです。

  • 弁理士は複数事務所所属と相性が良く、実際に19%の弁理士が複数事務所に所属しています。

  • 性格の不一致の可能性、仕事量の増加、手間や面倒への対処をケアできれば、弁理士個人として出せるメニューやクオリティを底上げでき(「事故があっても顧客に迷惑をかけにくくなる」「個人事務所と共同事務所のいいところを取り入れられる」「弁理士として高め合える」)、引継ぎを考慮できる体制と思います。

  • 仕事観に共感でき、業務の棲み分けができ、シナジーを起こせることが重要で、ここにはビジネスセンスが求められますが、最後に大事になることは人と人の縁や関係性のように思います。属人的な座組になるため、ビジネスライク一本槍では成り立ちません。

  • 「顧客利益に繋がることは全部する」と言っていますが、これは建前ではなく、むしろこれを叶える以外に私に目指したいところもない為で、さながら本能です。

  • そんなかんやで頑張ります。(500文字)

序文:複数事務所はアリ?

私は、2022年より岡崎弁理士事務所(以下「個人事務所」)を立ち上げ、商標・著作権特化の事務所経営を行っています。
その上で、今年2024年2月からOneMile商標知的財産事務所(以下「OneMile」)にも従たる事務所として登録し、2か所の事務所に所属する弁理士となりました(下記「弁理士ナビ」で「岡崎真洋」と検索してみてください)。

OneMileとの関係としては、社員として入所したものではなく、名称・経費共同型(個別経営弁理士同士が名称と経費を共同とする)の共同化に近い関わり方であり、個人事務所の活動も続けることから、その面では業務連携にも近い関わり方です。
主に、専門性を高め合ったり、仕事を手伝い合ったり、営業・経費を効率化できるところを軸としたアライアンスのような関係ということになります。

自分の主たる事務所があるのに、別の事務所にも籍を置くことに不思議がられることも多いです。しかし、私にとっては事務所経営の中の価値観の延長線の選択であり、むしろ「自分の事務所があるからこそ複数事務所の選択肢が挙がった」といっても過言ではありません。

その価値観とは何かというと、顧客利益に繋がることは全部するというものです。顧客利益に繋がる行動を取ることで、目の前のお客さまに喜んでもらい、リピートを頂くことができ、事務所も成長できます。ここに、事務所仕事の本質が詰まっていると考えています。
その顧客利益を大きくしていくことを考えたときに、複数事務所所属はメリット>デメリットと考え、このスタイルを選んだということが、つまるところ結論となります。

ただ、このスタイルには絶妙なさじ加減があって、人に恵まれた結果で成り立っている側面があります。故に属人的な要素を多く含みます。それでも参考になる部分もあると思い、頭の中の素直な考えを書き綴っていきます。

弁理士は複業しやすい

いきなり余談ですが、2か所以上の事務所を自ら設置することが認められている士業は、八士業のうち、原則、弁理士と海事代理士だけです。

弁護士(弁護士法第20条第3項)、司法書士(司法書士法施行規則第19条)、行政書士(行政書士法第8条第2項)、税理士(税理士法第40条第3項)、社会保険労務士(社会保険労務士法第18条)、土地家屋調査士(土地家屋調査士法施行規則第18条)

e-Gov法令検索

自分が設置している事務所があり、それとは別に他の先生が開設している事務所にも所属する(今回の私のようなパターン)のような類型は、弁理士でなくても認められている士業が多いですが、弁理士は他の士業と違って、複数事務所を自ら設置することも認められることは気になるところです。

なぜ弁理士と海事代理士のみが2か所事務所の規制を受けないのかですが、弁理士と海事代理士は業務の性質として、一地域に密着したサービスより全国的な対応の方が強く求められ、複数の事務所を設置することでこれらを効率よく提供できるという点が挙げられるかもしれません(私見)。
確かに、他の士業では、地域によってルールが異なったり、対面相談や実地調査などの必要など、地理的な要素が業務に影響することも多いように感じますが、
弁理士は対特許庁の全国共通事務ですし、必ずしも対面での仕事を必要とするものではありません。実際、私のお客さまも全国にいらっしゃいます。

また、統計によると、複数事務所・支所に属する弁理士は、全体11,745人のうち2,240人(約19%)であり、3か所以上所属する人も449人います。複数の支所を持つ経営弁理士もこの中に一定数含むでしょうが、約19%は複数事務所に所属しているということで、弁理士が複数事務所に関与することは何も珍しいことではありません。

https://www.jpaa.or.jp/about-us/members/

また、後述の業務引継の問題もあります。
これらを見ると、弁理士という仕事そのものが、複数の事務所や拠点で働く働き方に、寛容な性格を持っているといえそうです。

テレワークは複業しやすい

次に、テレワークも、複数事務所の是非においては非常に重要です。
リアルオフィスでの仕事なら、事務所を兼任することで顧客が来所した際にその弁理士が不在である可能性が高まり、不誠実かもしれません。その点、テレワークであれば、どの事務所でも何かあったときにすぐに対応できる状況を作ることができます。

ちなみに、そもそもテレワーク的な働き方は、商標や著作権に関わる弁理士にとって理想的な環境だと思います。
まず、移動時間が減ることで自己研鑽に時間が割け、専門性を磨くことができます。弁理士たるもの専門性が命です。更に、経営的な観点からもオフィスに係る固定費を抑えられ、顧客に価格を転嫁することなく、適正価格でサービスを提供できます。
弁理士業務は基本的に一人作業かつデスクワークであるため、テレワークがぴったりです。
実際、私の個人事務所はテレワークがメインですし、OneMileもテレワークがメインです。

これらのことから、現実的に、弁理士にとって複数事務所に登録することは無理なく可能な働き方だと思います。

メリット

では複数事務所への所属自体はそれほど変わったものではないとして、次に、複数事務所に所属する(私なりの)メリットを3つ挙げます。

1.事故に対処できる

これがまず、根本にある理由です。
自分にもしものことがあったときに、どうやって顧客の権利を安全管理し続けるか、という視点です。

商標権は、特許権(特許出願の日から20年)や意匠権(意匠登録出願の日から25年間)と異なり、半永久的に更新可能な権利です。つまり、顧客がその権利の維持を望む限り、通常は事務所もこの権利と関わり続けることになります。

弁理士としての責任を考えると、いわゆる弁理士1人事務所において所長弁理士が死亡、破産、懲戒された場合、業務が続けられなくなると、顧客に期限徒過、権利失効などの損害を与えることになります。私はこのようなリスクを常に考慮しながら事務所は運営すべきだと考えています。

特に弁理士は、営利的に活動する会社とは異なり、日本の知的財産制度を支える国家資格であり、個人事業主として公益的な業務を行う立場にあります。
それゆえ、民間事業の力学だけでなく、様々なことが絡んでくるもので、「死んだら後はヨロシク」という姿勢では駄目だと思っています(弁理士倫理にも規定があります)。私は、どんな状況でも最後まで責任を果たせる事務所を目指してます。

このことは、個人事務所立ち上げ時から気にしていて(ひとり×即独は、些細なことでも見落としがないかびくびくしてしまうものです)、しばらく悩んでいたポイントでした。業務引継については、「弁理士業務標準」、「事務所経営ハンドブック」など、色々参考事例が書かれています。

業務引継に考慮する場合、必ず共同化しなければならないことはなく、有事の際に引継ぎできる協力関係を持つだけでもいいのですが、
私が一番気にしていることは、事務そのものの引継ぎではなく、顧客との信頼の引継ぎです。個人事務所は、属人的な信頼関係がどうしても軸となります。特にクライアントワークで、コミュニケーションが一番大事といえる商標・著作権において、事務だけ引き継いでもどうなのかと思っていたので、普段から密に信頼関係を築ける事務所と管理を共同化する手段は良い選択肢だと思っています。

2.総合サービスを提供できる

これはポジティブな内容で、現在の時間軸ですぐに顧客にもメリットを還元できる、即時性のあるものです。

そもそも、個人事務所、共同事務所にはそれぞれ強みと弱みがあります。その両事務所の強みをコラボさせ、事務所の質を上げていこうという発想です。

まず、個人事務所の強みとしては、個性的で領域特化型のオンリーワンサービスが提供できる点にあると考えています。

複数の弁理士が共同経営者となる事務所は、役割が同じ「知的財産の専門職」という弁理士のメンバーで共同経営することとなり、結果、経営方針が「最大公約数的」になる傾向があるように思います(もちろんそうでないこともあります)。
その点、個人事務所は個性が薄まりにくく、所長のキャラクターをハッキリと事務所方針に反映させることができます。ブティック系事務所として、フットワークも軽く、個別具体的な案件に寄り添いやすく、特定の専門領域において強い価値提供を行える事務所を作りやすいものと考えています(個性の個人事務所)

一方で共同事務所の強みとしては、複数の弁理士がいることで総合サービスの提供ができ、専門性を互いに切磋琢磨し、品質を継続的に向上させていける点にあると考えています。

共同事務所では、専門分野の異なる弁理士が集まることで、例えば異なる法域(特許、意匠、商標)や得意分野(技術分野、業界)にまたがる案件を一気通貫で受任したり、総合的な対応が可能になります。
また、複数名で権利管理を行ったり相互チェックを行うことで品質向上に繋がったり相互の研鑽やナレッジの共有によって、各弁理士の専門性の深化も図れます。個人事務所ではこれができないかというと、事務スタッフの雇用、システムの導入、研修参加、情報収集などで補うことはできますが、共同事務所はその点、より有利です。

共同事務所は、さながら総合病院のように、個人事務所では捌ききれない案件(総合的であったり、複数名で対応すべきものなど)にも1事務所で対応できる点が強みです。また、案件の高度化、複雑化への対応が可能となり、顧客への信頼に繋がります(リソースの共同事務所)。

私は弁理士としてやりたいことがハッキリしているので、個人事務所に軸足を置き、独自の価値を追求ながらも、
共同事務所による総合力、安全性、専門性をうまくミックスして、
これらを個人事務所やOneMileの顧客に提供することで、自分の目指している弁理士像に1年でも早く近づきたいと考えました。
私はこれ、社内ベンチャーのメリットとも近いなと思っています。個性(ヒト)とリソース(モノ、カネ、情報)をうまく組み合わせる感じが。

3.弁理士として実力強化できる

私は、渡り鳥のように様々な場所を見て見識を広げ、実務をこなして弁理士としての力を養っていくことも大事だと考えています。チャレンジこそが人生です。自分以外の弁理士の考え方や仕事に触れ続け、決して視野狭窄にならず、顧客の期待に応え続けられる弁理士になりたいです。そのためにも、自分の事務所以外の事務所を知れるということもメリットと感じました。

また、複数事務所に所属すれば、商標業務について2倍働くことになるので、職業弁理士としても密度のある経験を積むことができ、修行になるものと思います。弁理士業は経験があってナンボだと考えており、実務をたくさんこなせることはいつでもウェルカムです。

今回、有難いことにOneMileの久野さん・石渡さんに声を掛けていただき、国内商標実務やエンタメ知財実務を専門にされている両先生とそれぞれ専門性の高いサービスを提供することによって、専門分野を高め合っていければ、もっとチャレンジしていければと考えました。

ちなみに、この繋がりのきっかけは1年前ごろ、知財塾の上池さんと知財交流会で初めてお会いしたところ「繋ぎたい人が居る」ということで石渡さんをご紹介頂き、
その後、上池さん・石渡さんがちょうど沖縄に行くタイミングがあると聞いて、私もすかさず便乗フライト。そこで久野さんにお会いしてOneMileとの繋がりができ、今に至るという訳です。色んな繋がりから繋がりが生まれ、ご縁となったという流れです。


これら3つのメリットはいずれも、弁理士個人として出せるメニューやクオリティを底上げするものであり、働き方やワークライフバランスそのものメリットというよりは、顧客に対して提供できる利益の追求の要素が大きいです。

デメリット

デメリットの1つ目として、まず、ワークライフバランスは良くなりません。
単純に2倍仕事をする勢いなので(勿論、受けられる量になるよう調整はします)忙しくなりますが、報酬が2倍になる訳ではありません。後述の業務の棲み分けにコスト(時間・費用)が掛かり、効率自体は落ちるからです。
そのため、掛けた時間分稼ぐ、仕事も生活も充実させる、等の見地からするとマイナスとなります。

また、あらゆる局面で、業務の棲み分けについて気を遣うことになり、効率が落ちます。これがデメリットの2つ目です。
まず、業務の対応手順や、使用しているツールも違うため、常に2種類のやり方を覚えておく必要があります。また、両事務所の案件が混ざらないよう、パソコンを2台持ちしたりすることになります。
これは、業務の複雑化と効率の低下に繋がるので、うまく工夫しないと効率が悪くて稼げない貧乏弁理士となってしまいます。

チェックリスト

次に、複数事務所に所属するにあたって、判断材料にしたものを挙げます。

1.仕事観に共感できるか

まず、事務所の考えに共感して同じ方向を向けるのかということがありました。片手間でできるものではありません。
特に共感なく、打算的に「稼ぎを増やす」「複数事務所に所属する形さえ作ればどこでもいい」というスタンスで始めると、割とすぐに嫌になりそうです。
また、いずれかが疎かになったり、提供を目指す価値がブレることは、顧客に対しても失礼であり、そうなるくらいであればやめた方がいいと思います。

この辺り、OneMileは「弁理士をもっと活用しやすく。」という経営理念を持っているのですが、私が個人事務所で大事にしている「知財を全員のものにする」という考えと近しく、共感しながら、共同して業務を行えると感じたことが大きかったと思います。

2.業務の棲み分けができるか

価値観は同じものが良いですが、やっていることは全然違ったものである方が良いです。
まずは、業務そのものやターゲット、商圏などが被っていないかを確認します。これは、複数事務所所属だろうが複業だろうが副業だろうが大事なことなのですが、自分が所属する組織同士にもし競合する部分があるのであれば、どちらかを辞めることが筋になるでしょう。
ただ私は、個人事業主の他に、取締役になっている会社が3社ありますが、全て、全く違う事業内容です。コンセプトと事業内容が違うのであれば、色々やればいいと思うタイプでもあります。

今回の複数事務所所属のケースに当てはめると、
OneMileは、商標の権利化単独での依頼を中心とした、商標の専門性の高い商標事務所です。
対して個人事務所は、商標、著作権、デザイン、バックオフィスなどを横断的な支援・アドバイスが求められるケースを想定した横断サービスの事務所です。
私は個人事務所では、著作権や価値評価を取り入れて、どちらかというと権利保護より、権利活用支援に力を入れていきたいと思っています。商標業務では一部重複があるものの、訴求したいターゲットや指向性が異なります。

また、営業手法に関しても、OneMileは「会って話せる」という距離感を大事にしており、主な商圏は沖縄です。地域密着型の発想を持っています。
対して個人事務所は、私自身が持っている会計とデザインのバックグラウンドを活かした、弁理士による新たな社会課題解決のチャレンジがメインの価値観で、地域性はありません。結果、広告対象なども変わり、バッティングしません。

ですので、個人事務所では権利活用支援や価値評価(弁理士法第4条第1項の鑑定等)などの有効な知財支援策の追求・研究を主に、OneMileでは地域密着型の弁理士の商標権利化サービスを関東圏で展開することを主に行っていきたいと考えており、自分の中で棲み分けています。

また、もう一つのぶつかりとして、弁理士においては、一方の事務所の顧客が他方の事務所の係争相手等となるなど、いわゆるコンフリクト(利益相反)を起こさない体制を作ることも重要です。
弁理士にはコンフリクトを回避する法的な義務がある(弁理士法31条等)ので、コンフリクトチェックはもちろんするのですが、
その中でも、OneMileの場合は、私を含めて弁理士3名の事務所ですので、利益相反になるケースが少なく見込まれたことも、スムーズに進んだ要因になっています。大規模事務所に籍を置くとコンフリクトの対象案件数が多くなり、個人事務所で受任できる幅も狭くなります。これは、両立させるうえでは悩ましい点になります。

3.シナジーを創り出せるか

1+1=2以上を作れるか、という点も、協業においては必要不可欠な要素となります。自分の100%のリソースをただ50%と50%に分けて、結果として50%と50%の成果を得るようなことは、 大変ナンセンスです。

私は、ビジネスは何をやるかより、何をやらないかで勝敗が決まるものという考えを持っています。私も、例えば特許はやらない(商標・著作権の専門性に特化する)ですとか、豪華な事務所を持たない(顧客にとって必要な要素以外の固定費を持たない)ですとか、しない方の決めごとはそれなりに持っていて、何となくあれにもこれにも手を出すということはしません。

私にとっての、岡崎弁理士事務所×OneMile商標知的財産事務所のシナジーは、今後、商標実務においても分化が進むと考えているところ、専門分野の違う商標弁理士同士が高め合うことで、表面的な学習・研鑽では補えない部分も含め、商標業務の水準を高められると考えた点が一番大きいです。

前提的な話として、特許弁理士には技術分野という「専門領域」があります。噛み砕いていえば、機械、化学、バイオ、ITなど、詳しい技術のことです。これは、特許出願の際に作成する、特許請求の範囲や明細書に発明を的確に記載するために、その技術分野に精通している必要があるということで、必ずこの「専門領域」を持っています。
対して商標弁理士にはあまりそういう観念がありません。商標弁理士であれば、製品、医療・美容、IT、サービス、あらゆる業界の商標登録出願を担当することが一般です。しかし私は、専門性を高める過程で、業界に精通していく必要があると考えています。

それを感じた一例として、
近年、商標の炎上事件がたびたびありますが、有名なものとして2022年、「ゆっくり茶番劇商標登録問題」というものがありました。

ゆっくり茶番劇商標登録問題(ゆっくりちゃばんげきしょうひょうとうろくもんだい)とは、動画共有サービスYouTubeニコニコ動画において動画のジャンルを表す単語として使用されていた「ゆっくり」を含む「ゆっくり茶番劇」について、2022年YouTuberである柚葉/Yuzuha(以下、「柚葉」と表記)が商標権を取得し、この単語を使用する動画投稿者などから1年あたり10万円の使用料の徴収等を試み、Twitter5ちゃんねるを中心としたプラットフォーム上で大きな反発を招いた騒動のことである。騒動の結果、同年5月28日付で、商標登録は放棄された。その後、ニコニコ動画を運営するドワンゴが本登録商標について無効審判を請求したことで、登録から放棄までの権利も無効となり、本登録商標に係る商標権が完全に消滅した。

ゆっくり茶番劇商標登録問題 - Wikipedia

この事件では、インターネット上では比較的良く知られた言葉である「ゆっくり」を含む語を一個人が商標登録し、この語の使用について広く使用料の徴収をするという発表がなされ、大きな反発を招いたものになります。
「ゆっくり茶番劇」はひとたび登録されたもの、その後、無効審判が請求され、「ゆっくり茶番劇」の語は、動画投稿者や閲覧者の間では一定、動画ジャンル名の一般的な用語として認識されていた語だよね、という認定により、登録は無効となりました。

商標の持つ意味合いや識別力(一般的に使われるよくある語なのか、それとも誰それの商品・サービスを表す語だと分かるユニークなものなのか)は、業界内の需要者層を基準に考えます。この考えにより、権利としての有効性や、効力の広さが決まっていきます。
ゆっくり茶番劇商標登録問題」の例でも、インターネット上では一定、有名な語だった訳ですが、代理人や特許庁審査官は、登録までの間、それに気が付いていなかったかもしれません。
今日では、マスメディア(新聞やTV)では取り上げられずとも、インターネット上だけ、ある界隈でだけで、有名、良く使われている言葉、というものが良くあります。また、業界によって、ネーミングのトレンドなども変わります。例えば、最近成長著しい生成AI関連ビジネスでは、次々と新たなプロンプトやコンセプトに係るネーミングが開発されていったり、インターネット社会において、流行の移り変わりも激しいものとなります。

だからこそ、今日において、業界による標識の使われ方の移動や実情を侮ってはいけません。思わぬ炎上をケアする観点でも、商標案件においても、各業界に精通している弁理士が事件を担当すべきだと考えています。

そういう時勢の中にあって、専門分野の違う商標弁理士同士が高め合える環境が作れれば、商標に関する実務的な新たな視点を得たり、他業界の特性を知り、実務に活かすことが出来ます。これが共同の強み、1+1=2以上だと感じました。

これらは各事務所にそれぞれ還元され、Win-Winでもあります。
これは個人事務所だけでも共同事務所だけでもできない、特別な強みだと考えています。

顧客利益って美味しいの?

最後に、顧客利益にモチベーションを感じる理由についても少し書きます。

ここまで、複数事務所所属は、弁理士個人として出せるメニューやクオリティを底上げできる働き方だという話をしたのですが、
それをしたところで、比例して報酬が増える訳ではありません。手間も増え、自己利益という点でプラスにならないことも多いです。

冒頭、私は顧客利益に繋がる行動を取ることは大事だと書きましたが、顧客利益を大事にする理由は何でしょうか、建前でしょうか。
人間は我が身が可愛いものです。別に、セルフエンプロイドは、社会的なポーズを取り続けなければならない立場ではなく、自由なはずです。実際、私もやりたくないことはやらなかったり、好き勝手やってるナマミなところもそれなりあります(それこそ自営業の楽しいところ!)。

何でそんなモチベーションを保っていられるのかという疑問に対する率直なアンサーは、
顧客利益を真剣に考えることをやらないなら、起業って別に合理的な選択肢ではないし、今からでも会社員になりたいな(でもできないから個人弁理士を一生懸命やろう)という気持ちが強いから(笑)です。働き方自体に組み込まれたもので、感覚的なものなんですね。

「顧客利益を大きくすること」とは、顧客の言いなりになることでもなく、気持ちを込めて一生懸命仕事をしよう的なマインド的な話ではなく、顧客が欲しいものを提供するということだと思っています。

自分はじゃが芋農家だからじゃが芋を売る。という考えをどう思いますか?
これはいわゆるシーズ志向の考え方です。仕事には「芸」の側面と「商」の側面があるように思いますが、ビジネスマンは両方頭に入れておかないと立ち行きません。
「芸」の面ばかり考えているとこういう事象に弱くなります。例えば、もし、じゃが芋よりも美味しくて、安くて、栄養のある野菜が出たときに、うちのじゃが芋は変わらず売れるでしょうか?代替される可能性があると思います。

自分はカレーを作る時に入れたくなるじゃが芋を売る。例えばこういう考えなら、
カレーに合うじゃが芋を作ろうと考えますし、ニーズに合わせた商品開発が行われます。いわゆるニーズ志向の考え方です。
じゃが芋の売価を高くしても、その味が好きな人には売れ続けるかもしれません。「顧客利益を大きくすること」はなぜ自分の商材が認めらているのかを考えることと似たところがあります。

自分の個人事務所での弁理士業務においても、なぜ商標登録を受けたいのか、顧客の動機によって、提案の方向性をかなり変えます。今時(法律上の問題は置いておいて)書類作成作業だけを依頼したいのであれば、AIサービスなどでそれっぽいところまで作れます。それでも士業に依頼する顧客は、自身のしたいことを理解して、導いてくれるプロを探しています。そのプロが、ゴールを見ずに売りたいものだけを推していても、顧客の利益は叶えられません。リピートもされにくいでしょう。
そういう意味でも、顧客利益の最大化を目指すことは、フリーランス、個人事業主、経営者としては存在価値そのもので、当然の思考回路で、一種の社会の理です。

ということで、顧客利益を大きくすることは、起業家の存在価値なのですが、起業しよう!となったその動機も、顧客利益を大きくしないといけない方向に向かっており、そういうでは起業家の本能ともいえます。

(その起業家の本能って、起業家自身の不合理な動機(欲望)に紐づいていて、起業・独立を志したその日からそっちに寄せられてるよね。という話もあり、ここに途中まで書いたのですが、話が逸れたので、別の記事にすることにしました。ぜひまた読みに来てください)

結論:頑張ります

という感じで、今後も商標・著作権弁理士として、自分の腕を磨き、色々工夫しながら、頑張っていこうと思います。オリジナリティや優位性を発揮した人が「至極当然に保護されて」羽ばたけるような社会になるまで、知的財産に全力で取り組もうと思います。


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