【セミナーレポート】知財価値評価の活用 -個人再生、商標売買からM&Aまでの実践的事例(知財みらい勉強会)
こんにちは、岡崎弁理士事務所スタッフです。
過日(2024/1/27)のことになりますが、代表弁理士の岡崎が「知財価値評価の活用 -個人再生、商標売買からM&Aまでの実践的事例」をテーマに、知財みらい勉強会の講演に登壇しました。
知財みらい勉強会は知財・法務系の勉強会で、各企業や特許事務所・法律事務所の知財関係者が講演を行い、質疑応答やディスカッションなどを通じて知財の知識を深めていく会です。企業知財部や特許事務所勤務の方をメインに、弁理士以外の士業、起業家、技術者、マーケターなど様々な方を対象に、66名の方に聴講いただきました。
知財価値評価はまだまだメジャーな領域でなく、「知財をどうやって計算するのか」「複雑そう」「使い所がわからない」という声も聞かれます。岡崎のこれまでの実績から、知財価値評価に関する等身大の話をさせていただく機会となりました。
ニーズを探る(知財価値評価の動機)
知財価値評価は、知的財産権を重要な経営資源として考え、分析し、評価することを言います。評価と一口に言いますが、受講者の理解の促進のために、岡崎は定性的な評価と定量的な評価に分解して説明を進めました。
知財価値評価における定性的な評価は、弁理士や知財関係者が得意とするものです。権利はどれぐらい広いのか、無効にされるリスクはどれぐらいあるか、存続期間はどれぐらい残ってるか、侵害を見つけやすいかなど、法律面での評価をします。あるいは、今後10年20年この企業で使っていける技術か、技術経営的な部分でも評価することもあるかと思います。
一方で、定量的な評価は、権利の資産価値、ライセンス交渉への対応、訴訟になったときの損害賠償額の算定など、数値や金額で行うものです。
さて、知財価値評価は実際に、どのような局面で使われるのでしょうか。岡崎のこれまでの経験からは大きく3つの局面に分けられそうです。
取引の局面。第三者と取引をして譲渡・ライセンスしたいケース、相続、賠償請求のケース、融資において返済できなくなったときの担保とする場合にどれぐらいの価値で売れるかを評価するケースなど。
会計・税務の局面。資産計上したらいくらになるかを出したいケースや、M&Aで会社が合併したときに買い取った会社が持っている権利を計算するケース、グループ間でやり取りすると課税が発生しないよう適正価格を見極めるケースなど。IRで開示する必要のあるケースもここに該当します。
最後に、意思決定の局面。社内における知財戦略の立案や技術開発を判断する際、金額を知りたいニーズがあると思います。これらのため、定量的評価を求めるケースなどが考えられます。
知財価値評価の依頼を受けるときは、評価を行うだけの動機が必要と、岡崎はいいます。知財価値評価は、評価に利用できる情報を収集し、複数の手法で計算をして、手間もかかるもの。実際にどんなニーズをクライアントが持っているのか、岡崎がこれまで受任した案件を場合分けした3分類が紹介されました。
一つ目が、公正評価系。破産や個人再生のとき、破産者や個人再生の申立人が、いくらの知財を持っているかや、グループ法人間で税法上高額にならないよう適正な価格で取引したい場合など、客観的な数字を必要としているパターンです。合理的な計算のプロセスになっていることが求められます。
二つ目が、合意形成系。売り手と買い手がいくらで売買すればよいかわからないとき、お互いが納得できる金額を決めたいパターンです。「この特許権は1億円の価値がある」と算出できれば、売買が合意できます。金額を決める場合は、当事者間で納得できる数字になっているかが大事です。
三つ目が、財務保全系です。例えば、M&Aにおいて、帳簿上の価値よりも高い金額で企業を買いたいという場面を想定します。企業の評判やブランドから今後の成長性を期待し、帳簿から見えない価値を感じ、帳簿上の価格より高く買おうと経営者が思ったとします。しかし、その判断に合理的な説明がなければ、投資家や株主は納得がいかないでしょう。そのため、買われる側の企業の資産を合理的に計算して、高く買うことについての投資家や株主に理解を求める必要が出てくることが考えられます。
あるいは、金融機関に融資をお願いしたいとき、保有する知的財産権が1億円で売れると分かれば、担保がありますので、金融機関にも安心して貸してもらえると思えるのではないでしょうか。
知財価値評価と一口に言っても、局面や目的によって求められる結果は変わります。そのことを意識し、適正な計算手法を採用するのが重要と、岡崎はこのパートをまとめました。
目的×手法で考える(知財価値評価の構成)
ここから実践的な話へ。ニーズと目的に応じてどのような手法がとれるのか、岡崎はショートケーキとその価格を例に、わかりやすく説明していきました。
計算しにくいものの価格を決めるときには、大きく三つの考え方で算出します。
一つ目が、コストアプローチ。ケーキの価値を考えるときに、いちごとホイップクリームとスポンジ、これらの金額を合計したものがケーキの価値と考える計算方法です。いちごが200円、ホイップが100円、スポンジが50円だとして、原価を積み上げて考えたら、350円になります。原価を積み上げて、金額を決めていくのがコストアプローチです。
次が、マーケットアプローチ。他のお店で同じようなケーキはいくらで売られているかから、その物の価値は大体これぐらいだろうと考える方法です。
街にケーキ屋さんが3件あり、1つの店ではショートケーキを300円で売っている、もう1つの店ではショートケーキを500円で売っているときに、あなたが経営するケーキ屋のショートケーキは、いくらぐらいの価値を感じることになるでしょうか。
「他店が300円と500円だから、真ん中をとって400円ぐらいの価値がありそう」と考えるかもしれないし、「200円にしたら売れるのでは」と考える方もいると思います。市場の相場を考えながら、金額を決めていくのがマーケットアプローチです。
最後が、インカムアプローチ。ケーキが好きで、栄養ドリンクを飲むよりもケーキを食べるだけで元気になる男性がいたとします。翌日も翌々日も元気。その場合、この方にとっては、栄養ドリンクの価格が300円だったらケーキには500円ぐらい出す価値があると考えるでしょう。自分にとっていくらぐらいの価値が得られるかを考慮して、金額を決めていくのがインカムアプローチです。
これらを知財価値評価に落とし込んで考えてみると、既に払った金額をもとに計算するので簡単だが、市場や将来の状況は加味できないコストアプローチ。市場でいくらぐらいで売れそうかというところまで踏み込めるが、知財領域において類似事例が少なく適用しにくいマーケットアプローチ。計算は難しく、客観性の担保も工夫が必要ではあるものの、市場や将来の状況を加味できるのがインカムアプローチです。
最高裁においても、特許権の適正な価額は損害額算定の基準時における事業収益の見込みに基づいて算定されるべきという判決が出ており、インカムアプローチによる特許権の価値評価は合理性の高いものだと考えることはできそうです。
インカムアプローチによる算出方法の一例として、キャッシュフローから算出する方法、ロイヤリティレートから算出する方法、事業利益の分配から算出する方法の紹介がされました。
算出方法を理解・実践する上で基礎となる会計知識は必要になりますが、知財価値評価においては、最終的には知財の知識が大事です。
特に事業と分離できないタイプの知的財産権(特許・意匠など)は、まず事業価値のうち、権利にどれぐらいウェイトがあるか、その価値にどれぐらい貢献しているかなど、全体のなかの重みづけを考慮して分離する必要があり、これは知財の知識がなければ分離するのは難しい実務です。何のために評価するのか、目的を意識しながらパターンを分け、合目的的な評価をすることが大事であると、岡崎はこのパートを締めくくりました。
実際に相談があった事例
このパートでは、これまでに受任した実際の事例を抽象化しながら紹介していきました。
Case1)個人再生
個人再生は裁判所を介して借金を減額し、残った借金を短い期間で返済していく手続きの一つですが、これを申し立てた方の代理人の弁護士からご依頼いただきました。
申立人は執筆をされており、長期間に亘る印税収入も得ていました。裁判所に財産目録等を提出しなければならず、評価の必要性が出たケースです。
対象は著作権です。今回は申立人の印税額から計算できそうだという所感を得て、インカムアプローチを採用。著作権によって得られる印税収入を過去数年のデータからシミュレーションし、今後もこれぐらい収入が立つだろうと計算しました。判例や公的機関が出している計算フローに則れば、ある程度信頼性のある計算になると考え、国税庁の通達で、相続税の計算に使われるものを準用しました。
Case2)商標売買
子会社が持っていた商標権を親会社に移転して管理したいが、他社に売るならいくらぐらいで売れるかという情報が必要という、企業の顧問税理士からの依頼でした。
対象は商標権です。決算書や、事業別商品別の収入利益、商品の概要やサービス内容、これらが全部取得可能な情報でした。また、この商標は会社の屋号や商品名として使用されており、顧客が商品名を意識して購入している実情をヒアリングできたので、評価可能性はあると考えました。今回重要だったのは、ヒアリングを通じて、この商標権の価値は測定できるものかをなるべく注意深く確認したところです。
インカムアプローチを採用し、ロイヤリティ免除法、資産分割法を参考情報としました。
Case3)M&A
M&Aにおいて、会計の専門家である公認会計士より、商標権の価値評価について参考意見を求められた事例です。ロイヤリティ免除法が使われることが一般的ですが、商標権の算定やブランド価値を識別して分類する点で意見を出させていただきました。価値評価そのものは公認会計士が主体となって行いますが、そこに参考意見を加えるという形で業務を行ったことに、新たな関与の仕方があると感じています。
知財価値評価の実例を説明した上で、適切な手法を選択し、クライアントのコンセンサスを得られる進め方を行うことが重要であることが語られ、講演は終了しました。
知財価値評価は知財の知識だけでなく、会計知識も必要なため、知財実務の関係者が手がけることはまだまだ少ない印象があります。定性的な評価ができる知財関係者が手を伸ばして挑戦してみる価値のある面白い領域ではないかと考え、今回の講演に至りました。
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。