『MIU404』について
………『MIU404』ってどう読むんだ?
2020年2月13日、「新型コロナウイルス感染症」という言葉が徐々に日常の景色を侵食していた頃、ふとスマートフォンを開くと、新しいテレビドラマの制作発表の話題がネット上を駆け巡っていた。その初めて目にする『MIU404』という言葉を何と読むべきなのか考えていた。
正解は「ミュウ、ヨンマルヨン」
タイトルの“MIU”とは Mobile Investigative Unit(機動捜査隊)の略称で、“404”は主人公の機動捜査隊員の二人を指すコールサインとのこと。
警視庁には3つの機動捜査隊が実在するが、警視庁の働き方改革の一環で作られたという設定で『警視庁 刑事部 第4機動捜査隊』(通称:4機捜)として、覆面パトカーでパトロールし、通報が入れば、いち早く事件現場に向かい、初動捜査を行う。そんな機動捜査隊を題材とした刑事ドラマを、脚本:野木亜紀子、プロデューサー:新井順子、ディレクター:塚原あゆ子という、TBS系列テレビドラマ『アンナチュラル』のチームで作るのだという。
機動捜査隊を題材にしたドラマは過去にもあるにはあるのだが、代表的な作品例が個人的にはパッと浮かばない。事件の初動捜査を行い、本格的な捜査は担当部署に引き継ぐ…という機動捜査隊をメインに据えた話って、なんとなくテレビドラマとして成立させにくそうだな、というのが率直な印象だった。が、大傑作『アンナチュラル』の座組が手掛けるのであれば、面白くならないわけがない。
で、実際にむちゃくちゃ面白かった。
当初、2020年4月から放送予定だったが、コロナの感染拡大の影響による撮影中断などを経て、2020年6月26日より放送がスタートした。一体、何が面白いのか。切り口はいろいろあるが、まず登場するキャラクターが個性的で血が通っていることが魅力の一つとして挙げられる。星野源と綾野剛が主人公のバディを演じているのだが、二人はこれまでのイメージを覆すようなタイプの役に扮している。例えば、綾野剛。クールな役柄が似合う印象があったが、綾野剛が演じる伊吹藍という男はいつもニコニコしており、どこか機嫌が良く、テキトーな奴に見えるが、勘が鋭い。足も速く、野生児…というか、まるで犬のようだ。対して、星野源が演じる志摩一未は理性的だが、過去の事件で抱えた闇を引きずっていて、他人も自分も信じないと言い張る男。当初は、マイペースな伊吹に志摩がイライラしていたが、事件を解決していくたびに、二人はお互いを認め、唯一無二の相棒となっていく。
『MIU404』はポップな刑事ドラマという形をとりながら、劇中で実際に社会で起きている事象や、見落とされがちな問題を取り上げている。例えば、第1話『激突』では記憶にも新しい"あおり運転"がまた別の傷害事件を招くことになるし、第5話『夢の島』では、コンビニ強盗事件の背景を調べていくと、過酷な状況で働かざるを得ない外国人留学生達の問題に行き当たる。
4機捜は事件の被害者、加害者、関係者らと向き合うことで、この日本という国で起きている社会の事象の片鱗を目撃する。事件の解決に警察が奔走するエンターテインメントでありながら、社会からこぼれ落ちそうな人々の思いを掬うような、そんなつくりになっている。『MIU404』に限ったことではないが、野木亜紀子脚本作品は、単に「面白かったー」で終わらせない何かがあるのだ。
また、第3話『分岐点』を皮切りに、「スイッチ」というキーワードが出てくるようになる。誰に出会って、誰に出会わないか。人生は選択の連続で、この世界には、無数の世界線がある。現在の世界は幾多の分岐点や、人との出会いや別れの末に成り立っており、その結果として起きてしまった事件もあれば、未然に防げた事件もあるかもしれない。そんな「スイッチ」や「分岐点」の因果が、折に触れて語られる。
【※以下、『MIU404』最終回について言及しています】
第3話のラストで颯爽と登場した謎の男・久住(菅田将暉)は、パッと見では愛想のいい若者なのだが、実は違法薬物「ドーナツEP」というドラッグを売りさばいていて、言葉巧みに他人を利用する犯罪者である。「久住」という名前も本名なのか定かではなく、自身の出自や過去の話の内容も話し相手によってコロコロ変える。久住はどこまで本当のことを言っているかわからないし、まるでバットマンの宿敵のジョーカーのようだ。第10話『Not found』では、伊吹や志摩はそんな久住の正体を突き止めようと奔走するが、久住は都内で爆弾テロを行ったというフェイク情報をネットに放出し、ネット民の好奇心を利用して、警察の捜査をかく乱させることでまるで蝶のようにフッとどこかへ行方をくらます。
そして迎えた2020年9月4日の最終回。
志摩は久住を取り逃がした自分を責め続け、伊吹との仲もギクシャクしており、二人ともどこか疲弊している。伊吹は伊吹で殺人を犯した恩師・蒲郡の言葉を反芻して「刑事である自分を捨てても俺は許さない」と呟き、志摩においては「辞めたいのかもしれない。強くて、清くて、正しい警察官でいることにもう疲れた」「やろうと思えば、他の仕事もやれんじゃないの」とまで言う。やがて二人の関係性は悪化し、志摩も伊吹も単独行動をとるようになる。
志摩とナウチューバーRECの調査で、久住が居る可能性のある場所が東京湾マリーナと分かり、その情報を盗聴していた伊吹は先に乗り込む。久住と対面した伊吹は、久住の話を対等に聞こうとするが、いつの間にか久住のペースに引き込まれ、久住のトラップに引っ掛かり、捕らえられる。伊吹を追いかけて、遅れて東京湾マリーナのクルーザーに乗り込む志摩だが、やはり久住の餌食に。志摩も伊吹もやっと出会えた久住に歯が立たない。悪夢のような時間が過ぎるばかりで、その後も言葉を失うような事態が展開する。
「この話、どうやって終わらせるんだ…?」と困惑していたところで、「何かのスイッチで進む道を間違える。その時が来るまで誰にも分からない。だけどさ、どうにかして止められるなら止めたいよな。最悪の事態になる前に」という志摩の台詞が重なって、2020年7月24日の東京オリンピック開催日まで時が進んだかと思えば、また巻き戻っていく。二人がそれぞれ見ていた夢あるいは幻覚ともとれるが、「あり得たかもしれない世界線」のひとつではないか。スイッチの重要性をその都度『MIU404』で描いてきたからこそ意味のある仕掛けであり、最悪の事態にならなかったことに胸を撫でおろした。
九重から陣馬が目覚めたという吉報を目にして、活力を取り戻す二人。ここから機捜含めた警察側の巻返しが始まり、九重も合流して、久住を追い詰めることに成功する。が、久住はわざと鉄橋に頭をぶつけて自ら負傷し、自分とコネのある若者らの同情を買うことで、窮地を脱しようとするが、屋形船の中でドーナツEPに夢中になっている男女は頭から出血している久住を気に留めない。自分が高みから見物していた者達は、自分を助けてくれないことを悟った久住の頭から流れる血を、志摩はタオルで拭う。「生きて償え」ではなく、「生きて俺たちと苦しめ」という言葉をかけながら。
結局、久住という男が一体どういう過程で現在の姿に至ったのか、背景がよくわからないままだったが、その「スッキリしなさ」にこそ、久住というキャラクターの底知れなさが如実に表れている。久住は捕まってもなお「俺はお前たちの物語にならない」とつぶやき、両手で目を覆う。その姿は、伊吹や志摩に抵抗して本心を瞳の中にしまい込むようにも見えるが、久住のバックボーンに興味を持っていた視聴者への突き放しにもなっている。今となっては、菅田将暉以外のキャスティングは考えられない。
コロナの影響で、オリンピックの予定が飛んだ2020年の夏。志摩も伊吹もマスクを着けて、街をパトロールしている。2019年を舞台にしていた物語が、最後の最後で2020年のコロナ後の世界とリンクした。最後に明かされた、最終回のサブタイトルは「ゼロ」。「ゼロ」という単語自体、想像の幅が広がりやすいものだが、最終的に何もかも失った久住にも、コロナで変わってしまった2020年の世界にも当てはまるし、クルーザーでの悪夢のような「00:00」や、ゼロ地点から再出発する404の伊吹・志摩のバディを指しているようにも受け取れる。また、「0」という形は五円玉、ドーナツEP、新国立競技場を連想させる。
「毎日が選択の連続。また間違えるかもな。まあ間違えてもここからか」「そういうこと~」と志摩と伊吹は車中で話し、間違って「ゼロ」になったとしてもまた再出発できることを示し、物語の最後を締めくくった。人生や社会をよりよい方向にしていくためには、間違いを犯したことや選択を誤ったことを全否定するのではなく、過去の間違いや失敗から学ぶことで、日々の選択を重ねるのだ…というメッセージを受け取ったし、それは何より真摯で、胸を打つものがあった。
コロナの影響により、作り手側の当初の想定とは異なる着地・話数になっており、自粛明けの撮影についても何かと制約があったのではないだろうか。しかし、『MIU404』は一貫して日本の景色をリアルに反映させたドラマになっているし、その世界の中で登場人物達が働いて生きていることで、志摩や伊吹や九重や陣馬さんも桔梗隊長も実際にこの世界のどこかにいるような気にさせてくれる刑事ドラマになった。志摩や伊吹は何かを「間に合わせる」ために、今日も都内を巡回しているかもしれない。
伊吹や志摩の衣装・スタイリングが毎回最高だったことや、『アンナチュラル』とのコラボも安易なファンサービスではなく、意味のあるものになっていたことなど良かった点はまだあるが、ひとまず『MIU404』チームの皆様、本当にお疲れ様でした…という言葉を、笹船のようにそっと流すことにする。
最後に、しょうもないライフハックを。スマホをbluetoothでカーステレオに連携させて、『MIU404 オリジナルサウンドトラック』を流しながら、車を走らせると一瞬で4機捜の気分になれるよ。