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『TENET テネット』について

まず、見終わった後の正直な感覚としては、「話の大枠を把握するのが大変で、自分の理解が及ばない部分もあって疲れた…」といったものでした。見ている間に、細部が気になり出してしまうと、話を見失かねないというか。そのため、翌日にもう一度本編を見たことで、この映画について面白く感じた点とそうではない点を自分の中で整理することができました。

【※以下、『TENET テネット』の内容について触れています】

この『TENET』という映画は、"スパイアクション"と"時間逆行SF"という2つの要素をかけ合わせたような作品で、この映画の最大の見どころである「時間の逆行」の場面は実際すごいんですよ。例えば、前進していく順行チームと後ろ歩きで後退する(ように見える)逆行チームが同じ画の中にいるという、まるで"時間が絡まっている"ような映像には「なんか分からんが、すごいことは分かる…!」と興奮しました。

バイ~ン!と勢いよくビルに向かって飛んでいく逆バンジージャンプや、飛行機爆破やカ-チェイスなど、どのアクションシーンもあまりに大胆過ぎて、笑ってしまいました(そのうちのいくつかには、マイケル・ベイみを感じました)。派手な見せ場でも、CGやVFXに極力頼らずに撮っていることで、「本当にとんでもないことが起きていて、それをカメラに収めちゃった」というような映像的説得力が生まれています。特にIMAXの大きなスクリーンで見ると圧倒されますし、ルドヴィグ・ゴランソンが手掛けるスコアが奇妙な映像の迫力を補強しています。

個人的に『TENET』における細かすぎて伝わらない好きな場面は、主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)と相棒ニール(ロバート・パティンソン)が窒素ガスが充満する部屋でマスクもつけずに、息を止めながら扉の解錠をこなし、部屋から出れた途端に、二人が「プハーーーーーーッ!ゼイハッゼイハッ…」と呼吸をする…というものです。水中で息を止める場面は他の映画でよく見かけますが、あまり見たことのないシチュエーションだったので新鮮でしたし、生きるか死ぬかという切迫した緊張感が良かったですね。ん…?まさか撮影現場で、実際に窒素ガス使ってるわけじゃないよね…ノーラン?

視覚的な面白さは堪能したのですが、この『TENET』という映画は話運びや劇中の説明がスマートではないことは否めません。例えば、主人公に課せられるミッションの背景についての説明がまわりくどい。クロズビー卿(マイケル・ケイン)から情報提供を受ける場面では「セイターという男に近づくには、その妻のキャットと接触すること。その女性は絵画の鑑定人だが、ある絵を出品したら、それを夫が落札してしまった。でも、その絵は贋作で…」という、まどろこっしい内容を、全部台詞だけで説明しようとします。また、飛行機を建物に突っ込ませる作戦会議も、街中で立ちっぱなしで話し合っている主人公達の周囲をカメラがグルグル回って撮っているだけで、何の工夫も感じられません。会話がこの上なく退屈。

この映画におけるマクガフィンである「プルトニウム241」「アルゴリズム」の言及もあるにはあるのですが、その説明も抽象的であるため、それが実行されるとどうなるのかイメージも湧きにくく、悪役セイター(ケネス・ブラナー)の動機も理解に苦しむことも相まって、主人公が挑むミッションや行動にいまいち肩入れできませんでした。

初見時は「なんだか分からないな…」と混乱していたのですが、2回目見たときに「あれ、ノーランはわかりやすく説明する気はないっぽい…?」という気持ちになりました。状況やルールについて、劇中で説明らしきことは言っているはずなのに、どうも咀嚼しにくい。ノーランは分かりやすく伝えることには(全くとは言いませんが)あまり力を割いていないように見えました。どこか無頓着というか。

もう一つ、この『TENET』でモヤっとした点がありまして。それは人間ドラマの不在です。今作の主人公は、人間味があまり感じられず、まるで空虚な存在に見えました。ノーランの過去作では「過去のトラウマを抱えた男」がよく登場しますが、今回の主人公は、トラウマどころか、どういう人間なのかも分からないし、どういうモチベーションでミッションに臨んでいるのかが見えてこない。彼の内面が見えてこないため、感情移入しにくく、やはり応援する気にもなれませんでした。ノーランが今回の主人公をこのようにしたのは意図的なのか、あるいは無意識的なのかは分かりませんが、どちらにしても、今回の主人公のキャラクター造形は映画の面白さに貢献していないように思えます。

『TENET』でも時系列や意味深なネーミングなど、映画を見終わった後も考え続けたくなるような仕掛けが張り巡らされていて、そういう細部を味わうのもノーラン作品の楽しいところですし、(前述したように)映像としても面白い試みをしています。ただ、今回ノーランのやりたいことがそういうギミックやアクションシーンに比重が置かれていて、「キャラクターの感情を描くことが二の次になってしまっているのではないか?」という思いは本編を二度見ても拭えませんでした。

個人的に、クリストファー・ノーランという映画作家は、器用な人ではなく「自分の信念を実現するために、愚直に映画を作っている人」と捉えていたのですが、『TENET』を見たことで、そのイメージがより強固なものになりました。その愚直さは作品によっては魅力的にも映るのですが、『TENET』という映画においては、不格好な形に歪めてしまったように思えてならないのでした。


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