私の背中を押してくれた人。
もしあなたが、
『結婚をして会社を辞めた28歳の女性の面接官』だとしたら、どんな質問をするでしょうか?
私は28歳の夏に、前職を退職した。
いわゆる寿退社。私の人生計画では、20歳の頃には結婚していて子供が2人いる予定だったんだけど、8年も遅れてしまったなぁ。とか考えながら、夫が帰ってくるのを待つ毎日を送っていた。
当時は掃除も洗濯も料理もそこまで興味をもてなかった。社会から完全に離れてから、たった1のヶ月だったけれど、
『ああ〜やっぱり私、働きたい。』
と体がうずうずしていることに早々に気付いてしまった。一度やると決めたら動かないと噴火してしまう性格。気付いたらあれよあれよとハローワークの職業訓練校に応募していた。興味のあったwebデザイン講座に申し込みをした。30名という少ない枠だったけれど、ありがたいことに合格して、その日から私は晴れて「再就職」への一歩を踏み出した。
家でダラダラ過ごす日々から、学校へ通う日々へとガラッと毎日が色づいた。洋服を選ぶこと、お化粧をして教材を持って電車で通学する。今までは当たり前だったのに、こんなにルンルンするとはね。
授業は平日の9:00〜16:00までみっちり。想像よりハードだった。けれど、色んなバックグラウンドを持っている方々が集まって、色んな事情で一度社会から離れて、もう一度立ち上がろうとしている。そんな共通点があったので、和気藹々とした教室の空気は心地よかったのを覚えている。
職業訓練校は3ヶ月と短い。2ヶ月を過ぎたあたりから、『就活』の文字が頭をよぎり、いよいよ戦いが始まるのかあと、戦闘モードに切り替えたのを覚えている。
ある日、授業が終わってからお家で大手エージェント3社に登録した。登録フォームは、これまでの経歴や『自己PR』、『希望の業種・職種』など大量の情報入力が必要だった。そしてそのうち2社は、初回面談を行わないと求人紹介のステップに進めないとのことだった。
もうすでにこの時点で『転職活動、腰が重いぜ...』と弱音を吐きながらも、自分を奮い立たせて最初の面談に向かった。
面談場所は都内のターミナル駅近く。高層ビルがどん!どん!どん!と立ち並んでいて、これでもかってくらい大きなビルが目に飛び込んできた。一応東京に住んではいるけれど、『東京ってしゅごい...』と心の中でつぶやいてしまった。
なんとか目的のビルに到着。見たこともないような大きなエレベーターにどきどきしながら乗って、無事に面談場所へたどり着いた。
5分くらいたって、1人の女性が入ってきた。私のお母さんよりは若そうで、清潔感のあるスマートな印象の方だった。しずかに、面談ははじまった。
事前に提出していた私の履歴書と職務経歴書を女性はふむふむと時よりうなずきながら眺めている。
『営業事務の経験を生かして、もしちょっとwebデザインとか携わることができたら嬉しいな〜と思ってます』とたった3ヶ月しかwebデザインに触れていないのに当時からポジティブ全開な私。そうね〜と言いながらも、書類から目を離さない女性。沈黙がしばらく続いたあとに、ぽつりと言った。
『工藤さん、営業とかいいんじゃない?』
・・・営業?いま営業っていった?営業事務は長いことやってきたし、営業事務で探したいって言っているのに?!営業なんて私には絶対むり、むり、むり〜!!!それにできれば残業とかしたくないし、とにかく新しい職種にこれから挑戦なんてむり〜!!!
心の中で完全に拒否反応を起こした。それに営業職って人気なさそうだし、ちゃらんぽらんな私を引き込もうとしてるんじゃないか?とガルウウウと狼のように警戒した。(ほんと営業職の方、ごめんなさい。)
『営業ですか〜・・・』とちょっと私はそういう仕事向いていないと思うんです、を含ませながら悩んだふりを演出した。すると、
『工藤さんとお話しているとね、なんだろう。自分で家のことも仕事のこともちゃんとしなきゃ!と全部抱えようとしているのを感じるの。私もそうだったからわかるんだけどね。私も働きながら子育てをしていたから、仕事から帰ってきて荒れ狂っているお部屋を見て発狂したものよ。でもね、それで頑張らなきゃと思うのをやめたの。「あぁ、散らかってるね」と言えばいいの。「私がお部屋を片付けることができなくてごめんね」と思わなくていいの。なんとかなるんだから。』
営業職の話はどこいった?と考える前に、
私は糸がプツンっと切れたかのように、うわぁ〜んと子供のように泣いてしまった。初対面の見ず知らずの方の前で、ボロボロ涙が止まらない。鼻水もだーだーとまらない。
最初あいさつを交わしてから『新婚さんなのね〜たのしんでる?』と、たわいもない雑談をしたけれど、たった数分で心の内を見破られるとは思ってもいなかった。
私が無意識に、『おうちのことも両立できるような働き方をしたい』と考えていること、最初から彼女は気付いていたのだ。
誤解を招かないように伝えておきたいのは、夫は一切そんなことを言う人ではないということ。じゅんちゃんがやりたいことをやればいいよ。じゅんちゃんが楽しければそれで十分だよ。と、私のこれまでの仕事についても、一緒に生活する中でも一度たりとも私のことを否定したことがない。
否定していたのは、この私だった。
なぜ、女性だからといって朝一会社の掃除をしなければならないのか?
なぜ、お茶汲みをしないといけないのか?
なぜ、ゴミ捨ては女性がするのか?
なぜ、女性は結婚したら退職をするのか?
これまでも受け入れられない社会構造に疑問を抱いていたのに、自分に対して自ら『妻だから』と呪いをかけていた。再就職するのなら、仕事も家事も両立できる女性にならなくちゃ、と考えていた。だから自然とその枠にはまりそうな求人を探していた。
無意識にその思考が会話の中に現れていたんだろう。
ボロボロ泣いてる私に、女性はやさしく話をつづける。
『たしかに営業は数字があるし大変な仕事なのよね。でも、裏を返せばいくらでも時間をコントロールできるのよ。もちろん繁忙期には残業もあったりするけど、そうなったら旦那さんとバランスをとればいい。それは夫婦で働いていくなら、お互い様よ。私も今は2人の娘を育てながら営業として働いているけど、なんとかなっている。なんとかね。(笑)工藤さんは、しっかり話を聞ける人だから、営業に向いてると思ったの。どちらかというとBtoBの、丁寧にお客様と長いお付き合いをする会社が向いていると思うわ。営業事務以外の働き方もあるから、これからは視野を狭めないで、いろんな仕事を知っていきましょうね』
初回面談って、こんな求人がありますよ、こんな面接講座があるから参加してね、という話を事務的に話される場だと思っていた。予想していた内容は最後の最後に『あ、資料お渡しするのでお家に帰ったら見てみてね』と30秒かからずにさらっと終わったのだった。
それから私は30社以上の求人に応募した。
書類選考が無事に通り、面接に進むことができたときは嬉しかったけれど、
『これから子供を持つ予定はある?』
『旦那さんは働くことに同意されていますか?』と、一次面接で毎回と言ってもいいほど質問されてうんざりしたのを覚えている。
一度社会から離脱した女性が、もう一度社会復帰するのは難しいとニュースで耳にしていたが、本当にそんな世界があって悲しくなった。同時に社会に戻りたくても戻れない事情や、社会構造があることを実感した。そして、その構造だけではなくって、もしかしたら自分自身で自らに呪いにかけているかもしれないと。なかなか自分で自分自身の思考に気づくことって、むずかしいんだよね。
当時、エージェントの面談や面接の中でたくさんの人にであったけれど、『結婚をして会社を辞めた28歳の女性』
ではなく、
『目の前にいる、世界でたったひとりのあなた』
として向き合って助言してくれたのは、あの女性ただひとりだった。
たった1度きりの1時間という短い会話だったけれど、私の背中をぐっと押してくれたあの女性へ。もう一度会えるのならば、今度はニコニコ笑顔で、あの時の感謝を伝えに行きたい。黄色い、ミモザの花束を持って。
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