不安に思う。それは当たり前だってさ。
つい先日、不眠症で通っている診療内科の先生に聞いた。
「この前、仕事でつらい思いをしたんですが、どうにも気持ちがモヤモヤしてて引きずったままでなんです。どうしたもんですかね」
「そう思うのは、誰でも同じですよ。引きずってしまうのも当然のことです。そんなときは瞑想とか、マインドフルネスがおすすめですよ。少しでも気持ちを癒すことが大切です」
不思議なもので、誰もが持つ当たり前の感情だ、と言われたら「確かにそうだよな」と思う。よく考えてみたら、苦しんだり、悩んだりするって、当たり前なんだよな。
でも、自分ひとりで考えたら、どうしても考え方が偏ってしまう。他人から見て、「そんな大したことないのに」と言われてしまうようなこともだ。だから、できれば一歩引いた目線で、自分を見られるといいのだが。
今回は、先生からの「当たり前」という言葉で、客観的になれたというか。人間なんだもん、そうゆうもんだよな。と、ちよっと気持ちが落ち着いた。
不安になるって生きてれば、当たり前の感情じゃん。だって、不安に思うから、「明日、営業にいてみるか」と思えて来るわけだし。不安を、つぎの原動力にしないとかんのだろうな。
でも、どうしようもない感情で押しつぶされそうなとき、親友に会うことにしている。ただし、「もう、ダメかもしれん。助けてくれ」なんてことは言わない。だって、自分のことは自分で解決し、進んでいくしかないと思っていてるから。どんな泣き言をいっても、現実は変わらない。自分が行動しない限りは変わらない。
だから親友には、「いま、とてもしんどいのよ」と正直に言ってから、「とにかく話を聞いてもらうだけで十分」といって、今、どんなことに苦しんでるのか、すべてを聞いてもらう。
正直、励ましの言葉は求めていない。かっこつけで言っている訳ではなく、ほんとうに、そう思っている。私が言うことを、まるごと受け止めてくれるだけで十分。それで本当に救われるから。
たくさん話、たくさん聞いてもらうと、すっきりする。最後のほうなんか、お互い好きな映画の話したり、くだらない昔話をしたりして。笑ってたりする。たぶん、自分の中にため込んだものは、ちゃんと吐き出さないといけないのだろうな。
そして、温かく見守ってくる、親友に感謝する。君がいてくれて、ありがとう。
やりきれない思い、不安はあって当然。それをため込んじゃ、いけないのだろう。だから、ここで吐き出しているのかな。