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ありがとう花火

「12時過ぎたし、昼飯行こうか」
「ありがとうございます。ご一緒します」
「何がいい?」
「ありがとうございます。何でもいいです」

年齢が離れているといっても、会社の同僚なのだから昼飯は気軽にいこうよ、とこちらは思っている。ところが、「ありがとうございます」と丁寧語の接頭語になって返ってくる。でもこれは彼だけじゃない。取引先のIT関係の会社の担当女性は、こちらが話をするたびに「ありがとうございます」から受け答えが始まる。新入社員教育で教えられるのだろうか。「ありがとうございます」が会話の中で頻発する時代になった。

▼地元の小学校、新1年生の保護者への説明会資料がある。そこには、生徒が習慣づけてほしいこととして、「あいさつができるようにしよう」というのが最初に記されている。「おはようございます」「さようなら」「いただきます」「ごちそうさま」、それに「ありがとう」を言えるようにと書いてある。「ありがとう」は「あいさつ」なのだろうか。自分が他人や身内からしてもらったことに対する感謝の言葉として「ありがとう」を言おうとは、書かれていない。

▼適応障害や引きこもりなどの既往症のある若い人を雇用し、住み込みで働いてもらっている会社がある。社長は彼ら彼女らに、夜寝る前に日記をつけるように言っている。その日にあった出来事を思い出し、「他人にしてもらった良いこと」を書くようにと指導している。他人と接するのが苦手な若い人たち、「ありがとう」が心を開くきっかけのヒントになればと、この日記を書いてもらっているのだという。

▼雇用調整金は休業した従業員に支払う休業手当を補填する助成金だ。コロナ禍で1人当たりの日額上限はこれまでの約8千円から1万5千円に引き上げられた。これを悪用した。例えば、休業させるのは非正規社員、支払う休業手当を6千円とすれば、9千円が会社に残る。20人に対して10カ月支給されれば3千6百万円にもなる。その会社はタワマンに引っ越したという。「ありがとう、厚労省」とひそかにほくそ笑むヤツが他にもいるにちがいない。

▼東京電力福島第1原発事故の除染処理で生じた汚染土壌は、福島県内の一時保管施設に搬入している。中間貯蔵・環境安全事業株式会社法は30年以内に福島県外で最終処分をすることを国の責務と明記している。毎日新聞が全国の知事にアンケートを実施したところ、6県知事が「受け入れに反対」と回答した。助成金があるにもかかわらず、「ありがとう」と受け入れに賛意を示した知事はいなかった。

▼「ありがとう」「ありがとうございます」。あちらこちらで発せられる「ありがとう」の花火。仕掛け花火のように連鎖するものもあれば、くるくる回ってねずみ花火如くあちこちに飛び跳ねるものもある。線香花火に似て、つましやかで可憐に余韻を残すものもある。「ありがとう花火」は、すぐに消えずに残像が残る、心のこもったものにしたいものだ。