地理は冷遇されていた
「上海ってどこ?」
日本と中国のおおまかな地図を手書きして、Tさんに渡した。
「ここらあたりですかねえ」
内陸部の四川省あたりに丸印をつけた。
「上海っていうくらいだから、海の近くじゃないの?」
「じゃあ、ここですか」
今度は香港っぽいところだった。
学習指導要領の変遷を調べると、地理が必須科目だったのは昭和38(1963)年から昭和47(1972)年のわずか9年しかないのだ。それ以外は日本史と世界史、地理のなかから1科目もしくは2科目の選択。直近では、世界史が必須科目で、日本史もしくは地理の選択だった。
昭和57(1982)年からの「ゆとり」世代では、現代社会が必須で、あとはすべて選択になっていた。聞くと、Tさんはこの年代だった。
地理は冷遇されていた。
興味がなければ、地理は学ばなくてもよかった。Tさんもそれで今日に至ったのだろう。
令和4(2022)年に地理総合と歴史総合がどちらも必須になったようだ。長い間地理を冷遇したから、地理の先生の数が足りないという。
そんなに難しいことは必要ない。新聞やニュースを見て、地図に指し示せるくらいの「常識」でいいのだ。「キーウ」はむずかしいとしても、せめて「上海」はきちんと書けるように、ね。
地理、地図好きとしては、冷遇から脱した指導要領の改訂にほっとしている。
ご参考:
「高等学校における各教科・科目及び単位数等の変遷」
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2018/02/15/1401496_002.pdf