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電話をつなぐ

「もしもし、276お願いします」
電話番号276番は向かいの同級生の家、お米屋さんだ。近所の布団屋さんは156番、酒屋さんは100番とキリのいい番号だった。ウチは386番、3桁で済んでいた。電話のない家は、隣に電話を借りに行った。

電話は「つなぐ」という。

その時代、電話機にはダイヤルがなかった。電話機についている小さい取っ手を時計回りにぐるぐるまわして交換手を呼び出す。そう、受話器はあとでとるのだ。

叔母さんが電話交換手だった。電話局は母親の勤める郵便局の2階にあった。郵便局の裏から入って2階に上がる。そう、どこの子どもかわかっているからフリーパスだ。黒い大きなタンスのような箱の前面に、たくさんの小さな穴があった。箱の手前には横長の台がついていて、ジャックが上を向いてたくさん並んでいる。そう、砂地から顔を出したチンアナゴのように。

呼び出しの電話がかかってくると、アナゴのひとつが点灯する。そいつを引っ張り上げて、正面の穴番号「276」を探してアナゴの頭を突っ込む。アナゴの尻尾は台の中、かかってきた電話をかける相手と線でつなげた。知っている家の番号をいくつか探し出し、アナゴのつなぎをときどきやらせてもらった。

通話が終わると消灯するので、チンアナゴを砂じゃない台に尻尾からもぐりこませて切る。その間、2,3人の交換手のお姉さん方はおしゃべりに夢中、そんな時代だった。電話はつなぐものだった。

ダイヤル式黒電話ができて、叔母さんは違う職場に変わった。

ウチの子供が小学生の頃、遊びに来た近所のお友達が、帰りが遅くなりそうなので電話をしたいと言う。ところが彼女はかけ方がわからず、電話機の前でフリーズした。電話機がまだダイヤル式だった。彼女の家のはプッシュホンだから。

コードレスになり、留守録がついて、とうとう、今は電話機が鳴ってもだれも取らなくなった。そう、知っている人はみんなケータイにかかってくるから。そのうちに契約も止めるかもしれない。

交換手がいなくなっても、ダイヤルを回さなくなっても、線でつながった電話機がなくなっても、メールが主体の時代になっても、電話は人と人をつなぐ。これからも。