マスクは記憶容量の無駄づかい
申し訳ないなあと思うのだが、彼の顔の記憶が鮮明じゃない。声やしゃべり方、歩き方などは出てくるのだが、肝心の顔が思い出せない。2ヵ月でこうなった。
彼はいま、体調を崩して会社を休んでいる。入社して1年半、ずっと、コロナだった。だから、最初の半年はほとんど在宅。それからは週に2回から3回の在宅になって、やっと会社に出てくるようになっても、常時はマスク顔。飲み会もほとんどやらなかった。
まつ毛が長く二重まぶた、メガネはかけない。声はよく通るテノールかアルト音域。前かがみの小股でチョコチョコっと急ぎ足で歩く。
新しいことへの理解は、さほど早くなかった。とくに、化学関係が苦手で、商品の名前がすっと頭に入らない。原材料の大幅な値上げとその価格転嫁のロジックにはかなり苦労していた。貿易実務は積極的に勉強していたようだ。
マスクのせいかなあ。それ以外は覚えているのだけれど。
彼だけじゃない。取引先の若い担当者の顔も思い出せない。昔からのおつきあいのある人は大丈夫だ。けれど、最近の人はだめ。
年のせいかなあ。いや、マスクだろう。だって、目だけで、顔を見ていないもの。
マスクをはずせるようになった時にも同じことが起きるかもしれない。そんなときは、マスクをすれば、他の言動が紐ついて、思い出すにちがいない。
マスクありとマスクなしの顔、記憶容量が2倍必要だ。トシヨリにはきついことだ。