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#34『ネオフィリア』ライアル・ワトソン

 素晴らしい本だった。卓抜した知見、豊富な知識、そして確かな人間性。更に、豊かで余裕のある文章力、あらゆる見解や証拠に対する中立性と開放性。まさに知識人の見本のような人であり、また科学的思考の鑑でもある。
 科学者の大半は非科学的だ。彼らは信じたいものだけを信じようとし、疑いたいものを疑う。まずこれが目的となって自分に都合の良い証拠を繋ぎ合わせて論理を形成する。例えばESP(超能力)を「あるはずがない」。幽霊を「いるはずがない」。その主張に見合う言葉だけを書き連ね、それに反する事実は無視する。非科学的である。
 時々、そういう手合いとは格の違う本当の「考える人」がいる。それがこの人である。

「見れば納得する」「この目で見なかったらとても信じはしなかっただろう」といった表現…しかし視覚の仕組みが解明されればされるほど…こう言い替えた方がむしろ正確であることが分かってくる。「本当だと信じていなかったら、とても見えはしなかっただろう」と。87

 まさしく横尾忠則ではないか(『私と直感と宇宙人』)。
 著者はジェネラリストである。いくつも学位があるという。感受性の豊かな人は一分野のニッチな領域に没頭しきることが出来ない傾向にあるのだろう。その根本は、彼らの元気な生命エネルギーであると思う。
 文章から感じ取ることだが、人生や世界に対して肯定的であり、他人を非難したり自己弁護することに力を費やさない。視野は広く、眼差しは高く遠い所に向けられている。結果、自然と色々な分野の知見や情報が、広々とした視野の中で手を結び合って「自然に考えたらこの辺に落ち着きそうな」推論に辿り着く。それをまた別に自論に固執すること訳でもなくふわりと掌に載せ、自身の喜びと新鮮な感覚を失わぬまま私たちに語り掛けてくれる。「ほら、面白いよねえ、世界って」と。
 まさに本書のタイトルの『ネオフィリア』(新しもの好き)なのである。

 人類のネオフィリアたる所以について…

「人間は必要もないような問題を創り出しては、揺り籠から墓場までの暇を潰す。そのための…消力(labour-wasting)機械をいくつも考案してきた。仕事は必要以上に複雑にする。余暇にはますます手の込んだ慰みごとを登場させる…」14

 まず大笑いして読み始めたが、本当にそうだ。確かにそうだ。次に突き進む先がないと、悶々としてきてしまうのだ。
 本書は常に刺激を求め続け、挑戦し続け、新しいものに慣れたらすぐにまた次の新しいものを探して飛び込んでいく人類の性向を、表層的な活動よりむしろ私たちが当たり前に営んでいる(という自覚もない)無意識領域における活動において、様々な研究成果を紹介しつつ語っていく(と言いつつ、それに該当するのは全体の半分くらいか)。
 話題は非常に幅広い。だからこの本が結局全体として何について語っていたのかということを手短に説明するのは難しい。ほとんど全頁において「えっ、そうなの」という驚きに遭遇する。
 人間が日々に出会い、それに対して反応する無数の情報――すなわち人間が感覚器官から取り入れて脳内で処理する所の、音について、形について、臭いについて。または表現欲求について、美的感覚について、セックスについて。当たり前に思って問うこともなく体験してきたあらゆるものが、実は摩訶不思議の塊であり、そこにそうしてあること自体が奇妙で異常なのである。

「実際には混沌から秩序が生まれている訳で、何もかも道理に合わないのである。やっと1969年になってからだ。「よく見てくれ、何もかも実にうまく出来ているじゃないか。でもどうも妙だ、と…」31

 この地球という天体、人類を含む私たち生物という存在。私たちの目に映る全てが、宇宙の謎にぴったりと接していて、私たちと私たちの生きるこの世界を知ることが、宇宙そのものを知ることになると言ってもまったく誇張にならないほどだ。
 とりわけ、自分自身のこととして人間は大いなる神秘である。人間というこの奇跡の塊をよくよく考え味わうにつけ、宇宙の神秘はまさにここに極まれりとしか思えないではないか…と著者は言うが、偉大な先達もこう言っている。

(アインシュタイン)「この世界に関して最も不可解なのは、世界が理解できることである」
(ラッセル)「我々には何もわかっちゃいない。これが最終的な結論である。しかしほんの僅かだろうと、分かっているだけで実に驚くべきことだ。更に驚くべきことは、こんなちっぽけな知識が、これほどに我々に力を与えてくれることだ」50

 深淵なるトリビア集と言った所だろうか。この言い方は本書の価値と奥行きに対して非常に軽いが。しかしこの一冊を読むことで、物凄く視野を開かれ、感受性の新たなスイッチを押された気持ちになる。こんなに素晴らしい世界なのだから、こんなに奇跡のような世界なのだから…と、単なる知識の獲得を越えた先に、生きることへの愛しさが湧いてくる。
 刺激に満ちて、知識も増えて、心にも深く響くもののある、見事な一冊である。


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